娘は見ている
いつの間にか日が暮れ、夕刻になっていた。
森を出てトルキア村の灯りを目指す。地面には無数の魔獣の死骸が転がっていた。村に近づくほどに、その数はどんどん増えていく。
「かなり苦戦したようだな。みんな無事だといいが」
「……」
リウは何もこたえない。
村と森の境目に築かれた騎士団の防衛陣、木製の柵や騎士団の駐屯地は、もはや跡形もなかった。その代わりに並べられたと思しき戦車も、大半が半壊している。魔獣の死骸は折り重なり、至る所に傷があった。
矢を雨のように降らせたらしく、死骸と地面のそこら中に突き刺さっていた。それだけではない。大地は焦げ付き、不自然に掘り返されたような跡もある。狩人の魔術かエイメリアの精霊魔法だろう。
見張りらしき騎士がこちらの姿を見つけたのだろう。慌てて駆け寄ってきた。
「アンダーウッド閣下! ご無事でしたか!」
「ああ、問題ない」
本当は問題だらけだ。リウはあれ以来口を利かないし、自身の疲労も限界に近い。
騎士は一瞬だけリウに視線を向けて不思議そうな表情をしたが、それ以上は何も尋ねてはこなかった。
「帰還早々お疲れのところ申し訳ありませんが、トルキア村中央広場にてリーベルト団長がお待ちです」
「わかった。これから向かう」
小さなため息をついてリウの手を引く。リウは促されるままについてくる。まるで意思のない人形のようだ。
ヴァルカンはそれがたまらなく悲しかった。
強く手を握れば壊れてしまいそうで、けれども放せばどこかに消えてしまう。そのままいなくなってしまいそうで。怖い。
村の中央広場に辿り着くと、騎士や武装した村人、数十名が集まっていた。
どうやらファーガスは村人にも弓を与えることを選んだようだ。そうでなければあの大群の襲来は到底防げなかっただろう。
それをとやかく言うつもりはない。
「ヴァルカン!」
気の晴れぬままファーガスを捜していると、向こうから声をかけられた。
「やはり無事であったか!」
「ああ、そっちもな……」
無事なのは肉体だけだ。家族としての形は壊れてしまった。
精神はもうズタボロだ。
「怪我をしたのか?」
「ああ、肩を浅く斬られただけだ。大したことはないよ」
だがそのようなことをここで言うわけにもいかない。ましてやいまのリウの前でなど。
「なんだ、表情が暗いな。報告をしてもらいたいところだが、無事に戻れたならば早くエイメリアに顔を見せてこい。彼女、森へおまえたちを捜しに行く準備をしていたぞ。早く止めに行け。俺では何を言ったところで止まらん」
ああ、そうだ。リウだけではない。エイメリアもきていたのだった。
ヴァルカンは疲れた顔でため息をつく。
「オルガドで待ってろと言ったのに」
「そう言ってやるな。おまえのことが心配で仕方がなかったんだ。それに、エイメリアの精霊魔法がなければ、トルキア村の損害はこの程度ではなかった。ブランクがあるとは到底思えんほど、すさまじい活躍だったのだぞ。――ああ、いや。そのようなことよりすれ違いになったら大変だ。彼女は宿酒場にいる。急げ」
一難去ってまた一難か。こちらはそれどころではないというのに。
くい、と手が引かれた。
先ほどまでうつむいていたリウが、早く行こうと促している――ように思えた。
「わかった。行ってくるよ」
「ああ、無事を伝えたらすぐに戻って報告をしてくれよ」
「わかってる」
「俺はしばらくここにいる。おまえが戻ってくるまで待ってるからな。早くこいよ。現状がわからねば先の手が打てん」
人の気も知らずに次から次へと。
そんなことを考えながら、ヴァルカンは人混みから離れていく。
ふと気づくと、リウがヴァルカンの顔を見上げていた。けれどもヴァルカンの視線に気づくと、すぐにまたうつむいてしまう。
なかなかうまくはいかんものだ。
