75、確かめあう夜(ノリコSide)
「ノリコ、とりあえず化粧落としてこい。」
部屋に入るなりヤスシがそう言って、私の部屋の鍵を手にすると一度着替えてくると部屋を出て行った。
浜田ジョーの店で、私の手を掴んでヤスシがいきなり帰ると言い出した時。
ミッチーもエミ姉を1人にしているから、一緒に帰ると立ち上がった。
春川さんは美智子さん達ともう少し話したいようだったので、3人で帰ることにした。
まぁ、私が風町リノのままなので、ヤスシとこんな時間に銀座の繁華街を歩いていたらマズいということもあったんだろうけど。
だけど、浜田ジョーがなんとも言えない顔で、ミッチーにポツリと呟いた。
「エミは・・・いや、あんたはエミの合格をもらったんだな。」
浜田ジョーがエミ姉について言っているということはわかるのだけど。
でも、その内容は意味がよくわからなくて、首をひねったら。
「合格?・・・あー、エミちゃんが付き合うか付き合わないかの基準のこと?・・・まぁ、そうだね。それは、一発合格だったよぉ。それについて、俺もエミちゃんと同じ意見だしー。」
と、ミッチーがドヤ顔で答えた。
すると、浜田ジョーが眉間にシワをよせ、それに対しミッチーがニヤリと嗤い。
「あれー、もしかして・・・その基準がいまだに何だったか、分からない感じ?ふーん・・・じゃぁ、浜田君はエミちゃんのこと本気じゃなかったんじゃない?遊びの気持ちだったから、気づけないんだよ。エミちゃんの大切にしていることが何なのかなんて、エミちゃんをちゃんと見ていればわかることなのに。これじゃ、エミちゃんに振られて当然!」
そう一気に言うとミッチーは、あーすっきりしたぁじゃぁ帰ろーとさっさと1人ドアを開けて出て行ってしまった。
慌てた私は、固まる浜田ジョーにごちそうさまでしたと頭をさげ、戸田さん、美智子さん、裕子さんにも頭を下げ、春川さんにも頭を下げようとしたら。
「風町さん、お疲れさまでした。明日もよろしくお願いしますね。それと・・・俺の事、富士見さんになら言ってもかまわないですから。色々事情を話すのに、俺の事飛ばしてだと話しにくいんじゃないですか?」
と、そう言ってくれた。
そして、ヤスシにもさっきの話は気にしないでくださいと、にっこりと微笑んでくれた。
「おー、やっと俺のノリコにもどったなー。やっぱ、おめぇは素顔の方がいいな。」
鍵を開けて堂々と入ってきたヤスシが、化粧を落としてさっぱりした私の顔を見てニコリと笑った。
嬉しいのに照れ臭い私は、そんなこと言うのはヤスシくらいだよと苦笑いして、お茶でも入れようと急須を手にしたら。
後ろから急にヤスシが私を抱きしめてきた。
私は慌てて急須をまた元の位置に置いたんだけど、焦った勢いで蓋と本体がぶつかって、カチャンと音をさせてしまった。
割れなかったかな?と一瞬心配になったけれど。
それよりもヤスシが私の顎に手をかけて振り向かせると、すぐに熱いキスをしてきたから、頭が真っ白になった。
慣れない濃厚なキスにドキドキしていると、膝に力が入らなくなった。
そして、ガクリと崩れ落ちそうになったところで、ヤスシが私を支えるように強く抱きしめ、唇を外した。
ニヤリと嗤うその余裕の顔が憎らしい!
