第七話 死氷山脈
三大ギルドのマスターというのは、知名度の割に露出度が低い。特にドラゴン・スケアのマスターはメディア嫌いで有名で、若い女性であるということぐらいしかその容貌について一般には知られていない。ただし、彼女の功績と実力についてはよく知られている。曰く、北方の悪竜を殴り倒した。曰く、王国軍一個大隊に匹敵する戦力などなど。その噂は枚挙にいとまがなく、撲殺女王などという物騒な二つ名が付いているのだが……。
「子供……?」
艶やかな金髪を肩まで伸ばし、白銀の鎧を纏うその姿は小さかった。顔も凛とした雰囲気があり翡翠の瞳が美しいのだが、やや幼い。すべてを総合すると、リオールは十代前半ほどにしか見えなかった。ただその威圧感や存在感は竜にも匹敵するほどで、小さいはずの彼女の背丈が何倍にも大きく感じられる。
そんな彼女は小さな背中に似合わぬ巨大な剣を背負っていた。背丈よりもはるかに長く幅広の剣は武骨でぶ厚く、さながら金属の塊だ。どうみても百キロは軽くあるだろう。切れ味は悪そうで斬るというよりも殴るための武器だ。なるほど、これが彼女が撲殺女王と呼ばれる由来らしい。
「早速だが、第二試験について説明したいと思う。第二試験の会場は死氷山脈だ。この船で山脈のふもとまで直接向かうことになっている。着くまで二日ほどかかるが、その間は船内で自由に過ごしてくれ。なお、試験の詳しい内容は到着してからだ」
リオールはそれだけ告げると階段を上り、二階へと戻って行った。彼女の姿が消えると落ち付いていた受験生たちがにわかにざわめき始める。
「やべえな、こりゃ……」
「冗談だろ?」
一部の剛の者を除いて、受験生たちはすっかり顔が蒼くなった。彼らは悲壮感すら感じさせる様子で、周囲の者たちとしけた顔を向き合わせる。私の隣に立っているフィーネもまた、色を失っていた。いつもは桜色の唇が少し紫に見える。
「どうした? そんなに変なこと言われたか?」
「あんたねえ、死氷山脈よ!? 標高一万一千メール、気温マイナス八十度! 地獄よ地獄! そんなところで試験やるとか信じられないわ!」
「ちょっと寒くて標高が高いぐらいだろう? 死にはしないさ」
生存不可能などと言われているエルガの森でずっと生活していた私だ。いまさらこの程度の場所を恐れてたまるか。そう思っていると、マルが私たちの方にクォーツフォンを差し出してくる。死氷山脈について、さきほどから調べていたらしい。水晶画面には無数の活字と飛竜のものらしき写真が躍っている。
「それだけじゃない。いまの時期はこいつらも危険」
「えっと『スノーワイバーン大量発生! 過去最大の規模か』……。な、なによこれ!?」
「新聞記事」
「そうじゃない! なんでスノーワイバーンなんて危険生物が大量発生してるのよ!」
「原因不明。ちゃんとそう書いてある」
「そうじゃなくて……!」
押し問答を始めたフィーネとマル。喧嘩するほど仲がいいとは言うが、二人は本当に仲がいいらしい。しばらく収まりそうにないその言い争いに私はため息を漏らすと、周囲を見渡した。すでに他の受験生たちはこの場を離れ、飛行船内の各所に向かったらしい。人影はまばらになっていた。
壁を見ると、そこには飛行船内の地図と部屋番号が書かれていた。番号には時折×が打たれている。部屋の割り振りは特に指定されていないので、先着順に好きな部屋を選べということだろうか。だがしかし、一人用の部屋がないところをみると誰かと相部屋にならなければならないらしい。私はいまだに言い争いを続けているフィーネとマルを呼んだ。
「部屋は三人用からしかないが、一緒の部屋にするか?」
「そうね、いいわよ」
「それでいい」
フィーネとマルはひとまず争いをやめ、とたとたと駆け寄ってきた。私はフィーネ達の視線を伺いながら、三人部屋と書かれた部屋の一つに×をつけると、そちらへと向かう。わずかに揺れる狭い通路を抜けて、私たちは飛行船の後部までやってきた。デッキと通じる階段の脇にある簡素な扉を開けると、さっそく部屋に入る。
