95、届けるまでが仕出し(ヤスシSide)
不思議なもんで、ノリコの顔を見てまんまのノリコだと思ったら、食欲がわいてきた。
俺の胃の調子が悪い事をジョーから聞いたのか、久住さんが気を利かせ用意してくれたリゾットも良かったらしく完食できた。
周りの目もあるし、一緒にいたミチルがベラベラ喋りやがるから、あんまノリコと話せなかったが、顔を見るだけでもこんなに気持ちが落ち着くもんなんだと我ながら呆れた。
ここんところ忙しいようで、帰宅が午前1時を回ることもざらの様だ。
だから、電話がかかってこないのかと、格好悪ぃけど内心ホッとした。
『オリーブ』の片割れとしっくりくる姿を見たからか、心のどっかで俺よりもそっちに気が行くんじゃねぇかと不安があった。
ダセェから言わねぇけど。
だけど、その不安はノリコの俺に向けた笑顔で、ふっとんだ。
マジ、どうしようもねぇくらい単純な男だよな、俺も。
そんなことで、休憩を終えた俺は心身とも回復し、午後の営業の準備に取り掛かった。
白豚三白眼改め本山と、四頭身改め角は、あれから大人しくなり。
良かったら、包丁の研ぎ方と魚のウロコの取り方を基礎から教えてほしいと言われた。
今更かよ!?と驚いたが、試しに休み時間にやらせてみたら、確かにプロのわりにあんま上手くねぇ。
こいつらのすぐ上の先輩が、天ぷらなど揚げ物担当をしている二宮という奴で、悪い奴じゃねぇと思うが無口で表情もあまりなく、話しかけづらい雰囲気が確かにある。
多分、わかんねぇところを何度も聞く勇気がなかったのかもしんねぇ。
だけど、そこを何とか食らいついて技術を身に着けるのが修行つうもんなんだけどよ。
まぁ、板前を目指すくらいだから手先はやっぱ器用で、ちょっと教えたらすぐに上手くなった。
そんでついでだから、今担当している料理の盛り付けもアドバイスすると、途端に盛り付けがスマートになった。
そんなんで、野村や加藤ばかりか本山、角にまで変に懐かれた。
まぁ、厨房の雰囲気がそれでよくなり、仕事もしやすくなったからいいんだけどよ。
「富士見、急遽弁当の注文が入った。普段仕出しは受け付けないしメニューにもないが、どうしてもという依頼だ。こっちは一般客で手いっぱいだ。悪いが、富士見が主で至急作ってくれるか。ランチの『松花堂弁当』の黒塗り容器を使ってくれ。代金は1人5千円程度で。50人分。注文先は富士見も知ってる『喫茶モシカ』の久住だ。水谷、今日は大口の予約も入っていないから、『煮方』と『揚場』を1人で担当してくれ。アシスタントは、二宮と・・・角、それと野村。容器をそろえたり白米の準備をしておけ。冨士見は、メニューを決めるからちょっと部屋まで来てくれ。」
鳴門料理長が、午後の準備を始めた厨房へやってきて、突然そんなことを言い出した。
まぁ、仕出しなら『みのり』でもたまに商工会やら漁業組合、商店街の会議などで注文をうけてるから、50個くらいの段取りはそう苦でもないが。
ただ、『みのり』と違って、こっちは高級店だからな、どの食材で見栄えをよくするか・・・。俺は鳴門料理長の控室に向かいながら、頭の中で弁当のメニューを組み立てていた。
俺の提案したメニュー案がほぼ通り。
だけど、いくら俺が主で弁当を担当するって言っても、やはり『ひろ瀬』の看板を背負った仕出しなわけで。
朝から料理長自ら仕込んでいた黒豆を、金粉を振りかけて入れてもらうことにした。
鳴門料理長の黒豆は絶品で、俺もレシピを聞いて家で真似てみたが、未だにあの味が出せねぇ。
まさに、超一流の味ってわけだ。
そんなこんなで、アシスタントに入ってもらった3人に分担と手順を指示し、頭に入っている段取りでどんどん進めて行った。
流石に野村は家が仕出し屋だけあって、盛り付けが無駄なく上手い。
大口の注文が入った時は、高校時代盛り付けを良く手伝っていたと、前に『喫茶モシカ』でそんなことを言っていた。
鳴門料理長はそれを知っていて、今回アシスタントに野村をつけたのだろう。
それと、意外だったのが角で、出汁巻きが異常に手慣れていて、味も抜群だった。
