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第五話 赤の女王

主人公の能力が、今回で一部ですが明らかになります。

「こちらも駄目か。いったいどうなってるのだか……」


 赤みを帯びた半透明の結界が、私の行く末を強固に阻んでいた。少し力を込めて押してみるものの、はじき返されてしまう。これでいったい何度目だろうか……? 行き止まりばかりの大迷宮に、うんざりしながら私は辿ってきた道を戻っていく。

 試験が始まった後すぐに私はフィーネと別れ、単独行動をしていた。かれこれ、別れてから一時間は経つだろうか。だが迷宮の出口は一体どこにあるのか見当すらつかない。即席で作ったものだと高をくくっていたが、正直かなりの難易度だ。

 他の受験者たちも相当に苦しんでいるようだった。即席のチームを作って手分けしているような連中もいるにはいるが、いかんせんこの試験は結局のところ自分以外は敵だ。マッピングを担当している人間が裏切ったりなどと連携はいろいろうまくいかないようである。そこかしこで、もめごとを起こしている受験者たちの姿が見て取れた。

 一方、積極的に戦闘を繰り広げている連中もいる。他の受験者たちの地図なりメモなりを片っ端から奪い取っているやつらだ。たちの悪いことにそういう連中は異様なほどの団結力でもって集団行動をしている。チンピラが群れるのと同じ原理だろうか。


「つぶせ! 地図を奪い取るんだ!」


「てめえらこそ舐めてんじゃねーぞ!!」


 ちょうど、私の耳に怒号が響いてきた。声のする方を目指して角を曲がり、少し広い通りへと出る。すると、数十人は居るであろう受験者たちの集団が向かい合い、互いに武器をつきつけていた。おそらく地図の強奪を繰り返してきたごろつき連中だろう。リーダー格と思しき男たちが口汚くののしりあっている。

 やがて集団のうち一人が相手に切り込んでいき、大乱闘が始まった。魔法が飛び交い、轟音が連続する。私はすぐさま近くの建物に滑り込むと、ドアを閉めた。そして小さな覗き穴から戦闘の様子を確認する。


「こりゃついてる」


 戦いは徐々に殲滅戦の様相を呈してきていた。お互いに手加減など一切なしだ。魔法剣で鎧ごと切られ、吹き飛ばされる者。炎にのまれて身体を焼け焦がせる者。すでに怪我をしていない者の方が少ないぐらいのありさまだ。

 私は注意深くドアを開けると、視線を走らせる。すると、集団の中で二人だけ無傷な者がいた。先ほど叫んでいたリーダー格の男ではない。だがしかし、彼らは何人かの男たちによって丁重に守られている。

 見つけた――!

 私はドアの隙間から飛び出すと、まず二人のうちの一人に向かって一直線に走る。護衛の男を突き飛ばし、その勢いで逃げようとした男を背中から押し倒した。男の胸ポケットに手を入れると、そこには分厚い紙の束。ビンゴ、正解だ。私はすぐに起き上がると、もう一人めがけて走り始める。


「追え、追うんだ!」


「あのアマ! 許さねえ!!」


 硬直から回復した連中は、もはや敵味方関係なく私を追いかけてきた。数十人の受験者たちが、我先にと私めがけて走ってくる。さすがに素人ではないだけあって、その動きは早い。さらに身体強化魔法の使い手もいるようで、追いかけてくる受験者の中でもさらに何人か跳びぬけて速い者がいた。彼らは少しずつ私と距離を詰めてくる。

 そうしているうちに、先を逃げていく男の背中をとらえた。私は手で彼をなぎ倒すと、握っていた紙の束をひったくる。だが、それと同時に私の背中に何かが触れた。


「捕まえた!」


「チッ、逃げきれないか」


「てめえ、覚悟はできてるだろうな?」


 仕方なく立ち止った私の周りにわらわらと集ってくる男たち。全員、見事なまでの三流顔だ。よくまあこの試験を受けようと思ったものである。私は笑いを押し殺しながら、男たちに告げてやる。


