騎士道
ナイフを弾き返し、もう片方のそれを身を屈めて躱しながら、ロサーダの腹を蹴って離す。
効いていない。ロサーダは腹に付着した森の土を手で払っている。
「そのイクスとかいう機関がなんだ?」
「とある人種の総称とでも思ってくれていい。正しくはイクス・ヒューマン。ヒト種を超越した者、だ」
ヴァルカンは眉をしかめた。
「はあ?」
「帝国の物好きな魔導学者が造った、半人工人間だ。ああ、人工といっても何もないところから人間が湧いてでるわけじゃあないぜ。赤ん坊の魔導経絡を弄くって何らかの才能を開花、もしくは強化され、そこにさらに特殊な教育を施された人間だ」
ナイフが首筋に迫り、切っ先が皮一枚を掠めた。
「~~ッ、才能!?」
反撃に振るった剣は、しかし切っ先すら触れない。ロサーダはニヤけながら身を傾けて躱し、さらにナイフを振るう。
鋭さがさらに増している。先ほどまでとはまるで別人だ。
これは……リウよりも……!
「たとえば剣術に長けた者」
剣でそれを防ぎ、もう片方のナイフを躱す――が、屈んだところを蹴り上げられた。
「――ぐッ」
辛うじて急所は避けたが、吹っ飛ばされ体勢を崩す。
距離ができた瞬間に、ヴァルカンは顎に伝う汗を袖で拭った。そうして視線を戻し、戦慄する。
「……ッ」
ロサーダはヴァルカンの頭部へと向けて、掌を広げていた。魔術師が魔術を放つ寸前のように。
避け――!
「たとえば魔術師……ではなく、魔法使いだな」
慌てて飛び退く――が、魔術は放たれない。
当然、魔法もだ。
ブラフか――!
両者の違いは詠唱や術式だ。魔術にはそれらが必須である。
だが魔法は生来のものだ。才能がなければ発動させられない。そして術式も詠唱も必要とはしない。
手足を動かす感覚に似ていると、いつかのエイメリアは語った。
「何を――」
「たとえば人心掌握に長けた者。そうさな、あるいは人外とすら心を通わせることのできる者……とかな」
「――!」
なるほど。理解する。
ロサーダもまたイクス――すなわち人を超えた超越者である、ということか。
魔獣使い自体は珍しくはあっても、確かに存在する。犬と似た性質を持つダンブニルなどを手名付け、扱う兵士は何度も見てきた。
だが、ロサーダはそれらとは一線を画する。
魔猿グラズヘイガのような大型魔獣を従えた魔獣使いなど、少なくともヴァルカンは他に知らない。
不可能なのだ。ただの人間には。超越者でもなければ。
ロサーダが腰に手を当て、半笑いを浮かべた。
「まあ、他にも色々だ。戦闘向けでないやつもいる。作戦立案から商売、政治なんかもそうだ。俺たちは一芸に特化した強化人間だと思ってくれていい」
超越者。
「その帝国の秘密機関が、なぜ帝国を敵視しているんだ?」
ロサーダがきょとんと目を丸くした。そうして苦笑する。
「誰だって実験動物にゃなりたくねえだろ。俺たちはただ自由が欲しい。それだけだ。だから帝国に反旗を翻して逃げ出したのさ」
それがイクス。帝国と王国の争いを裏から操る第三勢力か。
「イクスの規模は?」
「言うわけねえだろ。俺に勝って吐かせてみろ」
概ね。聞き出すべきことは聞いた。
同情心は多少なりとも湧いた。だが、だからといって村ひとつを犠牲に戦争再開など、到底許せる所業ではない。
「イクスは両国を開戦させるため、トルキアの人命を利用しようとしたのだな」
トルキア村を魔獣に襲わせ、帝国の工作ということにしようとした。
「ああ。まだ戦争を終わらせてもらっちゃ困るんでね。まあ、一度はあんたが終わらせちまったがね」
