エルフさんにしてみれば3
本日の投稿は朝と夜の2話のみです。
どうせわたしがいても、彼らを救うことなんてできないのだから。いてもいなくても同じ。誰も文句は言わないだろう。ねえ、そうでしょう。
エルフという種族なら、きっとそうする。自らの身を優先的に守る。
かぶりを振る。
あいにく半分は意地っ張りできれい事が大好きな人間だ。
だからわたしは踏みとどまった。
叫べ。オーグルの咆吼をも凌ぐ声で。ひとりでも多く逃がすのだ。
わたしはメイスを両手で空に掲げ、大声を上げた。
――わたしを見ろ!
精霊。声を届けて。
――わたしはここにいるぞ!
瞬間、オーグルの血走った視線が一斉にこちらを向く。かかった。
十数体のオーグルが目の前の従騎士から離れ、敵意を剥き出しにして一斉にこちらへと迫ってきた。
死を覚悟する。一体でも多く道連れを。一本の腕、一本の足、片目だけでもいい。
そう決めた瞬間、わたしの両肩を跳び越えるようにして、ふたりの新人が前に出て剣を振るった。どちらも一度だけ。
リーベルトの剣はオーグルの頸部を刎ね、ヴァルカンの剣は従騎士を弄ぶように引き摺っていた豪腕を断った。
息を呑んだ。その鋭さに。
ふたりはわたしと、そして隻腕となり崩れた従騎士を守るように剣を振るった。呆然と立つだけとなったわたしの周囲に、次々とオーグルの死骸が積み上がっていく。
両名ともに従騎士はおろか、わたしの知るどの正騎士をも遙かに凌ぐほどの剣技だった。それはまるで夢を見ているかのような光景だった。
リーベルトが言った。それも戦いながら、息を乱すこともなく。
――すまないな、隊長殿。裏の林に小隊を監視するようにオーグルの群れが潜んでいてな。
ヴァルカンが続けた。それも微笑みながらだ。
――あちこち逃げ回られたせいで、駆けつけるのに時間がかかってしまったんだ。
ああ、悔しい。わたしは人間を凌駕する長い耳とよい目を持ちながら、林のオーグルたちに気づきもしなかった。
それはたぶん、大勢の取り巻きと一緒に行動していたからだ。気配は紛れるから。
いや、違う。そんなの言い訳に過ぎない。
慢心だ。わたしはいつしか種族的万能感に溺れ、いい気になっていたからだ。
それに引き換え、彼らの力強く、鋭く、そして美しい生き様は。
……自身の生まれと才覚の上に、ただあぐらを掻いていただけのわたしなど、足下にも及ばない。
両名ともに、すさまじい戦いっぷりだった。
リーベルトは烈風のように、ヴァルカンは疾風のように。示し合わせたかのような同じ型で、訓練をしているかのように余裕をもって。
両者を中心として、血風が吹き荒ぶ。
程なくして、彼らは目に映るすべての敵を討ち終えた。それも、危なげなくだ。
おそらくわたしの武器が鈍器のメイスではなく、剣だったとしても、きっとこうはならなかったことだろう。
一体どれほどの鍛錬を積めば、こうなるのか。
安堵した。不覚にも。膝を揺らし腰を抜かしかけたわたしを、リーベルトが片腕で支えてくれた。彼はその低くよく通るで、わたしの身を案じる言葉をかけてくれた。
勇ましく、自信に満ちた男性だった。さぞや女を泣かせてきたことだろう。
なのに。けれども。
ヴァルカンはわたしなどには目もくれずに駆け出し、半壊した無人の廃屋へと一直線に走っていった。そうして崩れた壁に手をついて飛び込む。鎧の重量など、あって無きような身軽さだ。
直後に響く悲鳴。
人間のものではない悲鳴が聞こえた。
それはオーグルの断末魔だった。まだ敵が潜んでいたのだ。
ううん、違う。違った。そんなことは彼にとってはどうでもよかったのだ。そのときになってようやく、ヴァルカンが動いた理由にわたしも気づいた。
いまにも消えてしまいそうな、か細い泣き声……。
しばらくして家屋から出てきた彼は、片腕に赤ん坊を抱いていた。
聞こえなかったのに。この長耳でさえ聞こえなかった。赤ん坊の泣き声なんて。
いいえ、あの状況では聞こえていたとしても意識を向けられなかった。そんな余裕はなかった。怖かった。
片腕に赤ん坊を抱いてこちらに向かい歩いてくるヴァルカンの背後で、頸部を半分断たれて血を噴出させたままのオーグルが立ち上がる。
危ない、そう叫ぼうとした。
けれども彼はわたしが叫ぶよりも早く、自らの剣で振り返りもせずに背後を断っていた。刃は正確にオーグルの喉を通過する。
彼の背後で、オーグルが静かに崩れた。膝を折って座り込むように。
赤ん坊は、息絶える魔獣の存在に気づきもしていない。リーベルトは気づきながら心配もしていない。この場にいた自分以外の全員が、ほんの一瞬でヴァルカン・アンダーウッドに全幅の信頼を預けたのだとわかった。
彼の相棒であるリーベルトはもちろん、拾われた赤ん坊も、先ほど恐慌状態に陥り逃げ出して、いまようやく戻ってきた従騎士たちも。腕を失った従騎士でさえ。
誰もがその光景に目を奪われていた。
そしてそれは――……わたし自身も。
魅了されたのだ。魔法のように。胸に傷ができて疼くみたいに。
ヴァルカンは両腕で赤ん坊を持ち上げて、笑っていた。
赤ん坊も彼に触れようとして短い手を懸命に伸ばし、笑っていた。
……赤ん坊の股間から染み出してきた大量の水分を、顔面に注がれるまでは、だったけれど。
気づけばそんな彼を見て、みんなで大笑いしていた。
それ以来だ。
団内でヴァルカン・アンダーウッドという青年の一挙一動を、わたしが目で追うにようになってしまったのは。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




