第八話 リーナの野望、フィーネの夢
ついに主人公の野望が明らかになります
翌日の未明。夜明け前の薄い闇の中、私はすでに目を覚ましていた。ベッドに横たわってはいるものの、眠気はもうすっかりなく、ぼんやりと星空を眺めている。もともと人よりはずっと短い睡眠時間でやっていける体だ。人と同じ時間に寝ればこうなってしまうのは白明の理だろう。ただ、私はこんな時間が大好きだった。
そうしてベッドの中でもぞもぞと過ごしていると、フィーネが眼を開けた。彼女はまた眼を閉じて寝ようとするものの、すぐにまた開いてしまう。フィーネとマルは昨日、昼間から夕方にかけてずっと昼寝をしていた。おそらく、そのせいで眠れないのだろう。ただし、マルの方は布団を抱きしめながら気持ち良さそうに夢の国を満喫しているが。
「眠れないのか?」
「うん、寝すぎた。ファーストも眠れないの?」
「眠れないというか、すでに起きてる。もともと眠りは短い性質だから」
「へえ……」
会話が途絶えた。フィーネと私は黙って窓の外を眺めている。飛行船から見る濃紺の空は、遥か宇宙まで透き通るようだった。星の海が視界いっぱいで瞬いている。ゆらりゆらり。それはまるで、波を打っているようであった。赤から白までの鮮やかな色彩が、私たちの目を楽しませる。しかし周囲の気温が低いせいか、それは物悲しく見えた。どことなく心が冷えたようなセンチメンタルな気分になる。
「そういえばファーストって……なんでこの試験を受けたの?」
不意にフィーネが話を切り出してきた。私は彼女の問いに珍しく素直に答える。そういう気分……だからだろうか。
「石を捜そうと思って、石を。そのためにはプロ冒険者になるのがよさそうだった」
「石? まさか、伝説の賢者の石とかいうやつ?」
「ああ、でもあれば伝説じゃない。賢者の石は実在する」
フィーネは眼を細めると、何か考え込むような顔をした。眼がどこか遠くを見ている。
「へえ……確か手に入れることができれば、莫大な魔力を操ることができるって石だったわよね」
「そう、だがそれだけじゃない。賢者の石は二重螺旋の片方にしか過ぎないんだ。もう片方の負の側面をつかさどる翠石と合わせれば、与える魔力次第で文字通り世界を一から作り直すことだってできる……」
そう、できるのだ。翠石はすでに私の手の中にある。そして贄とするための魔力と血も、やがて子供たちが掻き集めるだろう。あとは賢者の石が見つかりさえすれば……。
「世界を一から作り直す力か……なんだかよくわかんないけど、凄過ぎて想像もつかないわ。そんなの手に入れて、どんな願いを叶えんの?」
「完全な世界を作る」
「……本気?」
「もちろん。世界を完全に造り替えて、全く新しい世界を作ってみせる!」
因果を遡ってすべての時間軸と次元、可能性における魔力の存在を消し去り魔力のない完全世界を作り上げること。これが私の夢と復讐だ。父さんもアリスも、そして私を苦しめてきたこの狂った世界そのものまでも、その始まりから完全に存在を造り替える。
そもそも、魔力などない方がいいものだ。あれは麻薬に近い何かでしかない。人から努力というものを奪い、争いを引き起こす種となる。あんなもの、初めからない方がいいのだ。創世記の段階から魔力をなくせば、きっと人間はこの世界よりもずっと素晴らしい社会を築けるだろう。そうして新生した世界で私は再び無垢な少女となり、奪われた人生をもう一度やり直す。この不完全で不条理な世界に奪われたものを、すべて取り戻して見せる――!
