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剣聖ヴァルカンの幸せな日々 ~愛娘からの尊敬を守るため、父は限界突破します~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ3巻発売中』
最終章

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娘は見ている




 いつの間にか日が暮れ、夕刻になっていた。

 森を出てトルキア村の灯りを目指す。地面には無数の魔獣の死骸が転がっていた。村に近づくほどに、その数はどんどん増えていく。


「かなり苦戦したようだな。みんな無事だといいが」

「……」


 リウは何もこたえない。

 村と森の境目に築かれた騎士団の防衛陣、木製の柵や騎士団の駐屯地は、もはや跡形もなかった。その代わりに並べられたと思しき戦車も、大半が半壊している。魔獣の死骸は折り重なり、至る所に傷があった。


 矢を雨のように降らせたらしく、死骸と地面のそこら中に突き刺さっていた。それだけではない。大地は焦げ付き、不自然に掘り返されたような跡もある。狩人(ハンター)の魔術かエイメリアの精霊魔法だろう。

 見張りらしき騎士がこちらの姿を見つけたのだろう。慌てて駆け寄ってきた。


「アンダーウッド閣下! ご無事でしたか!」

「ああ、問題ない」


 本当は問題だらけだ。リウはあれ以来口を利かないし、自身の疲労も限界に近い。

 騎士は一瞬だけリウに視線を向けて不思議そうな表情をしたが、それ以上は何も尋ねてはこなかった。


「帰還早々お疲れのところ申し訳ありませんが、トルキア村中央広場にてリーベルト団長がお待ちです」

「わかった。これから向かう」


 小さなため息をついてリウの手を引く。リウは促されるままについてくる。まるで意思のない人形のようだ。

 ヴァルカンはそれがたまらなく悲しかった。

 強く手を握れば壊れてしまいそうで、けれども放せばどこかに消えてしまう。そのままいなくなってしまいそうで。怖い。


 村の中央広場に辿り着くと、騎士や武装した村人、数十名が集まっていた。

 どうやらファーガスは村人にも弓を与えることを選んだようだ。そうでなければあの大群の襲来は到底防げなかっただろう。

 それをとやかく言うつもりはない。


「ヴァルカン!」


 気の晴れぬままファーガスを捜していると、向こうから声をかけられた。


「やはり無事であったか!」

「ああ、そっちもな……」


 無事なのは肉体だけだ。家族としての形は壊れてしまった。

 精神はもうズタボロだ。


「怪我をしたのか?」

「ああ、肩を浅く斬られただけだ。大したことはないよ」


 だがそのようなことをここで言うわけにもいかない。ましてやいまのリウの前でなど。


「なんだ、表情が暗いな。報告をしてもらいたいところだが、無事に戻れたならば早くエイメリアに顔を見せてこい。彼女、森へおまえたちを捜しに行く準備をしていたぞ。早く止めに行け。俺では何を言ったところで止まらん」


 ああ、そうだ。リウだけではない。エイメリアもきていたのだった。

 ヴァルカンは疲れた顔でため息をつく。


「オルガドで待ってろと言ったのに」

「そう言ってやるな。おまえのことが心配で仕方がなかったんだ。それに、エイメリアの精霊魔法がなければ、トルキア村の損害はこの程度ではなかった。ブランクがあるとは到底思えんほど、すさまじい活躍だったのだぞ。――ああ、いや。そのようなことよりすれ違いになったら大変だ。彼女は宿酒場にいる。急げ」


