とんでもない勲章をもらった
結局その後はどういった話し合いがあったのか、まるで覚えていない。気づけばヴァルカンとエイメリア、そしてリウは作戦室の外へと追い出されていた。
ドアをくぐった先には、見慣れた顔があった。
リーベルト伯爵家の嫡子ファーガスだ。赤髪に軍服、眼帯。その左胸にはいくつもの勲章をぶら下げている。ヴァルカンとは子爵と伯爵という爵位の違いこそあれど、学生時代からの気の置けない旧友であった。
どうやら扉の中に誰がいたかをすでに知っているらしい。ファーガスは悪戯な顔でヴァルカンに視線を向けてきた。
「よ、ヴァルカン。どうだ、驚いたろ……う? ――おい、どうしたヴァルカン? 顔色がひどく悪いぞ?」
エイメリアがファーガスに敬礼をする。
「申し訳ありません、リーベルト閣下。ヴァルカンはたったいま殿下に隠し子の存在を知られ、叱責されたばかりなのです」
その隣でヴァルカンが膝から崩れ落ちた。
地面に膝立ちとなって、口を半開きにしている。目は虚空を見つめ、口の端からはいまにもよだれが垂れそうだ。
「お、おお? 殿下から叱責、それは確かに厳し――……え? ……隠し……子? ヴァルカンに?」
「はい。ちなみに母親はわたしです。わたしの隠し子でもありますので同罪です」
「は?」
冗談なのか判断がつかずに戸惑うファーガスへと向けて、エイメリアは自らの背後からリウの背を押し出す。
「うー?」
「名はリウと申します。戦争に巻き込まれてしまったせいで、いまは記憶を失っておりまして、言葉すらあまり喋れない状態になっています」
「そうなのか!?」
ファーガスの隻眼がリウとヴァルカン、そしてエイメリアを行き来した。
「あぁ、なるほどなあ。端正な顔立ちはエイメリアに似ている……ような気がする。女の子かあ。ヴァルカンに似なくてよかったな」
「恐れ入ります」
「十歳といったところか。しかし――」
眉間に皺を寄せたファーガスが、エイメリアを困ったように見つめる。
「ふぅむ。まあ、美人だから手を出したくなる気持ちはわかる」
「ふふ、ありがとうございます」
否定はしない。エイメリアは身の丈をよく理解している。そうでなければ騎士団などという男所帯ではやっていけない。自ら線引きしなければ、キリがなかったのだから。
「それでも自身の配下、それも副官に手を出すとはなあ。うらやま――あ、いや。ヴァルカン、おまえ、騎士の風上にも置けんぞ」
ヴァルカンの肩がびくりと震えた。
エイメリアがそれを庇う。
「それはもう先ほど殿下から言われましたので。それと、十年前のわたしとヴァルカンは大隊内で同じ階級でしたので、一応ハラスメントは成立しません」
「それはつまり、何の問題もないということか。エイメリアはこいつのどこがよかったのだ? おまえの美貌なら引く手数多だっただろうに」
「どこ……? あ、えっと……」
朦朧とした意識の中で、ヴァルカンは思う。
これまですらすらと嘘をついてきていたくせに、なぜそこで詰まるのだ。いくらでもあるだろう、と。
「け、剣の腕です。ヴァルカンったら、これだけはリーベルト閣下と同等でしょう。わたしが何度手合わせを挑んでもまるで勝てなくて、そのうち、えっと、色々ありまして……浅はかにも気の迷いで――」
浅はかにも。気の迷い。言葉のチョイスがひどい。
もはやめちゃくちゃであった。
「ああ、まあ。剣の腕だけは確かだな、この男は」
「ええ。だけ、です。ヴァルカンは。人望も頭脳も、常に第一線でご活躍し続けてきた閣下には敵いません」
「はっはっは」
親友が否定をしてくれない。
「閣下はご存じでしょうか。この人、閣下のように貴族らしい容姿になりたくて髭を生やしたのですが、薄すぎて中途半端な無精髭にしかなっていませんし、せっかく珍しく女性から言い寄られても、もごもご照れているだけなんですよ。笑っちゃいますよね。それに比べたらリーベルト閣下はいつも堂々としていてご立派です」
ヴァルカンの目に涙が滲んだ。
わかっている。エイメリアが必死で話題を逸らそうとしていることくらいは。だが、あまりにも。ああ、あまりにも。
すべて真実であるがゆえに。不甲斐なく。
「なるほどな。わかったぞ。逆にそういうところが放っておけなかった、というわけか」
「え? ……あ、はい」
滲んだ涙が一筋、頬を伝う。
リウが真正面からヴァルカンを覗き込み、慰めるかのように頭を撫でた。
