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第四話 燃える少女、フィーネ

「すまないねえ、今夜はいっぱいなんだよ」


「ここもか……」


「試験期間中はどこの宿もいっぱいになっちまうのさ。なんせサウスコーネ中の冒険者が集まるんだからね」


「ちッ、予約しておけばよかったな……」


 申し訳なさそうに頭を下げた女将を背に、私は宿屋を出た。もう十軒は回っただろうか。町中の宿屋を片っぱしから回っているが、どこも満室だ。町一番の一流ホテルのスイートから、倒壊しそうなぼろ宿までどこもかしこも冒険者たちでいっぱいである。集まった冒険者たちの数は、どうやらこの町のキャパシティーを超えてしまっていたらしい。

 そうして歩いているうちに、混みあう大通りを抜けて、私はいつのまにか町の外れの方まで来ていた。丘の上に聳えるメルトバッハ城が、手に乗りそうなほど小さく見える。歴史を感じさせる苔むした城壁は、すっかり黄昏に染まり、東の方はすでに夜の闇に落ちている。クォーツフォンの水晶画面をみると、すでに時刻は乙女の半。そろそろ何とかしなければ、今日は野宿となってしまう。

 少し気を急かせながら歩いていると、広場にテントを張っている連中を見つけた。驚いたことに、テントや寝袋の貸し出しをやっている商人までいる。仕方ない、今夜はテントでも借りるか……そう思った矢先。ふと眼をやった路地の奥に、ベッドのマークを掲げた宿屋が見えた。かなり小規模な宿で、看板がついているところ以外は小洒落た民家にしか見えない。

 ここで最後にするか。私はふらりと宿の方へ足を向けた。そして手垢かなにかですっかり金色になってしまっているドアノブに手をかけると、ゆっくりドアを押し開く。ミシっと軋む音がすると、ドアが開いた。場末の酒場のようなうらぶれたラウンジが目の前に広がる。


「部屋は空いてるか?」


「すまない、今夜は満室ですよ」


「そうか、仕方ないな」


「ちょっと待って!」


 女将に頭を下げ、私が宿から出て行こうとしたとき。不意に後ろから声がかかった。振り返ると、ラウンジのテーブルに座っていた少女が私の方を見ている。アーモンド形の青い瞳が特徴的で、闊達な印象の少女だ。肌も処女雪のように白く、相当な美少女といえるだろう。ただ、背中に鉄塊のごとき重厚な剣を背負っているところをみると冒険者だろうか。


「私、いま二人用の部屋にひとりで泊まってるのよ。よかったら一緒に泊まらない? 女将さんも、いいわよね?」


「ええ、お客さまさえよければ構いませんよ。そちらのお客様も、どうです?」


「そういうのなら、断る理由はない。一緒に泊まろう」


「やった! いやね、二人用の部屋に一人で泊まってるものだから代金がちょっと高かったのよ。助かったわ」


 そういうと少女は、カウンターの脇の階段を上がっていった。私は女将から宿の利用や料金について簡単な説明を受けると、彼女のあとに続く。そうしてついた部屋は南向きで割合日当たりが良かった。ちょうども落ち着いていて、わかりにくい場所さえ考えなければなかなかいい宿である。窓の外には先ほどみた広場が見えて、見晴らしも良かった。


「私の名前はフィーネよ。一晩よろしく!」


「私はファースト。まあよろしく頼む」


「ファースト……ちょっと変わった名前ね」


「通り名みたいなものだからな。変わっててもしょうがない」


 正確には通り名などではなく階級の名称だ。七人の子供たち――昔は八人いたが――は序列がつけられており、上から順にファースト、セカンドなどと呼ばれているのである。私はあることがきっかけで第一位のファーストとなったのだが……できればなりたくなかった。

 嫌なことを思い出して、私は少し額に皺を寄せた。すると、フィーネは心配そうな顔をしてこちらを見てくる。


「ごめん、気に触るようなこと言っちゃった?」


「別に、大したことではない」


「そう……なら気にしないでおくわね。それよりファーストは入団試験を受けに来たの?」


 話題を早く変えたいのか、フィーネは努めて笑顔でそういった。私はそれに軽くうなずく。


「ああ。フィーネもそうだろう?」


「よくわかったわね。私、冒険者って言っても信じてもらえないこととかよくあるのに」


「それだけ大きな剣を背負っている人間で、冒険者でない者の方がまれだろう」


「あ、そっか!」


 フィーネは舌を出して笑うと、壁に立てかけてあった剣を手にした。彼女は巻かれているボロを丹念に取りはずすと、その刃をさらけ出す。そしてそれをどこか憂いのある目で見つめた。

