89、奥の部屋で(ヤスシSide)
文中、違法行為の表現がありますが、このお話はフィクションです。
「なあ・・・質草の名前つけられたのって、ノリコのことか?」
『喫茶モシカ』からジョーと2人『underground』へ移動し、カウンターの中で手を動かしながらジョーはようやくそのことを訊いてきた。
さっき、モーニングを食いながら横で俺に何か言いたげな視線を向けていたから、多分そうなのだろうと思っていた。
『典子』という名前は一般的で、特にそういう意味をもつ印象はない。
だけど、俺がそんなふうに思う奴なんて、ジョーは他に思いつかなかったから確かめたかったのだろう。
「ああ、典子の典に物品の物で『典物』って言う言葉が、『質草』とおんなじ意味なんだと。俺もそういう言葉知らなかったんだけどよ、ジョーおめぇも知らなかったんだな。俺ら、考えて見れば、質屋なんて行った事ねぇしな。」
俺がそう言うと、ジョーはマジか・・・と言っただけで、後は言葉にならなかった。
「ここじゃゆっくりできねぇから、奥行くか。」
チンと、トースターの出来上がりの音がして、中からカットし温まったバケットを取り出しながら、ジョーがそう言った。
トレーの上には、1人分のスープと湯気が立っているマグカップ。
そこに今取り出したバケット2ピースを別の皿にのせ、冷蔵庫から缶のバドも取り出した。
「奥?・・・奥に部屋があるのか?」
トイレとは別のもう1つのドアを開いて、ジョーが入っていく後に続いた。
考えてみると、このビルは極小というわけではなく、そこそこの規模のビルで、地下1階のこのフロアは、この店だけだった。
中は12帖程の広さで、入り口付近は左右の壁にスチール製の頑丈な棚が設置されていて、そこに酒類やおしぼりその他備品のストックが収納されていた。
そして、その奥は絨毯が敷かれ、ガラステーブルと簡易のハンガーラック、そしてシングルのパイプベットが配置され、奥にはシャワールームもあった。
ジョーが靴を脱いで絨毯に上がり、手にしていたトレーをガラステーブルに置いた。
「ヤスシ、おめぇも上がって足伸ばせ。どうせ、胃ヤラれて碌なもん食ってねぇんだろ?レトルトだけどよ、コーンスープなら飲めるだろ?あと、スープに浸してバケットも食えよ。」
ドアのところに立ったままの俺を振りかえり、ジョーが早くしろと言わんばかりにテーブルに向けて顎をしゃくってみせた。
実際、ジョーの言うとおりだったから、俺は言われた通り靴を脱いで上がりテーブルの前に腰を下ろしたのだが。
「いてっ・・・?」
胡坐をかこうと、絨毯の上で足を移動させたら、足の甲に何かが刺さった。
そうはいっても靴下を履いていた為、刺さり方は酷くはなかったが。
チクリと痛みがあったあたりを見ると、針がむき出しの真珠のピアス。
何となくそのピアスに見覚えがあり、俺はそれを掴みテーブルの上に置くと。
「おめぇ・・・『喫茶モシカ』のウエイトレスの姉ちゃん、喰ったんかよ。つうか、アキはどうしたんだよ?一緒に住んでるんじゃねぇのか?」
と、ジョーを問いただした。
するとジョーはピアスにチラリと視線を向け、面倒くせぇという顔をした。
「アキはなぁ・・・あいつ重いんだよ。それに、バーテンダーだから働いてるの夜だし、帰るんだって朝になるのは仕方がねぇのに、何してたんだとかうるせぇんだよ。ちょっと鬱陶しくなってきたから、別に部屋借りようと思ったんだけど。オーナーがここでいいなら住んでもいいって言ってくれたからよ、ここんところこっちに泊まってんだ。で・・・まぁ、この間昼めし食いに行った時、ちょっと誘ったらホイホイ来たからよぉ、まぁヤッたんだけど。実際、男の部屋にこういうもの置いて行くってどういう気持ちですんだか・・・こっちは萎えるっつうの。」
トレーからコーンスープ、バケット、マグカップを下ろして俺の前にセットしながら、うんざりとした声でそう言うと、ため息をついた。
「独占欲と、マーキングだな。」
俺は出されたスプーンを手にすると、思いついたままを告げた。
すると、ジョーが驚いた顔で俺を見た。
「はぁ!?女ならヤれればいいって言ってたおめぇが、何でそんな女の心理を紐解いてんだよっ!?」
まぁ、確かに今までの俺なら、深く考えねぇでスルーか面倒くせぇなと避けただろうが。
「惚れた相手だと、自分以外近づけたくねぇって気持ちになるんだよ。」
ふと、この間まで誤解していた春川のことを思い出した。
あと、昨日『オリーブ』の片割れがノリコとおそろいの服を着ていたことにイラっとして、後から冷静になってステージ衣装だったと気が付き自分のアホさ加減を思い知ったことも。
「ヤスシ、おめぇ本当にノリコに惚れてんだな・・・今までのおめぇでは考えらんねぇわ。」
呆れた顔でそう言うジョーに、俺は正直な気持ちを伝えた。
