エルフさんにしてみれば4
ヴァルカンとわたしが常に同じ部隊に配属されていたことを、ヴァルカンは未だに偶然だと思っている。
違う。
ヴァルカンから目を離せなくなったわたしは、常に彼の配属先への転属を自ら願い出ていた。もちろん別の配属先を割り振られたこともある。そのときにはできうる限りの手段を使って、同一部隊へと強引に入隊した。
それはもはや執着と呼ぶにふさわしい行動だった。
――当時はまだ、その執着が本来なんと呼ばれるものであるか、理解はしていなかったけれど。
リーベルトやわたしだけではなかった。
どこにいても、しばらくすればヴァルカンは人だかりの中央に立っていた。数日もあれば、誰もが彼を取り巻いていく。男性も女性も、同僚はもちろん上官までもがだ。
そこにはいつも笑い声があった。
エルフの半身という優位性を散々利用してきたこれまでの自分が、急に惨めに思えてきた。
けれどわたしは、自分が彼の取り巻きのひとりになったと、ヴァルカンにそう思われることが嫌で、しばらくは彼に近づくことができなかった。
角から眺めるだけ。あとをつけ回すだけ。
かまってほしくて、勇気を出して声を掛けようとしても、彼の周囲にはいつも人がいる。いつもいつも。
だから方法を変えた。必死で腕を磨いた。いまが機会だと思った。
なぜなら実戦時において彼の隣に立てる人間など、部隊長を含めてもその部隊にはいなかったからだ。当時はもうリーベルトは出世街道に乗り、別部隊を率いていたという理由も大きい。
とにかくわたしは武術を磨き、精霊魔法の体系を真剣に見直し、人間族の使う回復魔術も座学から覚えた。生まれて初めて努力をした。
そこまでやってようやく。一年後くらいに部隊内で彼の隣に並べるようになった。
けれども彼からの視線には、他の男性たちから向けられるような下心は感じ取れない。自分でも、ただの仲間としてしか見られていないことには気づいていた。
そんなバカな……。
そんな人間がいるなんて……。
そもそも、わたしはこの男からどう見られたかったのか。
他の男性と同じように口説かれれば、その時点で興味を失ってしまいそうでもある。だからといって現状に満足できているわけではない。
わからない。
彼の隣にはいたのに、自分自身が何を目指していたのか、わからなくなった。
正騎士となってからも、ヴァルカンとは同じ部隊になった。その頃にはもう、小賢しい手など使わずとも、連携部分においてわたし以外には彼についていけず、上官だけではなく同僚までもが、わたしたちを二対一組のように扱うようになっていた。
それはとても幸運、そしてわたしにとってこの上なく好都合だった。
同時期。
別の部隊で正騎士に昇進したリーベルトが、結婚をした。
わたしたちも盛大な披露宴に招待された。相手はヴァルカンも知っている、学生時代の同級生なのだとか。丸顔の、とてもかわいらしい女性だった。
ヴァルカンは式でそんなふたりを見て、うらやましいね、とつぶやいた。
そのときのその言葉で初めて、わたしは自覚したのだ。自分の気持ちを。目指していた自分自身の居場所を。知ったのだ。
相棒では我慢できない。そこ以外では、どこにいたって満たされない。
戦争が激化し、正騎士となったわたしたちも戦場へと駆り出されるようになった。
当時正式に伯爵家を継いだリーベルト――閣下と並び、ヴァルカンの名は瞬く間に脅威として敵軍に知れ渡っていった。
それほどの活躍だったのだ。この異常なふたりは。
けれども、いつだったかの野営の場でふたりきりとなったとき、少しやつれたヴァルカンは、ぽつりとつぶやいた。本当はもう、ヒトを斬りたくはない、と。
だから、わたしたちはふたりで戦場から逃げた。
逃げた、といっても、任務を放棄しての敵前逃亡ではない。当然正式な手続きを踏んだ上でだ。上層部はそれまでのヴァルカンの功績を大いに称え、それを許してくれた。
