エルフさんにしてみれば
ヴァルカン・アンダーウッドという男は何もわかっていない。
それが腹立たしい。
田舎町オルガドの小高い丘に建つ、アンダーウッド邸。
その二階の窓枠に肘をついて、エイメリアは物憂げな表情で平和な町並みを眺めていた。
牧草をたくさん積んだ牛車がゆっくりと歩いている。未就学の幼子らは細枝を手に楽しげに駆け回り、流れる小川では釣りをしている少年もいる。
数軒の店しかない小さな市場では数名の村人が談笑し、鳥たちは屋根で歌う。
長い絹糸のような直毛が、太陽の光を受けて宝石のような輝きで穏やかな風に揺れていた。もしも邸宅の前を画家などが通りがかれば、その大半がキャンバスを広げて物憂げなエルフを描きたくなることだろう。
それがどれだけ不機嫌な顔であったとしてもだ。
「ああ、もう……」
どう考えても、今回はついていくべきだった。
これまで何度となく人々の要請に応じて魔獣退治をこなしてきたヴァルカンだったが、あのリーベルトからの要請は始めてだった。
ファーガス・リーベルトはヴァルカンとは違い、矜持高き男性だ。地位もあり、名誉もある。当然実力もだ。その彼が自身の手には余ると判断したからこそ、ヴァルカンに要請を出した。
それがどれだけ危険な任務であるかなど、容易に想像できる。相手はそれほど手強い敵で、且つ状況は逼迫しているということだ。
なのに――。
思い出すと腹が立つ。
何もわかっていないあの男にも、唐突に甘い言葉を囁かれ、ついうなずいてしまった自分自身にも。少し嬉しくなっていたことにも。
「はぁ~……」
今度は仰向けに窓枠にもたれ、頭だけを外に出す。
空は青く、顔に浴びる日光が心地よい。
ヴァルカンと出逢ったのは従騎士時代だ。
その青年はどこか他の男性たちとは違っていた。
それは、いまもだけれど。
従騎士時代から。ずっと。ずっと。
目を閉じれば、いつでも思い出せる。
ヴァルカンとリーベルトが鳴り物入りで騎士団に入団してきた頃、わたしは王都の騎士団内ですでに従騎士の筆頭となっていた。
当時はガリアナリス帝国との戦争により、正騎士の大半が戦争へと駆り出されていた。だからヴァシスの王都や各都市に駐屯する実働可能な騎士の大半が従騎士となっていた。
わたしが従騎士の筆頭に選ばれたことには、いくつか理由がある。
一つ目は生まれつき精霊魔法が使えたこと。精霊の力を利用して振られた武器は変幻に軌道を操ることができる。実際、当時のわたしは他の従騎士たちに比べ、武器の扱いに長けていた。
エルフと言えば弓や細剣といったイメージの種族だけれど、あいにく半身は人間だ。わたしはメイスを振るい、精霊による変幻の軌道でライバルたちの剣を数え切れないほどに叩き折ってきた。
みんなわたしに負けて、まんざらでもない顔をしていたけれど。
二つ目は容姿だ。半身とはいえエルフの血を持つこの容姿は、人間にとっては美しく見えるらしい。そういった存在がトップに座れば、新たに有能な人材の発掘も容易くなる。
要するに客寄せに使えると、上層部に判断されたらしい。
半分は人間なのに、我ながら便利なものだと思ってしまう。両種族のいいとこ取りなのだから。
そういう意識は幼少期から少なからず自覚していた。散々利用だってしてきた。
たとえ本当の両親には捨てられたのだとしても、生まれがこれならわたしは恵まれている。そう思えた。
――原初の記憶が、ゴミ捨て場から見上げた鉛色の空だったとしても……。
欲しいものはいつも誰かがくれた。年寄り夫婦に拾われてからは、食べるのに困ったこともない。エルフの魔力と感覚に、人間の力と思考。
何より、長い寿命。そして美しい容姿。
大した理由もなく騎士団入りしてからも、精霊魔法を併用した武器の扱いのおかげで昇進も早かった。気づけばいつも男性に囲まれていた。適当にあしらってもついてくる。いつか振り向くと期待でもしているのかしら。
わたしは無敵。
ひとりでだって誰にも負けない。
欲しいものはすべて自力で手に入れられる。
そう思っていた。
ヴァルカンという青年に出逢うまでは。
ヴァルカン・アンダーウッドとファーガス・リーベルト。
鳴り物入りで騎士団へと入団をしてきた優秀な新人ふたりの名は、従騎士の筆頭となっていたわたしの耳にも当然のように入ってきた。
けれども当初は何の関わりもなく、わたしは任務に従事する。知っていたのは、せいぜい両名の名前くらいのものだった。新人にとんでもないのがいるらしい、と。
だから何だというのか。興味すら湧かない。どうせ他の男と同じ。剣も頭もわたしより劣っているから、どうせすぐに尻尾を振って媚びてくる。
ある日、ヴァシス最南端に位置するセビアという人口わずか五十名程度の漁村――というより集落を、数十体のオーグルという魔獣が襲うという事件があった。
オーグルは人型でありながら人語を解さず、なおかつ人を喰らうため、人類ではなく魔獣種族に位置づけられている。
最初は家畜が喰われた。次に漁で獲った干し魚を根こそぎ奪われた。
何も奪う食料がなくなったとき、次に狙われるものはあきらかだ。
正騎士の出払っていた王国騎士団は、従騎士隊から二十名ほどの小隊を編成、派遣した。従騎士筆頭だったわたしは、その小隊の指揮を任されることとなった。
そのせいで志願者は募集枠の三倍にまで膨れ上がってしまったけれど、その全員がくだらない男性騎士だ。
その中にいたのだ。噂の新人、指揮官候補生のファーガス・リーベルトとヴァルカン・アンダーウッドが。
彼らは志願ではなく、どうやら凄腕の新人として団の上層部からねじ込まれたらしい。きっとわたし含め、優秀な者には早めに実戦経験を積ませるという上層部の判断だったのだろう。
当時は戦争が徐々に激化し始めていた頃だったから。
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