「マジ、俺も自分で信じらんねぇんだけどよ。何か、こう・・・ノリコといると楽しくて、難しく考える必要もねぇくらい、まっすぐに物事考えられるんだよ。俺自身、気持ちも楽になって何か物が食いにくいって思ってても、ノリコの顔見て話をしたらスッと胸のつかえがとれて、飯も旨くなるし・・・何よりも、あいつのこと・・・俺が幸せにしてぇって。他の奴にぜってぇ取られたくねぇって・・・思うんだよ。」
「・・・・・マジか?」
「・・・・・・・・・・おう。」
俺の素直な告白に、ドン引きの顔でマジかなんてジョーが言いやがるから、今になって滅茶苦茶恥ずかしくなってきて、俺は慌ててスープに手を付けた。
とにかく照れ臭い気持ちをごまかすために、スプーンを口に運ぶ。
だから、味なんてよくわかんねぇけど、胃が少し暖かくなって楽になったような気がした。
そんな俺を、ジョーはバドの缶を握ったままただじっと見つめていた。
それから1時間くらいしてミコトがやってきた。
奥の部屋にズカズカと入ってきた様子を見て、ミコトは前にも来ているのだと思った。
「まさか、ノリコの叔父があの小杉次男だったなんてなぁ・・・世間は狭いな。つうか、ノリコ・・・マジ、ヒデェ目にあってたんだな。あれが叔父だったら、親ってどんなんだよ・・・ああ、だから『典物』か・・・・。」
昨日の経緯を話しているところで、ジョーが驚いたようにそう言った。
「ヤスシさん、それで小杉次男とはもう会えないって、どうなったんですか。」
ミコトがさっきの俺との電話の話を、冷静な声で確認してきた。
「ミチルが怒り狂ってよぉ。俺はもっと痛めつけたかったんだけど、あいつが止めやがって。俺の出番なしだ。ミチルがあっという間に話つけて、小杉はマグロ漁船行きだ。あいつかなり組に借金があったみてぇで、すぐに業者が引き取りに来た。現ナマ見せたら、簡単に組の方は首を縦に振って。だけど、下に示しがつかねぇから、行方がわからねぇって話になってる。
マグロ漁船降りたら内臓の方も売る手はずになってるから、もう会うこともねぇだろ。」
俺の話に、2人は目を見開いた。
「東さんって、俺会ったことないですけど・・・『六本木スパイダース』の『タランチュラ』ですよね。はぁ・・・マジ、敵に回さなくてよかったですね。あの人、かなりヤバいらしいです。今まで人にも物にも自分にも執着しない人だって、うわさでしたけど。実際は全く違うんですね。それとも、ノリコさん家族と出会ったからでしょうか・・・ちょっとうらやましいな・・・。」
ミコトがそんなことを言った。
だから俺は、おめぇだってジョーだって、叶の親父さんに出会ったんだから・・・死んじまったけど、おめぇらにとってそういう存在だったんだろと2人を見つめたが。
「死んじまったんじゃねぇよっ!殺されたんだっ!!」
ジョーがそう叫んだ。
ミコトもそれに頷き、目を細めて空を見つめた。
「やっと、黒幕がわかりそうなんです。叶の親父さんを殺した・・・殺せと命じた奴が。絶対に許さない・・・地獄をみせてやる。」
「その情報を得るために、ポーカーで負けたふりやみかじめ料にかこつけて、小杉に金渡してたのか?」
俺のその言葉に、ジョーがため息をついた。
「そこまで、バレてたか。まぁ、小杉は案外下っ端だったけど・・・あいつの住んでるマンションが——「西園寺のじいさんがオーナーだったと。ちなみに、横須賀の土地買い占めの話が無くなって大変だって秘書が管理人にマンションの前で話してるのを立ち聞きしたんだけどよ・・・そういうことか?」
俺の言葉に、ジョーとミコトが俺を見た。
そして、あきらめたようにジョーが口を開いた。
「そう・・・だけど、よくそんなタイミングよく話きけたな。俺らは、この店のオーナーから、親父さんのこっちでの飲み仲間の名刺をもらって色々調べてたんだけど、その中に西園寺のじいさんの名刺もあって。あの孫の流れで、飲み仲間っておかしいだろって。よくよく調べりゃ、あの孫は確かに息子の子供だけど、外腹の子で。一応引き取って入るけど、跡継ぎ候補からは外れてるいわゆる厄介な存在らしい。示談にして、適当に金渡して縁をきる手はずだってことまでは、小杉に調べさせた。一応裏もある程度取ってる。」
「だけど、西園寺のじいさんが、叶の親父さんを殺せって命令したっていう証拠はねぇだろ。あくまで、バカな孫が巻き込まれて馬鹿なことしでかしたっていう体だろ。あんま、早まるな。先走って、いいことはねぇ。もう少し、状況を見ろ。」
よくわからねぇけど、話が何となく見えたような気もしたが、一連の話を聞くとどこか何かが引っかかるような気がして、上手く言えねぇもどかしさを感じながらも、突っ走ろうとしている2人にストップをかけた。
その途端、鼻白むミコト。
そして、ヤスシさん変わったな・・・と、口元を歪めて吐き捨てるようにそう言った。




