76、お預けの夜(ヤスシSide)
「ヤスシ、不機嫌だよねー。俺も、十夜に邪魔されたからさー、これはヤスシにもこの気持ち味わってもらおうと思ってさー。電話しないで来てみた・・・でもさぁ、十夜に事情聞いたら、今すぐ話した方がいいかと思ってさ。明日ヤスシ、仕事だからあんまり話できないだろうし。」
そんなこと言いながら、ズカズカ部屋に入ってきたミチルに続き、夜分にすみません失礼しますと申し訳なさそうな顔で春川が入ってきた。
とりあえず、まだ服は脱いでなかったからよかったものの。
深夜零時を回っているこんな時間に、よくノリコの部屋に来ようと思ったよなと内心腹立たしかったが。
聞けば念の為、先に俺の部屋に寄ったらしいがいなかったから、ノリコと一緒だろうということで部屋に来たらしい。
「ノリコ、落ち着いて聞いて。俺たちが帰った後、ノリコの叔父さんが浜田君のバーへ来たんだって。」
ソファーに座るなり、ミチルが先程とは違って真剣な顔でそう言った。
えっ、と声を上げる俺とノリコに、その先を春川が続けた。
「間違いないです。一昨日見たあの人です。よくわからないけれど、いかにもヤクザというスーツで。1人、若いチンピラ風の男を連れていました。」
春川の言葉に、俺はふと先日のみかじめ料を取りに来た縦縞スーツを思い出した。
「その若いチンピラって、アロハシャツにダウン着て季節感のない奴か?」
俺が突然そう言うと、春川が驚いたように目を見開いた。
「えっ、何でわかるんですか?」
「この間、戸田と戸田のダチでこのホテルの副社長の広瀬ってやつと、ジョーの店に飲みに行った時、派手な普通ではありえねぇ縦縞のスーツ着たガタイのいい、いかにもスジもんっていうのがそのチンピラ連れてきた。年のころは・・・30過ぎから半ばくれぇか?」
俺がそう言うと、多分その人ですと春川が頷いた。
俺は縦縞スーツの顔を思い浮かべながら、ノリコがガキの頃に味わった苦しみを想像すると、そいつをぶちのめしたくなった。
それはミチルも同じ気持ちの様で、とりあえず潰しておくか・・・と呟いた声は、とんでもなく低いものだった。
俺はため息をつくと隣に座るノリコの顔を覗き込み、俺もミチルもおめぇを守るから大丈夫だと声をかけた後、続きはまた今度だと小さい声で続けた。
「え?何?」
俺の言った意味が分からず、キョトンとするノリコの頭に手を置くと。
「このまんまにしておけねぇし、もう1回ジョーの店行ってくる。んで、奴らがどこのどいつか聞いて、おめぇに二度と近づかせないようにするからよ・・・お預けだ。」
と、腹の底から残念な気持ちでそう言った。
その言葉にノリコはがっかりするだろうと思ったが、ノリコは少し考えるような顔をした後、あっ・・・と、いきなり声を上げた。
「ヤスシッ!忘れてた!・・・叶社長が亡くなる前の日に、私店が休みだって知らせに横須賀行ったじゃんか・・・ヤスシ、物騒な状況だから今横須賀来るなって言った時、ヤスシと一緒にいた男の人、凄く可愛い顔しててヤスシと同じくらいの背格好の、あの人って横須賀に住んでる人だよね?」
ノリコが思い出しながら喋った人物が、すぐに頭に浮かんだ。
俺は何となく嫌な予感がして、ノリコの頭から手を下ろすと、ギュッと拳を握りしめた。
「ミコトか?・・・ああ、あいつは横須賀に住んでる。大学はこっちだけど・・・麻実・・・叶の親父さんの娘のダチだが、ジョーや俺とも親しい。叶の親父さんが刺された場所も、あいつんち・・・『神崎組』っていう地元の組だけどよ、そこでだった。ミコトがどうかしたか?」
「その人・・・おととい、このホテルのロビーから見えるところで叔父さんとすれ違ったんだけど・・・なんか、気になって。その人って、銀座に用事とかあるような感じの人?」
