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剣聖ヴァルカンの幸せな日々 ~愛娘からの尊敬を守るため、父は限界突破します~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ3巻発売中』
第一章

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とんでもない勲章をもらった




 結局その後はどういった話し合いがあったのか、まるで覚えていない。気づけばヴァルカンとエイメリア、そしてリウは作戦室の外へと追い出されていた。


 ドアをくぐった先には、見慣れた顔があった。

 リーベルト伯爵家の嫡子ファーガスだ。赤髪に軍服、眼帯。その左胸にはいくつもの勲章をぶら下げている。ヴァルカンとは子爵と伯爵という爵位の違いこそあれど、学生時代からの気の置けない旧友であった。


 どうやら扉の中に誰がいたかをすでに知っているらしい。ファーガスは悪戯な顔でヴァルカンに視線を向けてきた。


「よ、ヴァルカン。どうだ、驚いたろ……う? ――おい、どうしたヴァルカン? 顔色がひどく悪いぞ?」


 エイメリアがファーガスに敬礼をする。


「申し訳ありません、リーベルト閣下。ヴァルカンはたったいま殿下に隠し子の存在を知られ、叱責されたばかりなのです」


 その隣でヴァルカンが膝から崩れ落ちた。

 地面に膝立ちとなって、口を半開きにしている。目は虚空を見つめ、口の端からはいまにもよだれが垂れそうだ。


「お、おお? 殿下から叱責、それは確かに厳し――……え? ……隠し……子? ヴァルカンに?」

「はい。ちなみに母親はわたしです。わたしの隠し子でもありますので同罪です」

「は?」


 冗談なのか判断がつかずに戸惑うファーガスへと向けて、エイメリアは自らの背後からリウの背を押し出す。


「うー?」

「名はリウと申します。戦争に巻き込まれてしまったせいで、いまは記憶を失っておりまして、言葉すらあまり喋れない状態になっています」

「そうなのか!?」


 ファーガスの隻眼がリウとヴァルカン、そしてエイメリアを行き来した。


「あぁ、なるほどなあ。端正な顔立ちはエイメリアに似ている……ような気がする。女の子かあ。ヴァルカンに似なくてよかったな」

「恐れ入ります」

「十歳といったところか。しかし――」


 眉間に皺を寄せたファーガスが、エイメリアを困ったように見つめる。


「ふぅむ。まあ、美人だから手を出したくなる気持ちはわかる」

「ふふ、ありがとうございます」


 否定はしない。エイメリアは身の丈をよく理解している。そうでなければ騎士団などという男所帯ではやっていけない。自ら線引きしなければ、キリがなかったのだから。


「それでも自身の配下、それも副官に手を出すとはなあ。うらやま――あ、いや。ヴァルカン、おまえ、騎士の風上にも置けんぞ」


 ヴァルカンの肩がびくりと震えた。

 エイメリアがそれを庇う。


「それはもう先ほど殿下から言われましたので。それと、十年前のわたしとヴァルカンは大隊内で同じ階級でしたので、一応ハラスメントは成立しません」

「それはつまり、何の問題もないということか。エイメリアはこいつのどこがよかったのだ? おまえの美貌なら引く手数多だっただろうに」

「どこ……? あ、えっと……」


 朦朧とした意識の中で、ヴァルカンは思う。

 これまですらすらと嘘をついてきていたくせに、なぜそこで詰まるのだ。いくらでもあるだろう、と。


「け、剣の腕です。ヴァルカンったら、これだけはリーベルト閣下と同等でしょう。わたしが何度手合わせを挑んでもまるで勝てなくて、そのうち、えっと、色々ありまして……浅はかにも気の迷いで――」


 浅はかにも。気の迷い。言葉のチョイスがひどい。

 もはやめちゃくちゃであった。


「ああ、まあ。剣の腕だけは確かだな、この男は」

「ええ。だけ、です。ヴァルカンは。人望も頭脳も、常に第一線でご活躍し続けてきた閣下には敵いません」

「はっはっは」


 親友が否定をしてくれない。


「閣下はご存じでしょうか。この人、閣下のように貴族らしい容姿になりたくて髭を生やしたのですが、薄すぎて中途半端な無精髭にしかなっていませんし、せっかく珍しく女性から言い寄られても、もごもご照れているだけなんですよ。笑っちゃいますよね。それに比べたらリーベルト閣下はいつも堂々としていてご立派です」


 ヴァルカンの目に涙が滲んだ。

 わかっている。エイメリアが必死で話題を逸らそうとしていることくらいは。だが、あまりにも。ああ、あまりにも。

 すべて真実であるがゆえに。不甲斐なく。


「なるほどな。わかったぞ。逆にそういうところが放っておけなかった、というわけか」

「え? ……あ、はい」


 滲んだ涙が一筋、頬を伝う。

 リウが真正面からヴァルカンを覗き込み、慰めるかのように頭を撫でた。


「こいつは腕っ節だけで成り上がってきたからなあ。だが実際問題、ヴァルカンの剣がなまくらだったら、俺もいまほどの力は手に入れられなかった。戦争前はしのぎを削り、互いに高め合ったものだ。……おっと、戦女神殿の前では意味のない説法か」