 磨き抜かれた刃は蒼く澄んでいた。魔法灯の白い光をてらてらと反射するそれは、見ているだけで心が吸い込まれるようだ。鋼ではない、何か不思議な金属でできている。妖刀というものがこの世にはあるが、これはその剣版とでもいったところだろうか。人を引き込む強い魅力を持った剣だ。おそらく、かなりの名品だろう。


「大した剣だな。相当な業物だろう?」


「父さんの形見なの。嘘かほんとかしらないけど、ドラゴンの牙でできてるんですって」


「ドラゴンの……。その分だと、相当優秀な冒険者だったのだろうな」


「ええ、プロ冒険者にこそならなかったけどみんな父さんのこと凄腕だって言ってたわ。だけど、三年前の冬に村を襲った連中に殺されちゃってね……。私、父さんみたいな冒険者になることが夢なんだ。誰よりも強くて優しい、正義の味方になりたいの!」


 そういったフィーネの眼は、嫌に純粋で強い光に満ちていた。子供のような何も知らないが故の純粋さというわけではない。狂信者のように、何かの思想に完全に染まりきっているが故の不自然な純粋さだ。人の表情を窺うことに長けすぎた私だからわかる、ほんの少しの歪み。晴れやかなはずの彼女の表情に黒い何かを感じた私は、わずかに目をそむけた。


「正義の味方……か。なれるといいな」


「ならなきゃいけないの、そう決めたから」


 その後私たちはともに夕食を食べ、交代で風呂に入った。そうして私が風呂を上がるころには時刻はもう山羊過ぎである。寝るにはまだ少し早い時刻だが、明日は日の出から試験だ。今日はもう寝てしまった方がいいだろう。


「おやすみ!」


「ああ」


 電灯を消すと、私たちはベッドにもぐりこむ。安宿である割に、掛け布団やマットレスは柔らかく心地よかった。私は半分だけ意識を保ったようなおぼろな状態で、明日の試験の内容を思い浮かべる。今回の第一試験は、いくつも気になる点があるのだ。

 まず、場所が指定されていない。受付係から受け取った受験票には、第一試験はロットハイムで行われるとだけ書かれていた。逆に、それ以外の細かい場所については一切何も書かれていない。数万人規模で行われる試験なのだから、どこか大規模な会場などが用意されていてしかるべきなのだが……腑に落ちない。

 第二に、試験時間の始まりがアバウトすぎること。いまどき「日の出から開始」などというのはかなり珍しい。普通ならば~時から開始とかそういった指定がなされるべきだ。いったいなぜこうなのだろうか。何かしら意味があるように思えてならない。

 そう思って眠れずにいると、窓の外から何か物音が聞こえてきた。寝息を立てているフィーネを起こさないように、ゆっくりと布団をどけると、私は窓の外をのぞきこむ。すると、外の闇の中でで何者かが蠢いていた。黒づくめであるためその姿かたちはよくわからないが、手に杖を握っている。彼らは町のあちこちで何か測量のようなことをしている。


「女将……?」


 大きな荷物を背負い、少し背中を曲げた姿は間違いなくこの宿の女将だった。彼女は黒い影に近づいていくと、彼らに誘導されてどこかへ歩き去っていく。私はとっさにかばんを確かめてみるが、盗られたものはない。夜逃げというわけではなさそうだ。他にも、いつかのテントを貸していた商人など町の住人たちが次々とどこかへ消えていく。

 一体町に何が起きているのだろうか。とても気になるのだが、時間が時間だ。枕元の時計を見ると、すでに魚の時を回っている。寝不足で試験に臨むわけにもいかないので、私は後ろ髪をひかれつつもベッドにもぐりこんだ。意識が急速に闇に落ち、夢の世界が見えてくる――。


『みなさーん! おはようございまーす!!』


 やたらやかましい声が響いた。時刻はもう朝のようで、日差しが目にまぶしい。思わず布団からはね起きた私はフィーネの方を見るが、彼女もまた、迷惑そうな顔をしてこちらを見ていた。私たちは声の主を求めて、ほぼ同時に窓の外へ目をやる。すると、窓の外は私たちの想像を遥かに超える状態となっていた。


「ゆ、歪んでる!?」


「空間魔法か……!」


 石畳が歪み、めくれあがって遥か天へと昇り。逆に高くそびえていたはずの塔が途中からねじ曲がって下を目指している。遠くに見えていた山々や城はすべて消え去り、代わりに歪んだ市街地が地平線の果てまで続いていた。円を描く街灯、角が歪んで丸くなってしまった三角屋根。その間を通る路地は、まさに複雑怪奇な大迷宮と化してしまっている。


『今年の入団試験、第一の関門はこのロットハイム市から脱出することです! それでは、始め!』


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