52、春川という人(ノリコSide)
「えー、春川 十夜って、凄く有名だよ。元々舞台出身の俳優だけど、声が良いし物腰も柔らかいから、ノリコが出た『ミッドナイトスペシャルショー』の司会に3年くらい前に抜擢されて、評判がいいんだよね。それで、それから他でも色々司会の仕事も増えたみたいだけど・・・大人っぽくて包容力がありそうって人気あるよ?・・・でも、何でいきなり春川 十夜のこと聞いてきたの?もしかして、ノリコもこの間一緒の番組に出て、ファンになったとか?」
デビューしてから殆ど休みなしだったから、今日は一日休みをもらって。
ゆっくりしたらいいという叔母ちゃんとエミ姉の言葉に甘えて、10時くらいまで寝てしまった。
おかげで疲れはすっかり取れて、店が開く前に念入りに掃除をして営業時間になったからそのまま店に出ていたら、マサルがやってきた。
さっき、マサルの店からの配達があって、従業員の人がマサルに私が店に出ていると伝えたのだろう。
マサルとも最近ゆっくり話をしていなかったので、近況報告をしていた流れで春川さんの話になり、テレビをあまり見ない私はテレビっ子のマサルに聞いたのだった。
「ファンっていうか、11月から12月に『グランドヒロセ』でディナーショーの仕事が急に決まってさ・・・でも、新人だし・・・ディナーショーなんてどうしたらいいかわかんないじゃん?そうしたら、ミッチーが春川さんを司会につけるからって。何か、ミッチーの地元の後輩みたいで、ディナーショーの日に別の仕事が入っていたみたいだけど、こっちの司会やれ!ってミッチーが言ったら、わかりましたって。ミッチーが怖いみたいだけど・・・でさ、この間顔合わせで食事したんだけど、何かつかみどころがないっていうか・・・良くわかんない人なんだよねぇ。」
私は、あの日本料理の店で食事をした時の春川さんを思い出していた。
凄くにこやかだけど、結局何を考えているのかわからないような。
あ、でも・・・ヤスシに話しかけたり、ミッチーがヤスシをほめたら驚いていたし。
何かヤスシに興味を持ったような・・・結局、私の連絡先を聞いたのもヤスシが気になったからかもしれない。
ミッチーはあんなことくらいで、ブチ切れていたけれど。
というか、普段私たちの前では凄く優しくて緩い口調なのに、何で他の人の前だとあんなにがらりと口調がかわるのだろうか。
冷たいって言うか、素っ気ないって言うか、人に興味がないって言うか、乱暴って言うか・・・うん、最初私に話しかけたミッチーを見て、真矢さんも凄く驚いていたし。
でも、そうか。
春川さんは、人気の俳優さんなんだ。
そうだよね、大人でモテそうな雰囲気だもんね。
服装も、オフの時だってお洒落なスーツだし。
まぁ、何はともあれ不安でしかないディナーショーの司会を春川さんに引き受けてもらえば、百人力なことは間違いないし。
「ノリコ、すげぇじゃん!『グランドヒロセ』って、ここの鎌倉でもディナーショーやるのか?俺、家族総出で見に行くぞ?」
私がディナーショーをやるという話に、マサルが興奮してカウンターテーブルに出したマサル用の水の入ったグラスをひっくり返してしまった。
慌てて台拭きとおしぼりでこぼれた水をマサルと一緒に拭いていると、呆れたようにエミ姉がやってきた。
「あんたたち、何やってんのさ。グラス割れなかった?ケガはないかい?」
「うん、大丈夫。グラス割れなかったけど、ごめん。俺が水こぼしちゃって。」
謝るマサルにエミ姉が、ケガしてないならいいけど・・・と濡れた台拭きとおしぼりを受け取った。
「ま、こぼれたのが水でよかったよ。それに、一応カウンターも拭き掃除したけど、また水拭きして、よけいに綺麗になったって感じで結果オーライじゃん。」
水をこぼしてしまってシュンとするマサルに、私が気にしないようにそう言ったら。
「フフッ、風町さんは本当にポジティブですね。」
突然、後ろで穏やかな笑い声が聞こえた。
振り向かなくてもわかっていたけど、やっぱり春川さん。
と、その隣には・・・。
「エミちゃん、ただいまー。」
速攻で、エミ姉のところへ飛んで行ったミッチー。
はいはいと適当にミッチーをあしらいながら、春川さんにいらっしゃいと声をかけるエミ姉。
「もうさー、『グランドヒロセ銀座』で打合せしてたら車で来てるから家まで送ってくれるって戸田君が言ったら、十夜がどうしても『Chicago』に行きたいって言い出してー。拒否ったら、ディナーショーの司会のギャラいらないから連れてけって言い出してさ。ムカツクけど、ノーギャラって言うなら仕方なかなーって連れてきたんだけど。あ、戸田君は今家に車置きに行ってるから、後で来るよー。十夜、ノリコはもちろんだけど、エミちゃんにも手をだそうとしたら、お前、殺すからな?」
カウンターの中に入り、エミ姉に抱き着きながらそういうミッチー。
顔と声が滅茶苦茶怖いけど、エミ姉に甘える姿はいつも通り。
そんなミッチーに毒気を抜かれたのか、はぁとため息をつく春川さん。
何となく変な空気になったので、とりあえず一番関係のなさそうなマサルを春川さんに紹介した。
それに対し、春川さんがマサルに微笑んだので少し空気が和み、私は春川さんに何を飲みますかと、聞きかけてハッとした。
「っていうか、春川さん!私、今日全く化粧してないんですけど、よく私だってわかりましたね。」
そうだ、あの変装メイクを今日はしていない。
私はプライベートな時は、ほとんど化粧をしない。
元々化粧があまり好きじゃないということもあるけれど、最近は私だとほとんどの人が気が付かないので、スッピンは私にとってオンとオフを使い分けるのにちょうどいいのだ。
だけど、メイクをしない私は化粧をした時よりもかなり残念な感じになるから、仕事関係の人には見られたくないと言いうのが、本心だ。
「素顔もかわいらしいですよ?・・・え、ああ注文ですか。せっかくですから、バーボンにしておきましょうか。そうですね・・・そのままですけど・・・フォアローゼスのロックをお願いします。」
そう言うと、ニコニコ笑いながら春川さんは私を見た。
だけど、やっぱりその目は笑っていなくて、口元だけが弧を描いていた。
やっぱり、よくわからない人だという印象がぬぐえない。
そして、しばらくしてやってきた戸田さんは。
何故か駅前で会ったというヤスシを連れてきていた。




