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第三話 赤のドラゴン・スケア

この話からストーリー展開などが変わってきます。

ですが、改訂前に登場していた主要な人物については後々登場する予定です。

 あれから何年が過ぎただろうか。塔の上から見下ろす王都サウスコーネは、私が森へ連れて行かれた日からほとんど変わっていなかった。白亜の王城を中心として円形に広がる城下町は、今時珍しい木と漆喰の建物ばかり。おそらく中世以降ほとんど変化していないのだろう。白漆喰の壁は茶色く変色していて、その中で交差する木は飴色となっている。

 あえて変わったところを言うならば、狭い道を器用に走り抜けるモービルが増えたことぐらいだろうか。私がいたころにはほとんど見かけなかったのに、いま街を見るとちらほらと走っている。もっとも、数百メールにも及ぶ魔天楼が背を競い合っているというライセンの帝都や、共労主義とやらを広めるために町中にテレビジョンがあるというラ・トルスの中央市と比べれば些細な変化だろうが。


「七大国に入り込み、大戦を起こせ。人を殺し、魔力を奪い。幾千万の血と魔力を我に捧げよ――か。くだらない」


 旅立ちを命じられた時、やつが私たち『七人の子供』に告げた言葉を反芻する。まったく、くだらない。あの恐るべき影は膨大な血と魔力を私たち子供に集めさせ、それを使って己の存在を神の領域にまで高めようとしている。しかし、やつが神になったところで何をするだろうか。せいぜい、破壊をまき散らすだけだろう。やつはそういう存在だ。遥か古より人の世を憎み、破壊と殺りくをまき散らす存在でしかない。私はそれをいちばんよく知っている。私の手が罪で穢れてしまったのも、あいつのせいなのだから。

 そっと、左手の甲をさする。私の手と完全に一体化した翠石ソウルシードが暖かく蠢いていた。いまや私の命ともいえるこの石と対をなす、伝説の賢者の石。『死んだ姉さん』が教えてくれたそれと、子供たちがこれから掻き集めるであろう膨大な血と魔力があれば、私ならもっと素晴らしいことができるはずだ。あんな影よりも、もっと壮大にして偉大なことが……!


「姉さん、あなたとの約束は半分だけ守る。残りは、私の夢と復讐のために使わせてもらおう」


 影が私たちに与えた時間は五年。その間に賢者の石を手に入れ、他の子供たちを出し抜いて血と魔力を奪い去る準備をし、私の大きすぎるほど大きい野望を成し遂げねばならない。時間はいくらあっても足りないぐらいだ。急がねばならないだろう。

 手すりに手をかけ、塔から飛び降りる。私の長い旅が、いま始まった――。






 王都よりやや北西に位置する都市、ロットハイム。人口約二十万人のこの町は三大ギルドの一つ、赤のドラゴン・スケアが拠点を構えていることで有名である。ドラゴン・スケアの名が売れるのと比例するようにして発展してきたこの町は、まさにギルド城下町といえるだろう。冒険者向けの安宿や武具工房などが、昔ながらの細い路地にところ狭しと軒を連ねている。ただ、これらの工房や宿を使うのはドラゴン・スケアのメンバーではなく、それに憧れる連中だろう。彼らはたいてい、名のある工房などに武具を特注するのだから。


「大した混みっぷりだな……」


 四階建てほどの建物に挟まれた、やや広めの石畳の通り。丘の斜面に造られた町を上から下まで貫くその通りは、冒険者らしき人々ですっかりあふれかえっていた。一体どこから集まったのだろう、通りの石畳が人に埋もれてあまり見えないほどだ。三大ギルドの入団試験にはサウスコーネ中の冒険者が集まるとは聞いていたが、ここまでとは予想外。数万人、いやもしかしたら十万人以上いるかもしれない。

 三大ギルド。それは、サウスコーネ王国が優れた冒険者やギルドを育成することを目的として始めた制度だ。王国内に百以上も存在するとされる冒険者ギルドの中から特に優れたギルドを三つ選出し、そのギルドや構成員に絶大な特権を与えるのである。三大ギルドにはそれぞれ赤・黄・青のイメージカラーがあり、それぞれ特色があるが、有事の際は王国軍への協力を義務付けられている。

 三大ギルドへ与えられる特権はギルド全体に年間五億ソル、メンバー一人につき年間一千万ソルの補助金に始まり、拠点用の城の無償貸与、王国名義の特別パスポートの発行、構成員に対する機密情報閲覧権限の付与など非常に多岐にわたる。そのため、三大ギルドを選出する武道大会は非常に盛り上がるのだが――ここ数十年入れ代わりがない。ゆえに三大ギルドは固定化されたものとなりつつあった。

