51、誘い(ヤスシSide)
ノリコに食べさせるとなると、俄然包丁を持つ手にも気合が入るってもんで。
「ヤスシ君、何かさっきと顔が違う。僕の鯛茶漬けとカルパッチョ作った時、あんまり気分が乗らない感じだったのにー。」
浩之が口をとがらせながら、ブツブツ言い出した。
戸田は、仕事用のポケットベルが鳴り、外に電話をかけに行っている。
「えっ、ヤスシ!?ここで、何してんのさ!?・・って、鯛茶漬け!!これ、ヤスシが作ったやつ!?うわぁ、私食べたかったんだよねぇ。」
着物を着た年配の女性店員が声をかけ東のいる個室の障子を開けると、直ぐに俺を見つけたノリコが目を丸くして、声を上げた。
その瞬間、東以外の3人が俺に目を向けた。
「ふふ・・・さっきさぁ、お造りが凄くおいしいって俺言ってたでしょ?実は、食べた事ある感じだなーって思ってカウンターに確認しに行ったら、やっぱりヤスシ君でさぁ。ノリコびっくりした?ヤスシ君、ここの副社長に鯛茶漬けのレシピ教えてほしいって言われて、来てたんだって。すごいよねぇ。天下の『グランドヒロセ』の日本料理の店にレシピ教えてくれって言われるなんて。俺、前にノリコと戸田君にヤスシ君の鯛茶漬け滅茶苦茶美味しいって聞いて、食べたかったんだよねぇ。」
俺と女性店員で茶漬けをセットすると、女性店員だけごゆっくりと部屋を出て行った。
「東さんと風町さんのお知合いですか?」
東ほどではないが、30過ぎくらいのスマートな色男が俺の方を見てそう言った。
柔らかくていい声だなと思い、そいつをマジマジと見たら・・・何か、見たことがあるような・・・あ、この間ノリコが出ていた『ミッドナイトスペシャルショー』の司会者だ。
「ああ・・・彼は、富士見保志君といって、横須賀にある魚屋さんの息子さん。ノリコと仲がいいんだけど・・・俺もちょっと頼まれたり、頼んだりっていう感じかな?腕の良い魚屋さんだよ。」
東が思っているだろうことをそのまま言葉にしたようだ。
俺が頭を下げると、さっきの司会者の男が東を驚いた顔で見た。
「東さんが、人をほめるって・・・珍しいですね。」
「うーん、ヤスシ君は裏表もないし、いい奴だからねー。あ、鯛茶漬け冷めちゃうから、早く食べよう。ヤスシ君、ついでにそっちにいるオジサンが、ノリコの事務所の社長で南川さん。で、そっちの若いのが南川さんの息子でノリコのマネージャーの真矢。で、この声のいいスカした男が、春川 十夜って、司会業兼俳優やってる奴。十夜と真矢は俺の地元の後輩・・・ってことで、紹介終わり!いただきます!」
東は1人で喋り適当な紹介を終えると、鯛茶漬けをかき込んだ。
俺は東のいつもの自由さに今更驚くこともなく。
ただ、こんなに仕事関係の人間がいるんじゃそうそう話もできねぇと思い、ノリコにゆっくり食えと声をかけて立ち上がりかけたら。
「うまっ。」
「旨い・・・。」
と、社長とその息子がほぼ同時に、そう言った。
ノリコも、本当に美味しいと笑顔でそういいながら箸を動かし、東は無言で黙々と食い続けている。
そして、春川というやつは・・・俺を見ていたのか目がぱちりと合うと。
「美味しいですね。」
と言い、嘘くさい笑顔を向けてきた。
何だ、こいつ・・・と思いながらも、鳴戸料理長に言われてここへ料理を運んだ手前、仕方ねぇから取り敢えず無言で頭を下げておいた。
すると春川は笑顔のまま、言葉を続けた。
「今度、風町さんが『グランドヒロセ』でディナーショーをされるので、司会を依頼されましてね。今日は、その顔合わせというか、打合せなんです。」
「そうっすか・・・ノリコ、すげぇな。頑張れよ。」
こいつが何でそんな仕事内容を俺に話すのかわかんねぇけど、その話の内容とその余裕のある顔が癪にさわって、イラッとした。
まぁだけど、鳴戸料理長の店で変な態度をとるわけにもいかず、ごゆっくりと言って俺は立ち上がった。
「ヤスシ、ありがとう。また連絡するね。」
ノリコもゆっくり話ができないと思ったのか、詳しい話は電話でという意味だろう言葉をかけてきた。
俺は、おうまたなと返事をすると、障子を開け部屋の外に出た。
ここで借りたサンダルに足をいれていると、春川が聞こえよがしによかったら僕にも連絡先を・・・なんていう声が聞こえてきたが。
東が、ノリコに用があるなら自分に連絡しろ変な風に誘うなとかすんげぇ冷てぇ声で春川に凄んでいるのが聞こえ、その後真矢とかいう男だろうか十夜さんまずいっすという焦った声が聞こえてきた。
まぁ、東がついているなら大丈夫だろうが、少し後ろ髪をひかれる思いで俺はその場を後にした。
「え・・・それ、本気っすか?」
22時前に最後の客が引き上げると鳴門料理長は若い奴らに後を任せ、俺と浩之と戸田を18階にあるフランス料理店へと誘った。
戸田と浩之は、ノーネクタイだがジャケットは着ていたのでこういう場でもいいだろうが。
俺は元々かっぱ橋に買い物に行くつもりだったから、中綿入り黒ベロアの鷹の刺繍の入ったスカジャンにグレーの細身のジーンズ、足元は黒のショートブーツといういつものラフな服装で、とてもじゃねぇがドレスコードってやつに間違いなく引っかかる。
焦る俺に、鳴門料理長が営業は終了しているし、自分だって仕事着の白衣のままだからかまわないと、どんどん店の中に入って行った。
結局奥の個室で広瀬が待ち構えていて、今日の礼にとステーキを振舞われたのだが。
本題は、俺に鳴門料理長の下で働かないかという誘いだった。
俺の驚きの声に、もちろん本気だと言う広瀬と。
俺がガキの頃から実は目をつけていて、亡くなった伯母ちゃんに俺を弟子にしたいと頼んだこともあったそうだが、魚屋の一人息子で跡取りだからとやんわり断られていたそうだ。
もちろん、家の事情は分かっているが聞けばまだ両親は50代前半だから今すぐ後を継ぐということもないのではないか。
数年板前の修行をしてみないか、板前の道に興味はないかと熱心に誘われた。
思ってもみなかった話に俺は戸惑ったが・・・本心では、スゲェ嬉しかった。
ガキの頃からあこがれ続けた鳴門料理長にこんな風に思ってもらえて、喜びで胸が震えるってこういうもんかと思った。
だけど——
店を頼むというじいちゃんとの約束が、俺の頭ン中にあって。
どうしても、鳴門料理長の誘いに頷けなかった。




