ねーわ、そんなもん
信じられない。戦時中だぞ。
安全な王都からわざわざ激戦区まで王太子がのこのこやってくるなど、あってよいものか。物見遊山のつもりか。騎士らが命を削り戦い、民がそれを必死で支える中、王族の責務をなんと心得ているのか。
口や態度こそ未熟ながら、頭の切れる青年だと思っていたのだが、どうやら買い被っていたようだ。
「あなたは――ッ」
怒りが口をついて出る。
「このようなところで、何をしておられるのだ! いまは危険な戦時中ですぞ! それをヴァシスの王太子ともあろう御方が――」
「うるせーうるせー。わかってんよ。全部話すから一旦黙れ」
「あなたは――!」
「命令だ」
ぐっ、と言葉を呑む。
あいかわらず口の悪い。
「ヴァルカン。その様子だとおまえ、さてはまだ気づいていないな」
「何にですか!」
ルシャードがヴァルカンを指さして言った。到底信じられないことをだ。
「戦争なら昨夜のうちに終戦を迎えたぜ。他ならぬ、おまえ自身がその手で終わらせたんだ」
その意味のわからぬ言葉に、ヴァルカンはぽかんと口を開けて呆ける。
「……何を……仰っておられるのですか?」
終わった? 二十年も続いていた戦争が? それも昨夜? 俺の手で?
むしろ昨日の戦局は最悪だ。だから撤退の際に殿を務めていたのだ。
「私は夢中で逃げおおせただけで、何もしておりませぬぞ」
いや、いや。
しかし思い返せば民衆や騎士たちのあの熱狂。
「いいや、おまえは殿ついでにガリアナリスの英雄ロンガースを見事討ち取ったと聞いている。それも、こちらの情報ではなく、あちら側が自ら発した情報でだ」
「ならば奸計の可能性は?」
ルシャードが肩をすくめた。
「そりゃねーな。すでに帝国は戦争条約に従い、ヴァシスだけではなく各国にも敗戦を通達した。この上でまだヴァシスを攻めれば、帝国は条約違反により世界から孤立することになる。やつらはそこまでバカじゃねえ」
「きっかけは?」
「だから、ロンガース公爵の戦死だっつってんだろ」
ライオネル・ロンガース。猛将と噂に高い敵軍の総大将だ。
ロンガース家といえば、ガリアナリス帝国の皇帝の妹が嫁いだことで公爵位を得たとされる、帝国貴族の家名だ。この城塞都市を守護する将が武勇に優れた我が友ファーガスでなくば、とうの昔に陥落させられていても不思議ではない。
実際にファーガスですらロンガースには手を焼かされていた。だからこそその対策の一環として、ヴァルカンは王都を越えてさらに南部に位置する田舎町からわざわざ招聘されたのだから。
「帝国においてロンガース公爵家は帝室に匹敵するほどの権力を持つ戦争強硬派でな。それゆえ反戦を掲げる穏健派は抑え込まれていた。実際に皇帝の妹を娶っちまったことで、穏健派に傾く皇帝ですらもはや手のつけようのない権力を持っていたのさ。そいつが昨夜くたばり、ようやっと皇帝と穏健派が力を取り戻した結果だ」
「しかし私には彼の者を討ち取った記憶などありません。他の者ではないでしょうか」
ルシャードは再度肩をすくめて見せる。
「いや、おまえだ。心臓を一突きだったとよ。こっちは撤退済みだったが、あっちにゃ目撃者が何人もいる。その直後に、戦場に転がってた赤子をすくい上げ、見事に身をくらませたってな」
「リウをすくい上げる直前――あ!」
気づく。馬の首ごと槍で貫いた、趣味の悪い金ぴか鎧のあの大男だ。
たまたまとはいえ、あれがロンガースだったとは。猛将がなんとも呆気ない。
おそらく槍投げで馬首ごと貫かれるのは想定外で、瞬時に対処ができなかったのだろう。単騎で戦場の真っ只中、ましてや馬上にいて自ら槍を投げ捨てるような行為は、ただの自殺行為だ。命中したとて、武器を失えば次の敵に対処できないのだから。
完全に運だ。ああ、何やら申し訳ない討ち取り方をしてしまった。
「どうやら覚えがあったようだな」
「幸運でした」
顛末は語るも憚られる。
「へっ。運も実力のうちだろ、ヴァルカン」
「恐縮です」
「ところで――」
ルシャードの視線が俺の横に立つリウに向けられる。
端正に整った眉が少し歪んだ。
「――赤ん坊と聞いていたんだが、拾ったのはそいつか? ちっとばかしでかすぎるようだが?」
「え……」
まずい。赤ん坊が一晩でこうなったと知られたら、リウは確実に魔導研究所行きにされてしまう。実験動物にしてしまうには、情が湧きすぎた。
「あ、いや、こ、この子は、その、あぁ~……」
「どうした、ヴァルカン先生?」
先生。ルシャードにそう呼ばれたのは十年ぶりだ。
数年前に己の武勇を聞き及んだらしく、彼に剣を教えていた時期がある。本当はファーガスの役割だったらしいが、帝国との戦争が激化したせいでファーガスは城塞都市イェドラを守護する役目から抜けられなかったからだ。
要するにルシャードの家庭教師はファーガスからの推薦だ。自身に匹敵する剣を扱う貴族がいる、とでも言ったのだろう。
「何だよ、ずいぶんと言いづらそうじゃねえか」
「そ、それは……あ、あー……ご、ご内密にしていただきたいのですが、その~……」
だめだ。ろくな言い訳が思い浮かばない。というか無理がある。
せいぜい言えたとしても――。
「早く言え。命令だ」
「隠し子! そう、隠し子です! 私の! ……私の?」
やってしまった。言ってしまった。
でも他にどう言えというのか。親戚などと宣ったところですぐに調べはつく。
「だから、言い出しづらかっただけで、あ、赤ん坊に関しましては、その、敵軍の騎士の子だったようなので、ええっと、親元に無事に……」
「あ?」
黄金の瞳が鋭くヴァルカンを射貫く。
しばし沈黙が訪れた。
ヴァルカンの心臓が緊張で高鳴っていく。
「てめえは終戦を知らなかったのに、敵騎士の子を捕虜にもせず返したってことか?」
「う……」
己は何を口走ってしまったのだ。リウに関してもさることながら、敵軍の子をそのまま返しただなどと、モラルはあっても反逆行為と判断されたとて仕方がない。
冷や汗が伝った。だが。
ルシャードはガシガシと後頭部を掻いてつぶやいた。
「まあいいさ。赤ん坊の顛末に関しちゃ、てめえのバカ正直に免じてここだけの話にしといてやる。終戦を迎えたことに感謝しとけよ」
「きょ、恐縮です」
ふぃぃぃ……。ガリアナリス帝国の穏健派の動きが早くて助かったかもしれん……。
安堵したことで、つい余計なことを口走ってしまう。
「しかし殿下にもあったんですね、人の心」
「あ? 勘違いすんな。ねーわ、そんなもん。ただの政治的判断だ。帝国の英雄を討ち取った野郎を軍法会議にかけて戦犯で処刑するよか、生かして英雄として祭り上げといた方がヴァシス王国にとって都合がいいからな」
粗暴のようでいて、やはり頭はいい。
末恐ろしい。
「ううん……恐縮ですぅ……」
一拍を置いて、ルシャードがニヤけた。
「くくく、冗談だぞ。ヴァルカン先生。俺とおまえの仲じゃねえか」
「お人が悪いぃ……」
もはや生きた心地がしなかった。
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