 三大ギルドの構成員、通称プロ冒険者は賢者の石を捜すのに非常に都合がよかった。国とかかわりをほとんど持たずに、機密情報の閲覧権限や特別パスポートなどを得ることができる。しかも、試験に受かることさえできれば身分などは全く問われない。私にとって、まさにうってつけの職業だ。


「ずいぶん並んでる……。締め切りまでに間に合うか?」


 ドラゴン・スケアの拠点、メルトバッハ城。その見上げるような城壁の前で冒険者たちが列をなしている。何人いるのだろうか。視力は非常にいいはずなのだが、先頭の人間の顔がはっきりと見えないほど並んでいる。締め切りである獅子の時まであと二時間ほど。私はクォーツフォン――最近普及し始めたらしい、携帯式の情報通信機器――を取り出すと、受験番号などを改めて確認する。

 受験番号A11828番。これで仮の受験申請は完了している。なので、もし締め切りに間に合わなかったとしてもおそらくは大丈夫なのだが、もどかしい。根がせっかちな私は、知らず知らずのうちに足で拍子を取ってしまう。


「よう、姉ちゃん。ルーキーかい?」


 私の様子が気になったのか、後ろの男が話しかけてきた。大柄な男で、女性の平均よりかなり身長が高いはずの私より、さらに頭二つ分ほど背が高い。身体も獣のようにがっしりとしていて、腰にはラ・トルス製と思しき銀色の機械杖マシンツール。なかなかの使い手のようだ。


「ルーキー?」


「試験を受けるのが初めての奴ってことだよ」


「そうだけど、あんたは違うのか?」


「俺はもう十回目のベテランさ。去年はなんとか第二試験まで残ったんだが……そこから先は行ったことがねえ」


 ドラゴン・スケアの入団試験は、全部で三回行われる。第一試験の段階で受験者を一気に百人にまで絞り、第二試験の段階でそれをさらに十人にまで減らす。そして最後の第三試験で、毎年三人前後の合格者を出すのだ。

 なので、男が言った第二試験まで残ったというのはまあ悪くはないだろう。私は素直に感心すると、当たり障りのないことを言っておく。


「そうか。お互いに合格するといいな」


「ああ、ともに頑張ろう!」


 男はそういうと、背中のナップザックから何かを取り出した。金色の紙につつまれている所を見ると、チョコレートか何かだろうか。彼はそれを私の方に差し出してくる。


「これは先輩からの選別だ。食べな、うまいぜ」


「ありがと。ほう、おいしそうだ」


 包み紙を取ると、焦げ茶色の球があった。間違いなくチョコレートだ。私がそれを口に放り込むと、雪のようにさっと解けて甘みが広がる。上品な甘みは奥深く、舌が蕩けるようだ。私がまだエルヴァンス家にいたころ食べていたおやつに匹敵するかもしれない。……少し『混じり物』があるようだが。


「これはおいしい。もう一つあるか?」


「たくさんあるぜ、いくらでも食べな。いとこから土産にもらったんだけどよ、余らせちまってたんだ」


 男は気前よくチョコレートを取り出した。大きな手いっぱいに握られたチョコレートは、十個以上あるだろうか。よほどたくさん持っているようだ。私はそれをうまく手で受け止めると、片手で包み紙をはずしては口に放り込んでいく。

 チョコレートを放り込むたび、男はにんまりといやらしい笑みを浮かべていた。しかし、私が平然と五個目を食べきったあたりから顔色が変わってくる。そして八個目あたりから、だんだんとそわそわし始めた。大きな体がぶるぶると不格好に震えている。顔色も、赤ら顔だったはずが少し蒼くなってきていた。


「すまん、お代わりないか? 金は払おう」


「お、お代わり!? 別に金はいいが、あんた大丈夫なのか?」


「大丈夫って? どうかしたのか?」


 私は目を細めると、意地の悪い顔をしてみた。男の額から少し脂汗がにじむ。


「い、いや……チョコレートは食いすぎると腹に悪いっていうからな」


「それなら大丈夫、すこぶる調子はいいぞ」


「そうかい、なら食べな……」


 そうして、二十個ほどはチョコレートを食べただろうか。男はもはや宇宙人でも見るような顔をして、私を見ている。まったく、くだらないことを考えるからこんなことになるのだ。まあ、人を蹴落としてでも合格してやろうという執念は評価に値するが。


「受験番号A11828さーん! 順番ですよー!」


 やっと番号が呼ばれた。私は首を回して肩をほぐすと、受付台の方へと歩いていく。こうして無事、私は受験の申請をすることができたのであった。後ろの男は、なぜか棄権していたけれど。

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