「ご冗談を。残念ながら、お二方と比べればわたしの腕など児戯ですから」


 どうやら話に納得したらしい。

 ファーガスが突然手を伸ばし、ひょいとリウを抱え上げた。


「うー?」

「そうか。ヴァルカンとエイメリアの娘なら、さぞや卓越した剣士になるだろうなあ。――はは、将来有望だぞ、おまえは」


 実のところどちらの血も引いていないことを、ファーガスは知らない。さらには、いまの話に何一つとして真実が含まれていなかったことも。

 リウが自身を指さす。


「リウ。リウ」

「おー、名前な。愛らしい、いい名だ。俺はファーガス。ヴァルカンの友のファーガス・リーベルト伯爵だ。よろしく頼むぞ、リウ」


 リウは両手を伸ばしてファーガスの顔をぺたぺたと触った。


「うー。はあーがす」

「はは、そうだ。ファーガスだ。ヴァルカンと違って賢いな」


 そのときだ。作戦室のドアが開かれた。

 ファーガスが慌てて廊下の端に移動し、リウを下ろして敬礼をする。


「殿下! お疲れ様です!」

「おう。ご苦労さん、リーベルト」


 ルシャードだ。


「あ~? なんだヴァルカン、まだいたのか。ま、ちょうどいいや。父上(国王)からおまえへの預かりもんがある。そもそも俺はこいつを届けるために、ここまでやってきたんだが、おまえのアホ話のせいですっかり忘れちまってたぜ。……あー、どこに入れたっけか」


 ごそごそとジャケットに手を入れて、何かを取り出した。


「あったあった。ほらよ」


 そう言ってルシャードは膝立ちで呆然としているヴァルカンの手を取って指を開かせ、その掌にメダルのついた勲章をひとつ置いた。

 そうして指を畳み、握らせる。


「受け取れ。聖剣大授章だ。これでおまえは名実ともにヴァシスの英雄〝剣聖〟だ。感謝しろよ。父上に推薦したのは俺だぜ」


 白目を剥いているヴァルカンにはまるで反応はないが、ファーガスとエイメリアは驚愕の表情を浮かべた。


「う、お……、ヴァルカンに……聖剣大綬章だと……!?」

「え……。嘘でしょ……!?」


 それでも反応のないヴァルカンの両肩を、ファーガスががしりとつかんで揺する。


「おい、おい! いつまで呆けている、ヴァルカン! おまえ、剣聖位だぞ! とんでもない偉業だ!」

「ちょっと、ヴァルカン! あなた、わかってるんですか!? いつまでぼーっとしているの!」


 ヴァシスにおける剣聖位とは、爵位とは別の特権を持つ。

 貴族や騎士の任として戦時の出兵こそ必須だが、戦場におけるすべての自由が許されているのだ。相手がすべての騎士らを統括する騎士団長や、例え国王であったとしても、その自由を妨げる命を発することはできない。

 要するに、無二と思しき卓越した力と、状況を一任できるだけの国からの信頼。それらふたつを兼ね備えた最強の自由騎士たる証だ。


「んじゃ、確かに渡したぜ。たまには俺にも稽古をつけてくれよな、剣聖ヴァルカン殿」


 それだけを告げると、ルシャードは後ろ手を振りながらこの場から去っていく。

 おそらく王都へと戻るのだろう。すぐさま、どこからともなく護衛の近衛騎士らが現れ、彼を取り囲むようにしてそのまま廊下の角を曲がっていった。


「……」

「……」

「……」


 取り残された大人三名が呆然としている中で、リウだけが聖剣大綬章をヴァルカンの掌からもぎ取る。

 まじまじと見つめて、にっこり。


「きらきらっ! きらきらーっ!」


 両手で高く上げて見つめる。

 だが次の瞬間には、それを高く投げ上げていて。

 ファーガスとエイメリアの喉が同時に「ひゅ」と鳴った。


「あはは、きらきら~っ!」


 受け損なった。

 リウの両手をすり抜けてきた聖剣大綬章は、その頭にコンとあたり――。


「ぅだ」


 ゆっくり地面へと落下していく。


「うおいっ!? それヴァシスの国宝ぉぉ――ッ!!」

「きゃーっ、だめだめだめだめーっ!!」


 この瞬間、意識を取り戻したヴァルカンは大慌てで地面すれすれに飛び、両手で金色に彩られた聖剣大綬章を受け止めたのだった。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

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