「こいつは腕っ節だけで成り上がってきたからなあ。だが実際問題、ヴァルカンの剣がなまくらだったら、俺もいまほどの力は手に入れられなかった。戦争前はしのぎを削り、互いに高め合ったものだ。……おっと、戦女神殿の前では意味のない説法か」
「ご冗談を。残念ながら、お二方と比べればわたしの腕など児戯ですから」
どうやら話に納得したらしい。
ファーガスが突然手を伸ばし、ひょいとリウを抱え上げた。
「うー?」
「そうか。ヴァルカンとエイメリアの娘なら、さぞや卓越した剣士になるだろうなあ。――はは、将来有望だぞ、おまえは」
実のところどちらの血も引いていないことを、ファーガスは知らない。さらには、いまの話に何一つとして真実が含まれていなかったことも。
リウが自身を指さす。
「リウ。リウ」
「おー、名前な。愛らしい、いい名だ。俺はファーガス。ヴァルカンの友のファーガス・リーベルト伯爵だ。よろしく頼むぞ、リウ」
リウは両手を伸ばしてファーガスの顔をぺたぺたと触った。
「うー。はあーがす」
「はは、そうだ。ファーガスだ。ヴァルカンと違って賢いな」
そのときだ。作戦室のドアが開かれた。
ファーガスが慌てて廊下の端に移動し、リウを下ろして敬礼をする。
「殿下! お疲れ様です!」
「おう。ご苦労さん、リーベルト」
ルシャードだ。
「あ~? なんだヴァルカン、まだいたのか。ま、ちょうどいいや。父上からおまえへの預かりもんがある。そもそも俺はこいつを届けるために、ここまでやってきたんだが、おまえのアホ話のせいですっかり忘れちまってたぜ。……あー、どこに入れたっけか」
ごそごそとジャケットに手を入れて、何かを取り出した。
「あったあった。ほらよ」
そう言ってルシャードは膝立ちで呆然としているヴァルカンの手を取って指を開かせ、その掌にメダルのついた勲章をひとつ置いた。
そうして指を畳み、握らせる。
「受け取れ。聖剣大授章だ。これでおまえは名実ともにヴァシスの英雄〝剣聖〟だ。感謝しろよ。父上に推薦したのは俺だぜ」
白目を剥いているヴァルカンにはまるで反応はないが、ファーガスとエイメリアは驚愕の表情を浮かべた。
「う、お……、ヴァルカンに……聖剣大綬章だと……!?」
「え……。嘘でしょ……!?」
それでも反応のないヴァルカンの両肩を、ファーガスががしりとつかんで揺する。
「おい、おい! いつまで呆けている、ヴァルカン! おまえ、剣聖位だぞ! とんでもない偉業だ!」
「ちょっと、ヴァルカン! あなた、わかってるんですか!? いつまでぼーっとしているの!」
ヴァシスにおける剣聖位とは、爵位とは別の特権を持つ。
貴族や騎士の任として戦時の出兵こそ必須だが、戦場におけるすべての自由が許されているのだ。相手がすべての騎士らを統括する騎士団長や、例え国王であったとしても、その自由を妨げる命を発することはできない。
要するに、無二と思しき卓越した力と、状況を一任できるだけの国からの信頼。それらふたつを兼ね備えた最強の自由騎士たる証だ。
「んじゃ、確かに渡したぜ。たまには俺にも稽古をつけてくれよな、剣聖ヴァルカン殿」
それだけを告げると、ルシャードは後ろ手を振りながらこの場から去っていく。
おそらく王都へと戻るのだろう。すぐさま、どこからともなく護衛の近衛騎士らが現れ、彼を取り囲むようにしてそのまま廊下の角を曲がっていった。
「……」
「……」
「……」
取り残された大人三名が呆然としている中で、リウだけが聖剣大綬章をヴァルカンの掌からもぎ取る。
まじまじと見つめて、にっこり。
「きらきらっ! きらきらーっ!」
両手で高く上げて見つめる。
だが次の瞬間には、それを高く投げ上げていて。
ファーガスとエイメリアの喉が同時に「ひゅ」と鳴った。
「あはは、きらきら~っ!」
受け損なった。
リウの両手をすり抜けてきた聖剣大綬章は、その頭にコンとあたり――。
「ぅだ」
ゆっくり地面へと落下していく。
「うおいっ!? それヴァシスの国宝ぉぉ――ッ!!」
「きゃーっ、だめだめだめだめーっ!!」
この瞬間、意識を取り戻したヴァルカンは大慌てで地面すれすれに飛び、両手で金色に彩られた聖剣大綬章を受け止めたのだった。
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