そう思うのに、抱きしめられるその腕が愛おしくて、離れたくないと思ってしまう。
そんな私の心を知ってか知らずか、ヤスシが腕を解き、そのまま右手だけを私の腰に回すと。
「ガッツきたいのは山々だけどよぉ、先におめぇから一昨日の事聞いといたほうがいいしな。ミチルからかいつまんだ話は教えてもらったけど、おめぇから詳しくききてぇ。ソファーにとりあえず座るか?」
そう言って私を3人掛けのソファーに誘導し座らせ、冷蔵庫から缶のコーラを2本持ってきた。
「やっぱ、おめぇと2人となると、コレなんだよな。おめぇと2人で『Chicago』でコーラ飲んだ時、わかった。俺にとっておめぇがどんな存在か。ノリコ・・・さっき、ミチルがジョーに言ったこと・・・おめぇの姉ちゃんに対して本気じゃねぇってこと、あれは確かにそうだったと思う。ジョーも・・・俺も、今まで碌でもねぇ女関係ばっかだったからよ。だけど、おめぇの姉ちゃんに対して、ジョーの中で他の女と何かちげぇって思ったのかもしんねぇ。あいつが振られたってことは、あいつがおめぇの姉ちゃん追っかけたっつうことだ。あいつ、今まで1回ヤッたら自分から追いかけるなんてことしなかったからな・・・まぁ、俺も同じなんだけどよ・・・だけど、おめぇは特別だ。おめぇと話したいって思うし、おめぇを助けたいって思う。ずっと一緒にいてほしいって思う・・・こんな風に思う女なんて今までいなかった・・・だからよ、俺に全部話してくれ。ガキの頃からのこと・・・典物の話はこの間聞いたけどよ・・・おめぇが取り乱したり、貧血起こすくらい酷ぇトラウマなんだろ?」
私の隣に腰を下ろし、私の手を握りしめながらそう言うヤスシは、恐ろしく真剣な様子だった。
本当に私の事を心配してくれているのだという気持ちが伝わってきて、だから私もきちんと話そうと思い、ヤスシの手をギュッと握り返した。
「結局・・・春川を牽制する必要なかったってことか。」
あったことを思いつく限り話し終えると、黙って聞いていたヤスシがため息をついた。
「え・・・牽制?何?」
ヤスシが言っている意味がよくわからなくて首をかしげると、ヤスシが少し顔を赤らめながら膨れた顔で。
「だからっ・・・春川がおめぇに優しいし、特別になんか気にしてるように見えたんだよっ・・・それに、あいついい男じゃねぇか・・・だから、おめぇがあいつに惚れるかもしれないとか・・・ちょっと、心配っていうか・・・その——「え、ヤスシ、やきもちやいてたの?」
しどろもどろ、春川さんについて話すヤスシに、思わず突っ込んでしまった。
「悪ぃかよっ!」
照れ臭いのか、半ギレで返すヤスシ。
私はふきだしそうになるのをこらえながら、悪いなんて言ってないよと答えたけれど。
ふん、と鼻を鳴らし、ヤスシは坊主頭をガシガシと掻いた。
私はそんなヤスシがたまらなく愛おしくなり、私もだよ・・・と気が付けば呟いていた。
「え?」
「私も、やきもちやいたことあるよ。」
「あぁ?・・・いつだよ?」
「かなり前。私がレーコード会社のテストを急遽受けることになって、その日にヤスシが歌を『Chicago』に聞きに来るって言ってたのを思い出して、横須賀まで次の日いないってこと伝えに行ったんだけど。パチンコ屋から出てきたヤスシを丁度見かけて声をかけようとしたら・・・凄く綺麗な女の人が追いかけてきて、ヤスシの腕に自分の腕からめて、ご飯おごってくれって・・・それから、ホテル行こうって・・・キスしてた。」
「・・・・・・・。」
私が一気にそう言うとヤスシは思い出したのか、ものすごく気まずそうな顔をした。
だけど、それは一瞬のことで。
ヤスシはすぐに顔を引き締めると、頭を下げた。
「悪ぃ、それはおめぇに不快な思いをさせたな。言い訳もできねぇ事実だ。すまねぇ。」
ヤスシがあっさり認めたことと、真剣に謝っていることに私はどうしていいかわからず。
「い、いや・・・何て言うか・・・凄くショックだったけど、よく考えりゃ私たちまだ恋人でもなんでもなかったんだし。ヤスシを責めるのは、違うと思うんだけどさ。ただ、私もやきもちやいたって話だよ。あっ、でも。今そんなことしたら、タダじゃおかないよ?ひっぱだいて、怒るからね!」
勢いに任せてそう言うと、ヤスシがクククッと笑った。
「おい、そこは浮気はダメだって言うところじゃねぇか?ったく、おめぇは俺に甘ぇよなぁ。あの時だって、付き合ってなかったけどよ・・・俺たちの間に何か特別な感じはあったんだぞ?おめぇ、よくそんなんで俺と付き合おうと思ったよな。いや、ありがてぇけど・・・そんなんだから、俺みたいな悪ぃ男に引っかかんだよ。」
「悪い男・・・?」
「そうだ、こんなこと、簡単にやっちまう男だ。」
ヤスシはそう言うと、どうやったのかわからない位素早い動きで、私をソファーに押し倒した。
そのあまりの素早さに、私は唯驚いて。
「ええっ!?滅茶苦茶すごくない!?こんな素早く人って押し倒せるものなのかい?これって、合気道かなんかの技!?」
と、思ったことをそのまま私の上に覆いかぶさっているヤスシに聞いたら。
「ブハッ・・・合気道って・・・ククククッ、この状況で格闘技と考えるって、おめぇ・・・アハハハハハハッ・・・・クククッ・・・・腹いてぇ・・・。」
何故か爆笑された。
そして、私に覆いかぶさっていたヤスシは起き上がり、体をくの字にさせて笑い続けている。
えーと・・・もしかして、これって甘い雰囲気に入ろうとしていたところだったの?
