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90、真夜中の訪問者(ノリコSide)

「どうぞ、インスタントですけど。寒かったでしょう?」


どこに通そうか迷ったけれど、夜も遅くて疲れていたので奥の居間にした。

ここはレコードを聴いたり歌ったりするための部屋で、防音が効いているし凄くリラックスできるからだ。

ソファーに腰かけた神崎さんの前にコーヒーを置くと、神崎さんは小さく頭を下げた。

私も向かいのソファーに腰を下ろし、横にお盆を置いた。


「私・・・神崎さんとは、前に横須賀でヤスシと一緒にいた時にお会いしただけで、お名前も先日・・・銀座でお見かけしたって話をヤスシにしてやっと『神崎さん』って知った程度なんですけど・・・今日は、ヤスシのことでしょうか?」


可愛い顔とは違いあまり愛想の良い方ではないらしく、その上中々口を開こうとしないので、居たたまれなくなって私の方から話しかけてしまった。

すると、神崎さんが私をジッと見つめ。


「マジにヤスシさんとつきあってんの?」


と、前置きもなく訊いてきた。

何となく感じていたけれど、その口調でやっぱり私に対してあまりいい感情を持っていないとわかった。

だから、端的に答えた。


「ええ、そうです。」


すると、神崎さんはニヤリと嗤い、勇気あるなと馬鹿にしたように呟いた。

ヤスシと付き合うのに勇気がいるかどうかは知らないけれど、その馬鹿にした口調が私は気に入らなかった。


「馬鹿にしないでください。」


「あ?別に馬鹿になんてしてねぇし。だけど、馬鹿にされたって思うってことは、自分だって少なからずもヤスシさんと付き合うことに不安があるんじゃねぇの?そもそも、ヤスシさんを変えようなんて思う方が、間違ってんだよっ!」


神崎さんがそう声を荒げると、テーブルを手でバンッと叩いた。

その衝撃で、コーヒーがこぼれた。

コーヒー皿の上にだったからよかったけれど。

私はその剣幕に驚くよりも、今日神崎さんが私に会いに来た理由がわかり、どうしてそんな誤解をしているのだろうと不思議に思った。

とりあえず誤解を解こうと口を開きかけたら、部屋にミッチーが入ってきていきなり神崎さんの襟を締め上げた。


「こんな真夜中に人んちの前で俺の可愛い妹待ち伏せして、俺の優しい妹が仏心出して寒いからって家に入れて温かい飲み物まで出してやって出てきた言葉がそれって、てめぇ何様?これって、俺に殴られたくってわざとやってるってこと?てめぇドMか?なら期待にこたえないとダメってこと?あっそう、じゃ———「ミッチー、ストップ!!本当に、ダメだからねっ!!神崎さんに手を上げたら、絶交だからねっ!!」


長身バカ力のミッチーが、小柄な神崎さんの襟首を締め上持ち上げていまにも殴りそうな勢いだったから、必死で止めに入った。

絶交という言葉が聞いたのか、チラリと私を見るとミッチーは面白くなさそうにソファーの上に神崎さんを投げ出し、向かいのソファーに置いてあったお盆をテーブルの上に置き、そこにドカリと座った。

咳き込む神崎さんに大丈夫ですか?と声をかけるも、ミッチーが私の手を引いてさっきまで座っていた場所に座らせた。

つまり、ミッチーの横にだけど。


「本当に、あんた『六本木スパイダース』の『タランチュラ』か?確かに、強ぇえけど・・・聞いてた人物像と全く違うじゃねぇか。」


咳はようやく治まったけれど、まだ顔に赤みがさしたままの神崎さんが、眉をしかめてミッチーにそう言った。

すると、ミッチーは愚問だねぇと鼻で笑い。


「確かに俺は『六本木スパイダース』にもいたし、『タランチュラ』とも呼ばれてたけど。それが全てなわけないじゃん。君だって『神崎組』の跡取りの若君だろ?だけど、今ここに来た理由って、若君としてじゃなくて『神崎命』個人として、ノリコに言いたいことがあったから来たんじゃないの?俺だって、今はもう『タランチュラ』じゃなくて、ノリコの頼れるお兄ちゃんで、エミちゃんの最愛の夫の『相田 満』だし。」


そう言うと、ねーと私に向かって可愛く首を傾げた。

いや、突っ込みたいことは色々、山ほどあるけれど。

でも、先に神崎さんにさっきの誤解を解いておきたくて私はミッチーをスルーし、神崎さんに向かって口を開いた。


「さっき『馬鹿にしないで』って言ったのは、私に対してじゃなくてヤスシに対してです。別に私の事を馬鹿にしたって実際はお互い知らないんですから、そんなことは気になりませんけど。ヤスシとつきあうのに勇気がいるって笑うってことは、ヤスシが普通じゃなくてトンデモない人、付き合うのに値しない人物だって言っているようなものじゃないですか。お互い惹かれあって真剣に話しあって、付き合っているんです。確かにヤスシは無茶苦茶なところもありますけど、それでも人として尊敬するところが沢山あって、男らしくて、優しくて、義理堅くて・・・。先日、神崎さんが私の叔父に銀座で何かを渡していたと知って、ヤスシは本当に心配していたんです。ヤスシはいつもさりげなくて、押しつけがましいことを言わないですけど、今までにも神崎さんや周りの大切な人に対して思いやりをもって接していませんでしたか?」