ノリコが上手く話せねぇといったもどかしい表情を浮かべそう言ったが、俺はそれを聞いた瞬間ありえねぇと呟いた。
「ミコトは、こんなとこに来るような奴じゃねぇ。それに、叶の親父さんが殺られて、あいつ自身まだ立ち直ってねぇ。用もねぇのにこんなところ——」
そこまで言葉にして、ハッとした。
ジョーか・・・と思わず口にしていた。
ノリコはそんな俺を見て、不安そうな顔をしていた。
思わずノリコを安心させようと、大丈夫だと言いかけた時。
「あの・・・多分、風町さんが今言った男の人、あの時風町さんの叔父さんに何か渡してました。素早くわからないような角度で渡してましたけど、俺動体視力がいいんですよ。ちゃんと見えました。だけど、その男が誰かわからないし。でも、今、風町さんが言ったことが本当なら、やっぱり・・・『underground』の店と何かあるのかもしれませんね。」
春川が、決定的な証言をした。
俺は立ち上がると、ジョーのとこ行ってくると扉に向かって歩き出したが。
ミチルが自分も行くから、ノリコの姉ちゃんをこの部屋へ来させてノリコと一緒にいてもらうと内線電話をかけ始めた。
その言葉に、今夜は完全にお預けだと内心ガックリしたが、ジョーやミコトのことも気になり、気持ちを切り替えた。
すぐにやってきたノリコの姉ちゃんに後は任せ、ジョーの店に向かおうとしたら、春川も一緒に行くと言い出した。
別にそこまで付き合わなくてもと思ったが、ミチルがそうだなと頷いたから仕方がなく黙っていた。
急いで向かった『underground』は、夜中の3時まで営業のはずなのに、既に店は閉まっていた。
訝しく思い店の前にたたずむ俺に、春川が多分ノリコの叔父の行き先がわかると信じられないことを言い出した。
俺が何言ってんだ、こいつ・・という目で春川を見ると、ミチルがゲラゲラと笑った。
「やっぱりなー、十夜のことだから、後ぐらいつけさせたんだろうなって思ったんだー。」
「後をつけさせるって、誰にだ?」
ミチルの言っていることがわからず首をひねると、春川がカラスですと答えた。
「あぁ?」
ノリコからこいつがカラスを上手く使ってノリコを助けた話は聞いたが、そんな漫画のようなことがあるかと正直なところ思っていた。
そこへ、このあり得ねぇ返答だ。
俺の声が多少イラついたのは仕方がねぇ。
だけど、春川はそんな俺の態度を見るなり、いきなり左の中指を口に入れ——
ピィィィー
指笛っつうのか、そういう感じで高い音を出した。
すると。
バサバサバサッ——
一羽のデケェカラスが飛んできて、春川の肩にとまった。
嘘みてぇな目の前の出来事に俺が目を丸くしていると、何やら小声でカラスに春川が話しかけていた。
そして、話し終わるとカラスは春川の肩から飛び立ち、すぐ上の電線にとまってこちらを見下ろした。
すると、春川は俺たちを振り返って、場所わかったそうです今から行きますか?と何でもないことのように話してきた。
ミチルも特に驚くこともなくじゃぁ行こうと言うと、春川は頷き指をパチンと鳴らした。
すると、カラスがバサバサッと飛び立ち、カァ・・と鳴き、旋回しながら俺たちを誘導するように飛び始めた。
こいつマジスゲェと思ったが、それよりも気になることがあったから、カラスを追いかけながら、俺は春川に話しかけた。
「なぁ・・・カラスって、普通夜は行動しねぇんじゃねぇか?」
前を歩いていた春川は振り返ると、そんな俺の言葉にニヤリと嗤った。
そして。
「都会のカラスは、普通じゃないんです。」
と、ゾクリとさせるような声で、答えた。
それはまるで、こいつ自身が、カラスであるかのような言葉だった。