「なんでもありの試験なんだ、別にいいだろう? それにお前たちだって、この紙は誰かから奪ったものだろうに」


「んなことはどうだっていいんだよ! さあ、さっさと紙を返しな」


 横柄な態度で手を差し出してくる男。私はその獣のように毛深い腕を払いのける。


「やだね。せっかく手に入れたんだ、返してたまるか」


「てめえ、舐めてんのか?」


「ああ、舐めてる」


 男たちの顔が沸騰した。急激に赤みが増していき、その肩や拳が震えていく。気のせいだろうか、彼らの頭から立ち上る湯気が見えたような気がした。ほんとうに気が短いのはいけない。


「やっちまえエ!!!!」


「うおりゃあア!!」


「とおおおうッ!!」


 一斉に飛びかかってくる男たち。私は翠石ソウルシードを左手に具現化すると、顔の前で合掌するように手を重ね合わせる。連中はお誂え向きにも私の前に集中していた。できれば雑魚は相手したくないのだが……話してもわからんのだから仕方あるまい。せいぜい、一瞬で切ってやろう。


「銀月花、解放リリース!!」


 手のひらの翠石ソウルシードより刀の柄が現れた。それを握りしめると、左手を引きながら一気に抜き放つ。白銀の刃が輝き、世界が変革した。私の感覚が二倍三倍……急加速していく。それに比例するかのように、体は重さを失って軽くなり、静止した世界の中を私は駆けぬけていく。

 振り下ろされる刃の下をすり抜ける。無防備な腹から首を斬り、まずは一人。続いて奥にいた男の肩を裂き、そのまま隣にいた男の首元も斬る。これで三人。さらに武器に手をかけていた男たちの腕を二人まとめて切り、五人――。

 緩慢な世界の中で、斬って斬って斬り倒して。そうしてどれほどの人間を切っただろうか。いつの間にか残りはリーダーたちだけである。彼らはすでに色を失っていて、加速した感覚からするといも虫が這うような速度で逃げ出そうとしている。こんな連中は倒しても意味がない。私は銀月花を翠石ソウルシードの中へと戻す。


「ば、化け物!」


「うわアァ!!」


 感覚が戻ると、男たちは身体が壊れたかのような突拍子もない走り方で逃げ去って行った。逃げ足の早さだけは大したものだ。風さえ追い抜かしそうだ。そうして邪魔者がいなくなった私は、手に入れた地図の束を広げると、さっそくその解析に取り掛かる。だがその時、不意に後ろから異様な気配を感じた。人であって人でないような、そんな気配だ。何となく似ている、初めて会った時のアリスの気配に。


「誰だ!」


「おっと、いきなりそんな怖い顔しないでほしいわ。わたくしはただ、その刀、いえ『その人』といった方が適切でしょうか。それに興味がわいて見てただけですの」


 赤いドレスを着た、舞踏会にでも行くような女。アリスと同様、豊かな紅髪をなびかせるその容姿は女神に引けを取らぬほど整っているが、どこか異質で浮いている。さながら、人形に魂でも与えてしゃべらせたらこんな感じになるだろうか。生理的嫌悪で吐き気がする。しかも、どうやらこいつは銀月花についてわかっているようだ。


「只者ではないな。何が目的だ?」


「あら、本当に興味があってみてただけですのよ? だって退屈なんですもの、この試験」


「ほう、脱出経路を知ってるような口ぶりだな?」


「ええ、すぐにわかりましたわ。地図を見てるだけでは辿りつけない場所でしたけれどもねえ」


 女は扇で口元を押さえ、笑みを浮かべた。彼女はひょいと手を振ると、どこからか傘を取り出して開く。するとゆっくりではあるがその体が浮き始め、赤いハイヒールが地面を離れた。


「赤の女王。そうおぼえて下されば結構ですわ。では、第二試験で」


「待てッ!!」


 翠石ソウルシードから適当なナイフを解放リリースし、飛び去る女めがけて投げつける。しかし、ナイフは女の体に届くことなく半透明の壁によって弾かれた――。


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