「・・・・・・。」


「うん、そうだよねー。ヤスシは周りの人間に優しいよね。キレたら信じられないくらい滅茶苦茶だけどー・・・それよりさぁ、ノリコの頼れるお兄ちゃんで、エミちゃんの最愛の夫の『相田 満』っていう俺の存在に対してのノリコの同意がまだなんだけど?」


私の言葉に目を見開いたまま無言の神崎さんと、さっきの面倒な話をまだ持ち出すミッチー。

しかたがないので、棒読みで。


「ねー。」


と、首を傾げ短く返したら。


「ノリコ!愛がこもってないよぉ!!」


と、余計面倒くさいことを言い出したので、エミ姉呼ぶよと低い声を出したら黙った。

その様子をポカンとした顔で見ていた神崎さんに私はもう一度向き直り、頭を下げた。


「神崎さんが銀座で関わっていた、小杉次男ですけど。私の実の父の弟・・・つまり、叔父なんですけど。できたら、もう関わらないでほしいんです。血のつながった叔父ですけど、本当に碌な人間じゃないです。大変なご迷惑をかけることになりそうで。亡くなった私の両親も、祖父もそいう人間でしたし・・・関わっていいことはないです。ヤスシはそれも凄く心配していると思うんです。」


私が必死でそう言うと、神崎さんは驚いた顔をした。


「え、ヤスシさんから、小杉はマグロ漁船に乗せたから、もう会うことはないって聞い——「神崎っ。」


神崎さんの言葉を、ミッチーが慌てて遮った。

だけど、聞き捨てならないワードを拾ってしまった私は、ミッチーを見た。


「マグロ漁船に乗せたって、どういうこと?」


「・・・・・・。」


「ミッチー、ちゃんと話してくれないと、私これからミッチーのこと信じられなくなるよ?」


私がそう言うとミッチーは困った顔になり、ため息をついた後、仕方がないと言った表情で話し出した。


「小杉は所属している組に借金があったから、丁度いいと思って知り合いに連絡したんだ。1年くらいインド洋あたりにマグロ取りに行く漁船にのって働くと、結構いい報酬がもらえるシステムがあって。もちろん船の上だからキツい仕事だけどね。三食ついているしお金使わないから、借金返済にいいんだよ。組の方も承知して、先払いで返済完了。あとは、その金額分一生懸命小杉が船で働くっていうことになったんだけど。まぁ、小杉の意思を尊重しない強引なやり方だったから、ノリコに言いにくくて。」


ミッチーがわかりやすく話してくれた。

何故か、神崎さんがクスリと笑ったけれど。


「でも、あの人借金あったんでしょう?だったら、自分でちゃんと働いて返すのが筋だよね。他人から奪おうってことばかり考えているから、少し強引でもよかったんじゃない?まぁ、結局私に『典物』ノリコなんだから家に金入れろって言ってたけど・・・皮肉にも、自分が『典物』になっちゃったんだね。馬鹿だね・・・。」


私が自分の考えをそのまま話すと、ミッチーがホッとした顔をした。


「ミッチー、正直に話してくれたらよかったのに。私が怒ると思ったの?ミッチーは私の為に考えてそうしてくれたんでしょう?大丈夫だよ、そんなことでミッチーのこと嫌いにならないし。それより、色々ありがとう。面倒なことに巻き込んじゃって。」


ミッチーが力になってくれなかったら、実際面倒なことになっていたかもしれない。

ヤスシだって力ずくて阻止してくれたかもしれないけれど、それだと警察沙汰になったり、相手は暴力団だから、問題が大きくなる場合もあったはず。


「ノリコ・・・面倒って何。俺は最愛の家族の為なら、どんなことだって守るよ。まぁ、今回は色々伝手があったから、結構スムーズに運んで処理できたし、大したことなかったよ。」