飛行船の船室だけあって、日当たりは抜群に良かった。大きめの窓から陽光がさんさんと降り注いでいる。白を基調とした部屋は清潔感に溢れていて、洒落たホテルの一室のようだ。多少、魔導機関の駆動音が漏れ聞こえてくるが、我慢できる範囲内だろう。嵌め殺しの窓からは勢い良く回転する光の輪――重力軽減の魔法具――が見えた。
「割といい部屋じゃないか」
椅子がなかったのでベッドに腰掛けた。外に広がるロットハイムの街と山並みはすでに彼方へと遠ざかりつつあった。飛行船は徐々に高度を増していき、空の青が濃くなっていく。
「はあ、疲れた……」
疲れが出てきたのか、フィーネは剣を壁に立てかけるやいなやベッドに倒れこんだ。彼女はそのまま布団を抱き枕よろしく抱きかかえると、寝息を立て始める。よほど疲れていたのか、飛行船が揺れても全く起きる気配はない。
マルもまた、ラフな部屋着に着替えるとすぐにベッドにもぐりこんでしまった。二人揃って昼寝をする姿は、容姿こそ似ていないが姉妹のようである。どこで知り合ったかは知らないが、ある種の運命的なものさえ感じた。全くお似合いである。
相手がいなくなり暇になった私は部屋を出た。そして何となく外のデッキへと出る。空の風は冷たく髪の毛を巻き上げてしまうほど強かったが、カラリと乾いていて何とも心地よかった。私は流れる層雲をうつらうつらしながら眺め始める。
「何の用だ?」
不意に背中から感じた気配に、私はそう答えた。後ろにいた女――赤の女王は感心したように瞳を細める。
「暇だったから出てきただけですの。特に他意はありませんわ」
「聞くだけ無駄だろうが、本当に何の用もないんだな?」
「ええ、そもそもあなたは何か勘違いしてますわ。私はあなたの敵ではありませんもの」
「この試験に参加してる時点で、ある種の敵だろうに。しらじらしい」
そう、フィーネだろうがマルだろうが最終的には受験者はみな敵同士だ。ここに残された受験者約百人のうち、合格するのはたった三名。仲間でそろって合格しようなどということは夢物語にしか過ぎないと考えるのが普通だろう。もっとも、フィーネあたりならば仲間全員で合格しようなどと本気で考えているだろうが。あれはある種の例外である。
「あら、わたくしは試験の結果になんて興味ありませんの。興味があるのは、最終試験で使われる古代闘技場だけですわ。そこまで進めさえすれば、あとは勝とうが負けようが関係ありません」
「古代闘技場?」
「ええ、ご存じなくて?」
「いや、知ってはいる」
確かに、その名を聞いたことはあった。毎年ドラゴン・スケアが入団試験の最後で使用する遺跡の名である。ギルド所有の遺跡でその場所は部外者には一切非公開、ギルドのメンバーですら一部を除いて正確な場所は知らされていないという曰くありげな場所だったはずだ。古代の遺産が眠っているだのギルドの闇にまつわる何かが封印されているだのと噂は多々あるが――まさか、赤の女王がそんなものを信じているとは思いがたい。
「そこにある壁画を少し調査したくて。これが今回私が参加してる目的ですの」
「壁画の調査か。なるほど、それなら試験に参加して受験者として行くぐらいしか調査する手段はないな」
「そうでしょう、全く矛盾はないですわ」
私がわざとらしく言うと、赤の女王は底意地の悪い笑みを浮かべた。細められた瞳の奥に邪悪な何かを感じざるを得ない。影ほどではないが、こいつも何かろくでもないことをたくらんでいるのだろう。私の野望に関係してこない限り、赤の女王が世紀の殺戮劇を繰り広げようが国を転覆させようが知ったことではないが。
さっさと帰るか。
嫌な奴と出会いなんとなく気分が悪くなった私は、デッキを降りた。飛行船は一路、死氷山脈へと進んでいく――。