そうしてヴァルカンは子爵家を継ぎ、故郷であるオルガドの領主となった。わたしもまた団を辞してオルガドに家屋を借り、同じ地に根付くことにした。
実のところ、その際にヴァルカンから、うちに住むかと問われたけれど、意気地がない上に気位の高い高慢ちきなわたしは……断ってしまった。
そうしてもよいだけの理由が見つけられなかったからだ。
我ながら頭が固くて嫌になる。くだらない矜持の塊だ。
意地など張らずにその話を受けていれば、いまの関係も少しは変わっていたかもしれないと、何度も悔いた。
まあ、たぶん、変わらないのだろうけれど。
情けないことに、いまならそれがわかる。
しばらくの間は慣れない領主業に専念する平穏な日々が続いた。わたしはその補佐についた。
けれども戦争が激化し、最前線に投入されたリーベルト閣下が危機に陥っていると聞いたヴァルカンは、再び剣を手にオルガドを旅立った。
要塞都市イェルガへ。
それからヴァルカンが帝国の英雄を討って終戦を迎えた日まで、ともに戦った。ずっと一緒にいたのに、わたしたちの関係は何も変わらなかった。そう、何もだ。進展ナシ。信じられない。
歯がゆすぎて、食い縛った歯が割れそう。
それが変化したのは、ヴァルカンがリウという子どもを連れ帰ってからのことだ。
――ちょっと! それ、誰の子よ!?
なんてことは、一瞬たりとも思わない。
だって知っているもの。この男のことは。きっと誰よりも。それこそ、ご家族やリーベルトよりも。
どうせセビアの集落のときのように、またどこかで哀れな境遇の子を助けたに決まっているのだから。それに女性に気持ちを向けられたとしても、ベッドの中でよほど直接的な強硬手段を取られない限り、彼は気づきもしないだろう。
たぶん。うん。きっとそう。
このわたしでさえ、こんな有様なのだから。
どうやら今回は何らかの思惑があるみたいで、リウをどこにも預けられないようだ。
機会が訪れたと思った。
わたしはリウを利用して強引に彼の懐に潜り込むことに成功した。今度は同居するだけの理由がある。リウには母親が必要だから。しかも偽装とはいえ、彼の妻だ。
リウには感謝しかない。もうほんと、かわいい子。ありがとう。
なのに! まだ! なにも! 起こらない!
疑似とはいえ妻になったというのに! 何も!
どうなってんのっ!?
男たちから引く手数多だったこのわたしが、同じベッドで無防備に眠っているのに!?
さすがに腹が立つ。いい加減にして欲しい。さっさと手を出せバカ。
わたしはハーフエルフだから別にいい。いくらでも待つ時間はある。
でもヴァルカンはもう四十だ。出逢った頃は二十歳の青年だったヴァルカンが、もう立派な中年男だ。人間の寿命の半分以上を終えている。
わたしは問いたい。
あなたは死ぬまでそのままのつもりなんですかと。
そして伝えたい。
思い切ってガツッと手を出してこい、と。傷なんてつかないから。
欲望をぶつけてこいと。その方が嬉しいから。
でも言えない。わたしはリーベルト閣下よりもずっと厄介な矜持の塊だから。たぶんこの性分こそが、半身エルフとしての唯一の欠点なのだろう。
エルフなんてみんな気位の高い人しかいないのだから。だから出生率が低いのだ。愚かな種族。大嫌い。わかってる、同族嫌悪だってことくらいは。
そんなわたしでさえ、リウの母親になると決めたとき、さすがにこちらから提案はした。
どうせいつも一緒にいるのだから、いっそもう入籍しませんか、と。
勇気を出して、何気ない素振りをしながら、平静を装って。なのにヴァルカンはウニャウニャウニャウニャと言い訳ばかりで、今日まで至る始末。
ああ、本当に腹の立つ、思い出せば思い出すほどに腹が立つ。
ヴァルカン・アンダーウッドは何もわかっていない。
「やっぱり追いかけようかしら……」
じっとりとした目で空を見つめ、エイメリアは小さくつぶやいた。
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