高度な戦術
本日は朝と夜の二話更新です。
走馬灯を見ているのだろうか。
顔の見えない後ろ姿でだってわかる。リウだ。ここにいるはずなどないのに。
「うぅぅぅ!」
ぼんやりとした視界の中で戦っている。次々と襲いかかってくるダンブニルを相手に、与えたショートソードを振るって。
だが、例によってダンブニルには致命傷を与えにくい。倒せたのはヴァルカンの腕を噛んでいた一体のみ。仕留めるため、動きを止めていたから眼球を狙えただけだ。
ダンブニルは容赦なくリウへと飛びかかる。
――ガアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!
「~~っ」
リウはそれを躱していく。噛みつきを屈んでやり過ごし、地を這うような突進は飛び上がって躱し、スカートを踊らせながら回転して剣で受け流す。
この場で動いていないのはヴァルカンと、そしてロサーダを名乗る男だけだ。呼吸を深め、脳に酸素を送り込む。夢現の狭間を彷徨っていたヴァルカンは、徐々に意識を取り戻し始める。
「リウ……?」
「うーーーっ! あっち行って!」
リウがショートソードに噛みついたダンブニルを靴裏で蹴って剥がした。ひっくり返った瞬間、リウは地を蹴ってダンブニルの頸部を斬った。
「やああ!」
けれども硬い鱗に阻まれて、致命傷にはならない。ダンブニルはすぐさま起き上がり距離を取る。
別のダンブニルがヴァルカンに襲いかかる。
すぐさま身を入れたリウが、その頭部へとショートソードの刃を叩き落とした。
「お父さんから離れろーっ!」
だが、ダンブニルが地面を舐めたのは一瞬、その個体もまた飛び起き、距離を取る。
だめだ。腕は立つが、そもそもリウの力ではダンブニルの鱗を貫けない。
ロサーダは戸惑っているように見える。この意外な闖入者にだ。だから動いていない。それでもダンブニルに攻撃を止めさせるような命令は下さない。
殺される。俺の娘が。
瞬間、胸にマグマのように熱いものが渦巻いた。
揺れていた視界が定まる。身体が目覚め、思考が動き出す。なぜこんなところに、どうでもいい、疑問はすべて後回しだ。
いますべきことは。
「待ってろ、リウ」
「お父さ――」
ヴァルカンは胸いっぱいに息を吸う。酸素を得た胸の中の炎がさらに勢いを増す。
知らぬうちについていた片膝を伸ばし、立ち上がった。瞬間、ロサーダの視線がこちらに向けられる。
リウの側方から襲いきたダンブニルの腹を――。
――ガアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!
「んがらっしゃああぁぁぁぁッ!!」
娘にはッ、ええ格好をッ、見せたいッ!
否ッ! 魅せつけたいッ!!
ヴァルカンは渾身の力を込め、クレイモアで高く高く弾き上げた。
ひどくくぐもったような、鈍い音がした。鱗を砕かれながら肉体を折り畳まれるように弾き上げられたダンブニルは、中空で大量の血を撒き散らしながら遙か高所の大樹の枝にぶつかり、地面に落ちる。
内臓と血液を口から吐き、内圧に耐えかねたかのように八つの目を飛び出させたダンブニルは、すでに息絶えていた。
リウが息を呑む。
「お、お父さん……す……っごい……」
「うわっ、気持ち悪っ!?」
だがその一撃を放った本人は、死んだダンブニルの姿に若干引いていた。
それと同時に驚いてもいた。
まさか自分にここまでの力があったとは。戦時中ですらここまでの膂力を出せたことはない。リウの才能に引っ張られ、自身もまた少し強くなっているのだろうか。
「……」
これならまだ、リウの父で、いられる!
俺は、強い!
ロサーダが小さく吐き捨てた。
「く、もう少しのところで邪魔が入ったか――!」
さすがに。
この勢いで殺された仲間に、ダンブニルの群れもまた警戒する。ヴァルカンという人間を、獲物から格上の対象へと上げたようだ。
慎重に距離を測り、ロサーダの命令を待っているように見える。
「なんだよ、その娘は。バケモンかよ」
ヴァルカンがくわっと目を見開いた。
「ぬぁんだと!? 失礼なことを言うんじゃない! 俺の自慢の娘だ! かわいいだろうがッ! ぶっ殺すぞこのクソ野郎がッ!」
「ちょ、お父さん!? 恥ずかしいから外ではやめてってば!」
この期に及んで発動する親馬鹿だった。
あまりに形相に、今度はロサーダが若干引く。
「お、おお。そう、だな。見かけは、な」
「だろう? かわいいだろう? ……あ? かわいい、だと? ふざけるなッ、貴様のような馬の骨に娘はやらんッ!!」
ヴァルカンは再びクレイモアを正眼に構えた。
対するロサーダは戸惑ったように頭を掻く。
「まだ始まってもねえのに振られた気分だ」
「ふはは、ざまぁみるがいい」
ほんの少し笑った直後、ヴァルカンの形相が反転した。
「――ふざけるなッ!! この先何度生まれ変わろうとも貴様ごときとは生涯始まらんと知れこの身の程知らずの悪い虫ケラ風情がッ! くたばるがいいわッ馬の骨かそれ以下野郎!」
「や、やややめてよ、お父さん!?」
「めちゃくちゃ言うな……」
精神が充実している。先ほどまでとは違って、もう負ける気がしない。先ほどまで脅威だったダンブニルですら、いまはただの野犬にすら見える。
呼吸を深く吸う。限界まで。
そうして、ゆっくりと吐き出しながら左足を前に。右足を少し引いて身を屈め、両手で持ったクレイモアを背中側まで引き絞った。
――……。
それだけで、ダンブニルたちがわずかに後ずさる。
そう、そうだとも。俺はリウの前で負けるわけにはいかんのだ。いついかなるときも偉大なる父でなければならない。
たとえ見栄であっても、力にはなる。
「リウ。学校に行ったはずのおまえが、なぜこのようなところにいるのかは知らんが、あとでお尻ペンペンだ」
学校をサボってしまうような不良には罰が必要だろう。
ましてやこのような危険な地に、親を助けにくるだなどと到底看過できることではない。
「うう……。やだぁ……」
「罰は罰だからな。だが心配するな。そのあとは、ちゃ~んとなでなでしてやろう」
救ってくれた礼もある。
叱る必要があるだけで、怒っているわけではない。それどころか感謝だ。
これで俺はまた一段、階段を上れた。強くなれる。
「……それってお尻じゃないよね? 頭の話だよね?」
「あ、あた、あたたりまえだろう! おまえは親をなんだと思っているんだい?」
ロサーダは真顔で口を開く。
そうして頓珍漢なことをつぶやいた。
「なんて会話だ……。敵のやる気を削ぐための高度な戦術か……」
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