91、おっさん先生(ヤスシSide)
フッと意識が浮上し目を開けると、簡素な白い天井が視界に映った。
それで自分が今どこにいるかを思い出し、視線を左に向け体を少し動かした。
レトロというより、いつ壊れてもおかしくない中古品と言った方がしっくりくるような掛け時計が6時を指していた。
「目が覚めたか。もう少しで点滴終わるぞ。気分はどうだ?」
おっさん先生が、上から俺の顔を覗き込んできた。
服装は相変わらず、白衣がわりにいつの時代だよと突っ込みたくなるような白い作務衣だ。
「しょんべん行きてぇ。」
点滴を始める前に便所に行くのを忘れていた俺は、尿意に気が付いた。
「点滴終わるまですぐだぞ、もう少し待て。」
そう言って、俺の寝ているベッドの横のパイプ椅子におっさん先生が腰かけた。
パイプ椅子のきしむ音に、昔と何も変わんねぇなとフッと安心感がわいた。
「薬が効いたか、寝たのがよかったかわかんねぇけど、胃の調子は良くなってる気がする。」
重くチクチクとした痛みが無くなり、体が楽になっていることに気が付いた。
「そうか。そりゃあ良かった。お前さんは胃下垂だしな。最近板前の修業に出てるってきいたが、実家と掛け持ちなんだろ?まぁ、疲れもあるかもな。これで治まるようなら、軽い胃炎だろう。」
点滴パックが空になり、残りの液体がチューブの部分だけになったのを確認すると、おっさん先生は腕に刺さった針を抜きながら、俺の言葉にそう相槌を打った。
「時間外で事務もいないから今は精算ができない。胃薬と整腸剤だけ出しておいてやる。金は、月曜日、お前さんのとこの店が終わったらでいいからな。」
便所から戻ると、おっさん先生が既に中身が入った薬の袋を、俺に渡してきた。
「悪かったな、土曜日は午後診療がねぇのに、無理言って。」
俺の名前が書かれた袋を受け取りながら、おっさん先生に頭を下げた。
ジョーとミコトと話をした後、ジョーの勧め通り横須賀に戻り、医院と続きのおっさん先生の自宅を訪ねた。
俺の顔色があんまよくなかったのか、おっさん先生は時間外であるにもかかわらずすぐに診てくれた。
「しかし、久しぶりだな。まぁ、俺んとこに来るのは体調崩した時なんだから、久しぶりな方がいいに決まっているが。どうだ、長崎五島から送ってきたうどんがあるんだが、食っていかんか。うどんなら、食えるだろ。家は俺1人だから、遠慮はいらんぞ。」
3年前に奥さんを亡くし、中学から寮に入って東京の学校へ通っていた一人娘は優秀で医者になり、T大で研究をしていると聞いていた。
俺も、祖父ちゃんのことや亡くなった伯父さんの話をしたいと思っていたから、丁度いいタイミングだと思い、ご馳走になる代わりに俺が作ることを申し出た。
俺もまだ重いもんは食いたくねぇし、おっさん先生もさっぱりと食いたいと言うから、出汁を丁寧にとり白ごまとショウガとたっぷりの刻み葱だけを添えた。
「やはり、流石だな。出汁も旨いし、麺の茹で加減も丁度いい。」
乾麺のうどんなんてそんな難しいもんでもねぇが、やっぱ職業柄葱の刻みや出汁にも素人との違いを出したら、おっさん先生はすげぇ喜んだ。
旨い旨いと食うのを目の前にし俺も気が良くなり、思ったよりも食が進んで、うどん一杯を完食した。
ホッとしたことと、腹の中が熱くなりジンワリと力がみなぎってきたような感じになった。
おっさん先生が俺にお茶を入れながら、それだけ食えりゃぁ大丈夫だと笑った。
俺にお茶を出したところで、おっさん先生が一升瓶と湯飲みを出してきて、機嫌よく手酌で飲み始めた。
何となく、雰囲気的に聞くなら今だと思った。
「おっさん先生よぉ・・・俺、前から聞きたかったことがあんだけど。」
「何だ?」
「俺の父ちゃんの兄ちゃん・・・上の・・・魚富士やってた、死んだ俺の伯父さんとおっさん先生って同級生だって聞いたんだけど。俺って、やっぱ伯父さんに似てるか?」
「顔はなぁ・・・そっくりとまではいかないが、そりゃあ似てるな。というより、お前さんの父親も、実も同じ系統の顔だろ。だけど、性格は全く違うな。お前さんの方が男っぽい。祖父さんの血を引いてるんだろうな。保の性格は祖父さんに全然似てないし、母親似だったな。顏は親父さんに似ているが、性格はお袋さん似だった。神経質で、まじめで責任感があってネガティブで。結局、亡くなった原因まで一緒なんて・・・皮肉だけどな。」
普段は話題に全く上らない祖母ちゃんの話まで出てきて、俺は驚いた。
実というのは「みのり」の叔父さんだ。
何か意外な話の展開になりそうで、俺は祖父ちゃんとの忌の際の話や保っていう伯父さんの俺知っている話をざっと説明したが。
おっさん先生は浮かない顔で、本当の事を知りたいのかと、俺に確認をしてきた。