となると、私・・・言うこと間違えた!?
目の前で笑い転げるヤスシを見て、今更ながら焦ったのだけど。
目じりに涙をためて、ようやく起き上がったヤスシが、優しい顔で私を見つめて。
「やっぱ、おめぇ・・・いいな。俺はそういう、トボけたおめぇ好きだ。だけどよ、おめぇにはこれからどうするとか、ハッキリ言った方がいいってこと、これで学習した。おめぇに雰囲気でもって行くのはやっぱ違ぇな。」
そう言って、私の髪をそっと撫でた。
「何か・・・ごめん。」
雰囲気でもって行くと聞いて、やっぱりそういうことだったんだと思い、合気道なんて言った自分に今更ながら呆れてしまった。
だけど、そんな私の言葉にヤスシは首を横に振った。
「いや、いい。おめぇはおめぇらしくいりゃいいんだ。俺の前で背伸びすることも格好つけることもしなくていい。俺はまんまのおめぇが好きなんだ。」
「私も、ヤスシが好きだよ。」
「クククッ・・・知ってる。おめぇは素直だからよ、好きでもねぇ奴とキスなんかできねぇだろ?おめぇとキスしてると、俺の事好きだって気持ちが伝わってくるんだよ・・・おめぇも、俺の気持ち伝わってるか?」
「うん。」
心のままに、ヤスシの問いかけに頷いた。
すると、ヤスシが物凄く嬉しそうな顔で、そっか・・・と呟くと、私を抱き寄せた。
「なぁ、俺・・・おめぇの全部が欲しい。おめぇとは遊びじゃねぇ、本気だ。一生大事にする。だから・・・おめぇを抱いていいか?」
私の胸と合わさっているヤスシの胸がドキドキと早い鼓動を打っている。
そして、私の肩に顔を乗せたヤスシの吐息が甘くて・・・何だか下半身が切なくなった。
素直に私もヤスシが欲しいと思った。
「うん、私も・・・ヤスシが欲しい。」
私がそう言うや否や、ヤスシは立ち上がり私の腕を引っ張って立ち上がらせた。
そして、ニヤリと笑うと。
「もう、合気道技はなしだ。続きはベッドだ。」
そう言って、私の手を引きベッドへ向かい、ベッドカバーを乱暴に剥がした。
そして私のスリッパを脱がせベッドの上に座らせると、ヤスシは腰をかがめキスをしてきた。
段々キスが激しくなって、座っているのが辛くなってきたと思った時。
ヤスシは優しく私の後頭部に手をあて、ゆっくりと私の体を倒した。
「おい、これは合気道技じゃねぇぞ?クククッ・・・。」
「もうっ、いつまでそれ言うのさっ。」
からかうヤスシに、照れ隠しで怒ってみせるけれど・・・ヤスシの熱い瞳にそれ以上文句の言葉が続かなくて、好き・・・という小さな声だけが出た。
その言葉に、ヤスシが俺も・・・と呟き、私の首筋に熱い唇を這わせた。
その感覚に、体がゾワッと熱くなり・・・どうしようと思っていたら。
———ピンポーン
部屋のドアチャイムが、突然鳴り響いた。