 一難去ってまた一難か。こちらはそれどころではないというのに。

 くい、と手が引かれた。

 先ほどまでうつむいていたリウが、早く行こうと促している――ように思えた。


「わかった。行ってくるよ」

「ああ、無事を伝えたらすぐに戻って報告をしてくれよ」

「わかってる」

「俺はしばらくここにいる。おまえが戻ってくるまで待ってるからな。早くこいよ。現状がわからねば先の手が打てん」


 人の気も知らずに次から次へと。

 そんなことを考えながら、ヴァルカンは人混みから離れていく。

 ふと気づくと、リウがヴァルカンの顔を見上げていた。けれどもヴァルカンの視線に気づくと、すぐにまたうつむいてしまう。

 なかなかうまくはいかんものだ。

 そんなことを考えながら、ヴァルカンはリウの手を引いて早足で宿酒場へと向かった。


 荒れた村内を歩いている間も、リウは一言も言葉を発さなかった。ただ騎士や村人らが慌ただしく走り回っているのを、うつろな瞳で眺めていた。


 ドアを開いて宿酒場へと入る。

 以前も立ち寄った宿酒場の食堂が、いまは怪我をした村人や騎士らであふれかえっていた。当然ベッドがあるわけではない。食堂の椅子やテーブルをどかせて毛布を敷き、傷病人を並べて寝かせているだけだ。


「ひどいな……」


 まるで野戦病院。散々な有様だ。

 あれほどの群れの襲来があったのだから、騎士も民も無傷というわけにはいかなかったのだろう。民もまた協力し、武器を手に取って戦うしかなかった。

 それでも、雰囲気は悪くはない。みな治療を受けながらも雑談に興じている。特に村を守り切った若輩騎士たちの顔は自信に満ち、明るい。

 彼らはきっと、優れた騎士になるだろう。


「お。見ろ、みんな! アンダーウッド閣下のご帰還だ!」

「どうでしたか、閣下?」

「隣の子、かわいいっすね! 閣下のお子さんっすか!?」

「まだ戦いは続きそうですか?」


 入った瞬間に質問攻めだ。


「や、その、今回の魔獣の襲来は一旦止んだものと思っていい。詳しくはあとでファーガスに報告しておくから、そっちから聞いてくれ」


 数秒の沈黙ののち、店内が湧いた。

 けが人までもが立ち上がり、一気に詰め寄せてくる。


「ってことは、やったんですね!」

「さすが〝剣聖〟様だ!」

「ああ、クソ、俺も閣下に同行したかったぁ……」

「よせよせ、おまえなんていたら足手まといだよ!」

「なんだとッ!?」

「わははっ」


 少し前に訪れたときと同じ、太った店主が騎士たちを掻き分けて駆けてくる。

 轢かれそうで思わずリウを庇う体勢を取ったヴァルカンだったが、太った店主は興奮したような顔で、ぶつかる寸前で立ち止まっていた。


「あ、あ、あ、あんたがアンダーウッド閣下だったのか!? なんで以前きたときに教えてくれなかったんだ!? お人が悪い! お、俺――いや、ワタクシ、以前からあんたのファンでもう――」


 ものすごい形相だ。

 こうなるから言いたくなかったんだ。


「わ、わかったわかった。わかったから。それより、ありがとう」

「へ?」


 怪訝な顔をしている。


「以前は物資をもらいながら礼も伝えられなかった」


 太った店主の目が潤んだ。頬が赤らんでいく。


「そんなもん、あんたのためならこんな店売り払ってでも用意しますよ!」

「それは勘弁してくれ。いくら何でも重すぎる」


 責任取れないし、さすがに迷惑だ。


「重くなんてねえんですよ! そもそもあんたがあの日戦争を止めてくれなかったら、こうして商売なんでできなかったんだから! 身の程知らずの志願兵だった俺ぁ、帝国にとっ捕まって捕虜にされてたんだ! それがあんたのおかげで解放された……!」


 捕虜の解放。ヴァシス王国がガリアナリス帝国に発したリディリア条約だ。二国の間に広がる緩衝地帯、リディリア平原の名を取って不戦条約とした。細かな条項はルシャード殿下が決められたらしい。

 店主はヴァルカンの手を両手で包み込むように取って、頭を垂れて涙を流している。


「ありがとう……ありがとう……」

「そうだったのか。それはよかった。うん。本当によかった」


 ヴァルカンは空いた手を店主の背に回して、軽く叩いた。

 わっと、周囲が湧く。

 少々面映ゆい気分だ。


 ふと気づくと、リウがヴァルカンを見上げていた。けれどヴァルカンが視線を向けると、やはり隠すようにまたうつむいてしまった。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。


明日の二話更新で完結です。

ここまでのお付き合い、ありがとうございました。

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