嫌になる。心底嫌になる。なぜ己のために他者の命を利用するのか。戦争とは人質の奪い合いだ。敵国の人命をより多く危険にさらした方が勝利する。それまで普通に生きてきた人を、熱の渦に巻き込み殺人者へと変えてしまう。
そんな時代を再び迎えようとしているなら――。
ため息をついて、ヴァルカンは剣の切っ先をロサーダへと向ける。
「もう話すことはない。そろそろ本気で捕らえさせてもらう」
「そっちにゃなくてもこっちにゃまだあるぜ」
聞く耳を持つ必要はない。
ヴァルカンは地を蹴る。それはこれまでのどの動きよりも速い。軽量武器であるナイフを持つロサーダよりも、ずっと。
ロサーダが息を呑むのがわかった。
「ぎ……っ!?」
両者の顔が刃越しに近づく。
二振りのナイフをクロスしてヴァルカンの一撃を受け止めたロサーダが、額から冷や汗を垂れ流しながら口を開いた。
「チッ、馬鹿力が……ッ! 焦るなよ……ッ、まだ話は終わっちゃいない……ッ」
「そうか。ならば残りは尋問でゆっくりと聞き出すさ」
舌打ちをしたロサーダが唐突に力を抜いた。勢い余ったヴァルカンが前のめりになる。そのときにはもう側方に回り込まれていて。
「舐めるなよ、人間ッ!!」
「……」
ナイフが風を切る。幾重にも、連続して。
ヴァルカンの剣がそれを迎え撃つ。火花と轟音が重なり爆ぜた。
ヴァルカンの頬が深く裂ける。本来であれば頸部を狙った斬撃だったが、辛うじてずらせた。だが直後、右の肩口へとナイフが突き刺さる。
「~~ッ」
激痛が走った。
勝利を確信した顔でロサーダはナイフを引き抜き、同時にもう片方のナイフでこめかみを狙う。
誰に目にもあきらか。決まる。
だが、ロサーダは知らない。
ヒトを知り、イクスを知り、魔獣を知る青年は、騎士という生き物を理解していなかった。
「終わりだ、ヴァルカン!」
その男には死よりも恐ろしいものがある。未来を失うことだ。それは己の未来ではない。リウがこの先、生きていく、この国そのものの未来だ。
それに比して自身の命など、なんと軽いことか。
ゆえに、騎士たる者は躊躇いなく踏み込むのだ。団を辞してなお、男の精神から未だ騎士道は消えず。
腕などくれてやる。
最初からそのつもりで刺させたのだから。
ヴァルカンが口角を上げた。直後、咆吼にも似た裂帛の気合いが空間をびりびりと迸る。
「おお――ッ!」
「――ッ!?」
互いに切っ先が迫ったとき、退いたのは野生の魔獣に近しい性質のロサーダだった。
理解できなかったのだ。目の前の男を。
このままナイフを頸部に振り切っても、相打つだけだ。ともに死ぬ。
ゆえに、青年は恐怖した。自身の生命を惜しんだ。だからこそ退いた。だからこそ理解した。
眼前の男は完全に狂っている、と。
ロサーダはとっさに後退する。
「く……!」
だが、追いつく。
ヴァルカンは同じ歩幅分だけをさらに踏み込んでいく。
両者の視線が交叉した。
一方は強い意思を燃やし、もう一方は怯えを映す視線だ。
「――っ!?」
ロサーダの背が樹木の幹にあたった。そうしてようやく気づく。
目の前のこの男に、誘い込まれたのだと。自身が先ほど取った作戦を、そっくりそのまま返されてしまった。
「ああ、ちくしょうめ……」
ヴァルカンの剣は息を呑んだロサーダの右の肩口へと突き刺さり、その勢いのまま樹木の幹へと縫い止める。
その手から、ナイフが落ちる。
もう片方の手の中のナイフも、ヴァルカンが蹴って飛ばす。
勝負は決した。
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