驚く俺に、角が中学の時に父親が倒れるまで、実家は玉子焼きの製造と卸売を家族で営んでいたから子供のころから手伝っていて、大量に焼くのは特に慣れていると照れ臭そうに告げた。
成程・・・と感心していたら、そこへ料理長が様子を見にやってきて、角の焼いた出汁巻きを口に入れ旨いなとほめたから、俄然角はやる気になった。
そして、野村の肩をポンと叩いて、頑張れよと声をかけ。
天ぷらの衣をつけていた二宮には、富士見のやり方をよく見て盗め、やり方とは料理だけじゃないぞと声をかけ、俺の前を素通りしてカウンターの方へ戻って行った。
「・・・つうか、俺には何もねぇのかよっ。」
思わずぼやくと、野村と角がふきだした。
二宮もめずらしく、クスリと笑った。
やっぱ、笑いって大事なんだよな、それから奴らのモチベがグンと上がり、予定していた時間より余裕をもって注文分が完成した。
「富士見さん、マジスゲェ・・・。」
「俺も、50個って1時間半で出来るのかって不安だったけど余裕で仕上がったし、しかもめっちゃ完成度高いし。」
「本当に、いい勉強になりました。」
野村、角、二宮が積みあがった松花堂弁当を見ながら、そんなことを口々にそう言った。
俺はそんなことを言われて照れ臭く、親戚の料理屋で仕出しの手伝い慣れてるからよと呟くと、鳴門料理長へ完成した旨を告げに行った。
で、結局。
仕出しを届けるまで頼まれ。
まぁ、椀物があるから、現地でポットから注いでセットしなきゃなんねぇし。
二宮の運転で、担当した4人で納品することになった。
今回、このメンバーで結構いい感じで仕事ができたから、届けるまでが仕出しという感じで皆気ィよく『喫茶モシカ』に向かった。
運び込んだら、二宮と角と野村がほとんどセットし、俺は確認と代金をもらって領収書を渡すという役目だ。
「いやぁ、助かったよ。急に人が集まることになってね、今日の今日・・・しかも、当日の午後だし、仕出し屋さんにことわられて。困って、鳴門君に泣きついたんだよ。だけど、びっくりしたよ。さすが『ひろ瀬』だよね。そこいらの仕出し屋さんと、格段の違いだよ。悪かったね、急がせて・・・・あ、ちゃんと代金数えてくれた?・・・ちゃんと、あるね?じゃぁ、これ。少ないけどチップね。さっき鳴門君から電話があって、急遽君たち4人で対応してくれたんだって?大変だったでしょう?鳴門君から味は抜群だ、チップ渡してくれって言われて。言われなくても渡そうって思ってたのに、催促までされたよ。ハハハッ、本当に、どうもありがとうね?」
上機嫌で、そう話す久住さんは、代金とは別に俺に封筒を渡すとニコニコと笑った。
そこへ、セットが終わった3人が、俺たちが立っていたホールからは見えない厨房に戻ってきた。
「富士見さん、セット終わりました。」
「おう、ご苦労さん。久住オーナーから俺たちに心づけをいただいたんだ。一度店に戻って料理長に話してから渡すな?」
俺がそう言うと、3人の顔が輝き、それぞれが丁寧に久住さんに礼を言っていた。
その間に、弁当のテーブルセットが終わったと報告を受けたが、念の為確認をしておこうと厨房から宴席用に並び替えたテーブルの上を見渡した。
二宮がついていたからか、きちんと配膳がなされていてホッとする。
今日は何かの会合なのか店は貸し切りで、スーツ姿の中高年層がほとんどだった。
その中に、西園寺のじいさんの顔を見つけ、俺は気づかれないうちに厨房にもどった。
そして、何食わぬ顔で。
「普段は音楽喫茶ですけど、今日は全く違う客層で驚きました。時々こういう集まりもするんですね。」
と、驚いた顔を見せた。
すると、機嫌がいいのか久住さんは、ニコニコと笑いながら。
「この店自体、趣味の店だからねぇ。今日の集まりも、私の絵のファンとか親しいお付き合いのある人を集めて3月に1回開く親睦会みたいなもんなんだよ。皆さん忙しい方ばかりだから、そうしょっちゅうはできないけど、楽しみにしてくださってるんでね。本当に、今日は助かったよ。」
俺と西園寺の関係を知らないのだとわかるほど屈託なく、そう答えてくれた。
昨日は都合がつかず、更新できませんでしたm(__)m
今日は、もう1話更新したいと思います。頑張ります。




