別行動の方がやりやすい
トルキア村に到着すると同時に、ヴァルカンとファーガスは戦車に掛けられた幌から飛び出した。
「……」
先日、騎士団が組み上げた木柵で造った防衛線は破壊されている。森に面している側の家屋が建造物もいくつかは半壊していた。地面には争った形跡があり、鼻を突くような血と臓物、そしてそれらが焦げついたような臭気が漂っている。
ところどころ、地面が灼けているようだ。ファーガスがそれを指さす。
「見ろ、ヴァルカン。魔術師がいたようだ」
「幸運だったな」
レヴニーの死骸が数十体。うち三割ほどが焼け焦げている。魔術は魔法とは違って放つ際には詠唱や魔術陣が必要だが、その範囲効果は絶大だ。剣や矢の比ではない。
「この分なら村自体は無事だな」
「そのようだ。人的被害の規模はまだわからんが、この感じなら――」
比較的。村自体には損害が少ない。
前回から居残っていた狩人たちが想定を上回る働きをしてくれたのだろうか。おそらくギルドを訪れた際に、一悶着あった連中だろうとは思うけれど。
青年騎士がファーガスを呼びにきた。
「リーベルト団長、ギルドの代表者が報告をするとのことです」
「わかった。――ヴァルカンはここで待ってろ。すぐに戻る」
「ああ」
ファーガスが青年騎士とともに駆けていく。
以前立ち寄った宿酒場に顔を出す気にもなれず、ヴァルカンはただ戦場を見回る。すでに到着した騎士たちは防衛線の再建に従事し始めていた。
森を注視しながら、目的もなく歩く。
木柵の前に掘られた落とし穴には、レヴニーやその他の魔獣らの死骸が転がっている。十体や二十体ではない。穴の大半が埋まってしまうほどだ。
その中に珍しい死骸があった。
鱗で覆われた犬のような姿を持つ、軍用犬としても利用される小型魔獣だ。
「魔犬……?」
魔獣使いとダンブニル。偶然にしては相性がいい。
覗き込むヴァルカンの横から、騎士たちの手によって新たなレヴニーの死骸が投げ込まれた。おそらく村の中で力尽きたものだろう。
「アンダーウッド閣下、死骸を焼きますのでお下がりください」
「ん、ああ」
落とし穴に集めた死骸に騎士らが油を注ぎ、火を放つ。
轟と炎が渦巻き、火柱となって黒煙を上げた。
魔獣とはいえ粗雑な扱いでは少々気の毒だが、疫病を防ぐには必要な処置だ。
ちょうどそのとき、ファーガスが戻ってきた。
「ファーガス」
「ああ。狩人ギルドの組員から話を聞いてきた、被害規模は比較的小さいらしい。ギルドの狩人の中に魔術師がいて、炎を放ったらレヴニーの勢いが弱まったと。それを起点に反撃したようだ」
「そうか」
先日、ギルド本部を訪れた際に魔術を使っていた女性狩人だろうか。珍しい魔術師を含む彼らがトルキア村に居残っていたのは僥倖だった。加えて前回、騎士団が造った防衛設備を残しておいたことが功を奏したのだろう。
「だが、どうにも状況が妙らしい。昨夜トルキア村を襲ったのは数百体規模の群れ……というかもはや複数の群れの集合体だったらしいが、防衛線を破られそうになったときに不自然に引き上げていったのだとか」
「へえ?」
勝利を目前にして森へと引き返した。自然ではあり得ない現象だ。魔獣使いロサーダの身に何かが起こったか、他の理由があるのか。
思考を遮るようにファーガスが続ける。
「俺たちはもう一度防衛戦と駐屯地を組み直す。こうも事情が変わってしまっては捜索は後回しにせざるを得ん。ヴァルカン、おまえはどうする?」
「……」
アーレンドラスの森は深い。見下ろしても底が一切見えない大海のようにだ。そこに何が潜んでいるのか、人類は未だ知らない。そして例えるならトルキア村は、波間に揺られる一艘の小舟だ。いつ呑まれてもおかしくはない状況にある。
今日は風が強い。やたらと木々がざわめている。
赤髪を強風に揺らしながら、ファーガスはヴァルカンの返事を待っている。
森を睨んだまま、ヴァルカンはつぶやく。
「少し嫌な気配がしている」
「ふむ? 魔獣の群れが近いのか?」
「……かもしれん」
ふうと息を吐いて、ヴァルカンは視線をファーガスへと戻した。
「俺は先に捜索に移るよ。気配を探るなら周囲に人は少ない方がいい。連れてきてもらっておいて勝手だが、それでいいか?」
「もともと俺には〝剣聖〟の行動を妨げたり命令したりする権利はない。自由に動いてくれて構わん」
ヴァルカンは人差し指を立てて、ファーガスの鼻先へと持ってくる。
「あのな、俺は〝騎士団長〟に意見を聞いてるんじゃない。腐れ縁のファーガス・リーベルトに聞いているんだ」
ファーガスが苦い表情で笑う。
「答えは同じだ。好きにしろ。どうせその方が動きやすいんだろ」
「おう。ファーガスだけならともかく、多くの騎士を引き連れていくとどうしてもなあ」
「感覚が鈍る」
「そうそう。おまえさんの苦労を察するよ」
他の騎士らは戦車から武具や食料を駐屯地の半壊した小屋に運び込んでいる。前回は百名あまりだったが、今回は目的が捜索として組まれたため、その半数ほどだ。
捜索にこそ、人手が欲しいところではあるが。
ヴァルカンはそんなふうに考える。けれども森はあまりに広大だ。いくら人数を投入したところで、ヒトに見える範囲など知れている。
「そんなわけで、俺は早速森へ入る準備をする。まずは食料と水を村から――」
「わかったわかった。回りくどいことを言うな。少し待て」
ファーガスは荷物を駐屯地の小屋へと運ぶ騎士のひとりを呼び止めた。
そうして彼の荷から食料と水、そして狼煙と笛を取って革袋にまとめる。
「持って行け。何かを見つけたら狼煙で合図を送れ。近い場合は笛でもいい。すぐに駆けつける」
投げられた革袋をヴァルカンが受け取った。
ずしりと重い。数日分はありそうだ。とはいえ三日を超えれば愛する偽嫁様がやってきてしまう。
「村で調達する手間が省けた。ありがたくもらうよ」
ファーガスは呆れたような顔で、ヴァルカンを追い払うようにシッシと手を振る。
「どうせそのつもりだったろうに。最初から寄越せと言えよ、ヴァルカン」
「わっはっは、バレたか。――では、行ってくる」
背中を向けて歩き出す。深淵の森へと向けてだ。
数歩進むと、ファーガスの声が追いかけてきた。
「おい、ヴァルカン」
「んー?」
足を止めて振り返る。
「いいか、せいぜい気をつけろよ。家族を泣かせるんじゃないぞ」
リウとエイメリアの顔が脳裏をよぎる。
どちらも本当の家族ではないけれど。それでもすぐに浮かんだ。
「うん」
苦笑しながらそう返し、ヴァルカンは再び歩き出す。
肩越しに手を振って。
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