ミッチーに対して申し訳なさと感謝の気持ちを伝えたら、私に気を遣わせないように当然だ大したことないと言ってくれて、やっぱり頼れるお兄ちゃんだと思った。

だから、そのままを伝えたら。


「でしょ?でしょ?でしょっ!?フフフッ・・・。」


と、滅茶苦茶気持ち悪いくらい機嫌が良くなった。

でも、それがちょっと恥ずかしくて、向かいに座る放置気味の神崎さんの様子をチラリと見たら、バチリと目が合ってしまった。

すると、神崎さんは私に頭を下げた。

え?と首を傾げたら。


「俺・・・誤解してた。今日、ヤスシさんと話をして、何かヤスシさんが変わったって思って・・・ジョーさんからヤスシさんにマジな女ができたって聞いてたから、ヤスシさんでも女ができると腑抜けになっちまうんだって、腹が立って。腑抜けにした女にも腹が立って・・・で、どんな女か見てやろうって来たんだけど。ノリコさん、最初からずっと自分の事じゃなくて、ヤスシさんの心配、俺の心配までしてくれて・・・話も筋が通ってるし・・・マジ、俺の勝手な言いがかりだったって思った。こんな夜中に、こんな下らねぇこと言いに来て、申し訳なかった。」


と、いきなり謝罪した。

最初の態度とのギャップに私が驚いていると、ミッチーが珍しく真面目な口調で話し始めた。


「神崎、ヤスシは腑抜けじゃない。それに自分が腑抜けになるような女を好きにならない。君がヤスシと話して腑抜けだって思った理由はわからないけど、それって君の考えにヤスシが反対したからじゃない?ヤスシは自分が正しいと思ったらどんな状況でも曲げない奴だよ?反対したってことは、それなりの理由があるだろうし、君を心配してのことじゃないか?ヤスシがどうしてそう言ったか、もう一度よく考えてみた方がいい。『神崎組』を背負っていくんだろ?なら、感情に走ったら簡単に命を落とすことになる。ヤスシは、君に対してそういう心配もしているんじゃないかな。」


いつのまに、ミッチーはヤスシの人となりをここまで理解するようになったのだろう。

いつもふざけたような口調で、自由な行動で周りを呆れさせているのに。

そう思いながら、珍しく表情も真剣なミッチーを見ていたら。


「いつも・・・それだ。いつも俺には『神崎組』がついてくる・・・。」


絞り出すような声で、神崎さんがそう呟いた。

その様子にふと、ヤスシの名前の由来とお祖父さんとの約束の話を思い出して。


「神崎さんは、将来を決められていることが嫌なんですか?」


と、何も考えず訊いてしまった。

すると、神崎さんは私の顔を見て、誰が好んで暴力団を継ぎたいって思うかと静かな声で答えた。

そうだ、さっきからミッチーが言ってた『神崎組』は暴力団だった。

神崎さんが、私の親族と違ってて凄くまともだったから、暴力団ということがすっかり頭から抜けていた。

そんな私の表情を読んだのか、神崎さんがハハハッと笑った。


「何か、ヤスシさんも相田さんもノリコさんに心を寄せたのがわかった気がする。俺の事、『神崎組』の後継ぎじゃなくて、ヤスシさんの後輩の神崎って思って接してたんだよな・・・ずっと、ガキの頃からそうやって見られたかったけど、そうはいかなくて。実際に、マジそういう風にみられたら、びっくりするっていうか・・・不思議な感じだ。」


神崎さんの言葉に、子供のころから家が暴力団で嫌だったんだという気持ちが伝わってきた。

だから、つい・・・余計なことを言ってしまった。


「後を継がないって選択肢はないんですか?」


私の言葉に、神崎さんがため息をついた。


「組のもんを放りだすわけにはいかない。あいつら、今更他で働くって言ったって、無理な話だ。組員は家族と同じだ。路頭に迷わせるわけにはいかない。俺は、1人っ子だから仕方がないんだ。」


責任感の強い人なんだと思ったけれど、同時にあれ?と思うことがあった。


「あのー・・・私よくわからないんで、気に障ったらごめんなさい。ちょっと気になったんで、確かめたくて。さっき、私が後を継ぐことが嫌なんですかって聞いたら、暴力団さんが嫌だって言いましたよね?じゃあ、暴力団さんじゃなかったら、後を継いでもいいってことですか?」


「・・・・・・・。」


「あのー・・・素人考えで間違っているかもしれないですけど、暴力団さんのお仕事じゃなくて・・・例えば、お祭りの的屋さんとか・・・不動産屋さんとか、土建屋さんとか・・・掃除屋さんとか・・・そういう仕事に替えて、『神崎組』を続けるって言うのはアリでしょうか?」


私が思いついたままを伝えると、神崎さんは目を見開き唇を震わせて私を見つめていた。

え・・・何か気に触る事を言ってしまったのだろうか。

失礼にならないように、なるべく丁寧に話したつもりだけれど。

そんな風に、不安な気持ちになりかけた時。

ミッチーの言葉で、神崎さんがふきだした。


「ブブッ・・・・暴力団さんのお仕事って、ノリコなんだよ・・・お掃除屋さんと同列?クククッ・・・やっぱりノリコは面白いなぁ・・・アハハハハハッ。」


「プハッ・・・。」


「・・・・・・。」




このお話は1970年頃のお話で、マグロ漁船の状況は現在とは違います。また、借金返済でマグロ漁船というのは、都市伝説的なところもあります。フィクションとしてご理解願います。

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