少し感情的になってしまったため、声が大きくなってしまった。フィーネは一瞬、驚いたように目を丸くする。こんな途方もない話、聞けばだれでもそうなるだろう。私が自嘲的な気分になっていると、彼女は手を差し出してきた。
「素晴らしいじゃない。ファースト、私にも協力させて!」
フィーネの眼に曇りはなく、差し出された手には何の打算も働いてはいないようだった。白くまっさらで小さな手。見た目はきれいでも、穢れにまみれてしまっている私の手とは絶対的に違う何か。今これを握れば、やがて彼女をうまく利用することができるだろう。この子は強力な仲間になる――直感がそう言っていた。
正義という存在に取りつかれているような彼女を操るのは易い。どこぞの教祖が言うような気の利いた言葉でも掛けてやれば、彼女は私のために命さえ賭けるかもしれない。基本的に一人で行動しようと思っていた私にとって、そんな協力者はぜひともほしいものだ。しかし、いざ手を握ろうとすると腕が震えてしまってうまく動かなかった。私の心の中に残された善性――影の言うところの、黒の中に混じった白が激しく震えている。その存在をどうにか認めさせようとあがいている。
左手で右手を押さえつけ、どうにか布団から手を出した。フィーネは不器用にも彼女の手をつかめずにいる私の手を、自分の方から握りしめてくれる。
「よろしく! もしお互いの試験に受かったら、チームでも組みましょ」
「ああ、頼む」
一言告げると、私は堪えられなくなって手を離した。久々に握った人の手は、とても温かいものだった――。
灰色の風が吹き抜けていく。聳える山々は連なった剣のようで、人を寄せ付けない厳しさがある。山頂は鉛色の天の上にあり、その姿を見ることすらできない。吐く息はたちまちのうちに白くなり、含まれていた水分が細かな氷となって異様に光る。支給された分厚いジャンバーはすでに表面に氷が張り、一行が動くたびにシャリシャリと音がしていた。
飛行船の旅を終えた私たち受験生一行は、ドラゴン・スケアのメンバーに連れられて死氷山脈の二合目付近まで来ていた。本格的な登山はまだだというのに、すでに標高は二千メールを超え気温はマイナス四十度近くに達している。あたりは一面銀景色で、植物の影すらほとんどない。せいぜい、岩に寒さに強い茶褐色の苔が張り付いている程度だ。
「ここが死氷山脈……!」
死という物騒な形容詞を冠するだけあって、さすがに生命の気配に乏しいところだ。エルガの森ほどではないが、極限環境というのがふさわしい。屈強な受験生たちもこの環境にはまだ適応できていないのか、手足を震えさせているものも多かった。隣で震えているフィーネとマルも、互いに抱き合うようにしてこの寒さをしのいでいる。しかし一方で、リオーネや赤の女王といった連中はこの環境でも平気な顔をしていた。特に、リオーネに至ってはこの間と変わらぬ鎧姿だ。
「今から第二試験の説明を行う! 全員注目!」
極寒の中でもよく響く声に、全員の視線がリオーネに集中した。彼女は大きく咳払いをする。
「第二試験は勝ち抜きサバイバル登山だ! これから受験者の諸君にはそれぞれ○、×、△のマークがついたカードを一枚ずつ持ってもらう。五日間以内に自分が渡されたのと同じマークのカードを三枚集めて、シャクルティアマウンテンの頂上へ持ってこい! 持ってきたものから順に十名までを試験合格とする! なお、登山に必要な食料などはあらかじめマジックナップに詰めてあるので必ず持っていくように」
「たった五日!? もし、誰も来ないでその期限を過ぎたらどうなるんだ」
受験生の一人が思わず叫んだ。リオーネはその言葉に落ち着き払った様子で応える。
「その時はもちろん全員不合格だ」
「おお……」
「マジかよ……」
「無茶言わないでくれ! というか、あんた自身こんな試験クリアできるのか!?」
受験生に動揺が広がる中、一人の男がリオーネに喰ってかかった。鮮やかな金髪を長く伸ばした、優男だ。顔立ちも甘いマスクというのがしっくりくる美形で、舞台にでも立てばさぞかし映えるだろう。しかし、いまは来る場所を間違えたバカ貴族か何かにしか見えない。
男に詰め寄られたリオーネは、顔色一つ変えなかった。彼女は毅然とした表情のまま男に言葉を返す。
「棄権したければいつでも歓迎しよう。我々のギルドに臆病者はいらぬ」
「わかったやるよ、やればいいんだろ……」
リオーネが凄みのある笑みを浮かべたせいか、男はすごすごと引き下がって行った。彼が列に戻ったところで、調子を戻すためかリオーネはまた咳払いをした。
「では今からカードを配布する。受け取ったものから試験開始だ!」