そんなことを考えながら、ヴァルカンはリウの手を引いて早足で宿酒場へと向かった。
荒れた村内を歩いている間も、リウは一言も言葉を発さなかった。ただ騎士や村人らが慌ただしく走り回っているのを、うつろな瞳で眺めていた。
ドアを開いて宿酒場へと入る。
以前も立ち寄った宿酒場の食堂が、いまは怪我をした村人や騎士らであふれかえっていた。当然ベッドがあるわけではない。食堂の椅子やテーブルをどかせて毛布を敷き、傷病人を並べて寝かせているだけだ。
「ひどいな……」
まるで野戦病院。散々な有様だ。
あれほどの群れの襲来があったのだから、騎士も民も無傷というわけにはいかなかったのだろう。民もまた協力し、武器を手に取って戦うしかなかった。
それでも、雰囲気は悪くはない。みな治療を受けながらも雑談に興じている。特に村を守り切った若輩騎士たちの顔は自信に満ち、明るい。
彼らはきっと、優れた騎士になるだろう。
「お。見ろ、みんな! アンダーウッド閣下のご帰還だ!」
「どうでしたか、閣下?」
「隣の子、かわいいっすね! 閣下のお子さんっすか!?」
「まだ戦いは続きそうですか?」
入った瞬間に質問攻めだ。
「や、その、今回の魔獣の襲来は一旦止んだものと思っていい。詳しくはあとでファーガスに報告しておくから、そっちから聞いてくれ」
数秒の沈黙ののち、店内が湧いた。
けが人までもが立ち上がり、一気に詰め寄せてくる。
「ってことは、やったんですね!」
「さすが〝剣聖〟様だ!」
「ああ、クソ、俺も閣下に同行したかったぁ……」
「よせよせ、おまえなんていたら足手まといだよ!」
「なんだとッ!?」
「わははっ」
少し前に訪れたときと同じ、太った店主が騎士たちを掻き分けて駆けてくる。
轢かれそうで思わずリウを庇う体勢を取ったヴァルカンだったが、太った店主は興奮したような顔で、ぶつかる寸前で立ち止まっていた。
「あ、あ、あ、あんたがアンダーウッド閣下だったのか!? なんで以前きたときに教えてくれなかったんだ!? お人が悪い! お、俺――いや、ワタクシ、以前からあんたのファンでもう――」
ものすごい形相だ。
こうなるから言いたくなかったんだ。
「わ、わかったわかった。わかったから。それより、ありがとう」
「へ?」
怪訝な顔をしている。
「以前は物資をもらいながら礼も伝えられなかった」
太った店主の目が潤んだ。頬が赤らんでいく。
「そんなもん、あんたのためならこんな店売り払ってでも用意しますよ!」
「それは勘弁してくれ。いくら何でも重すぎる」
責任取れないし、さすがに迷惑だ。
「重くなんてねえんですよ! そもそもあんたがあの日戦争を止めてくれなかったら、こうして商売なんでできなかったんだから! 身の程知らずの志願兵だった俺ぁ、帝国にとっ捕まって捕虜にされてたんだ! それがあんたのおかげで解放された……!」
捕虜の解放。ヴァシス王国がガリアナリス帝国に発したリディリア条約だ。二国の間に広がる緩衝地帯、リディリア平原の名を取って不戦条約とした。細かな条項はルシャード殿下が決められたらしい。
店主はヴァルカンの手を両手で包み込むように取って、頭を垂れて涙を流している。
「ありがとう……ありがとう……」
「そうだったのか。それはよかった。うん。本当によかった」
ヴァルカンは空いた手を店主の背に回して、軽く叩いた。
わっと、周囲が湧く。
少々面映ゆい気分だ。
ふと気づくと、リウがヴァルカンを見上げていた。けれどヴァルカンが視線を向けると、やはり隠すようにまたうつむいてしまった。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
明日の二話更新で完結です。
ここまでのお付き合い、ありがとうございました。




