戦車にて
騎士団を出たヴァルカンは、荒々しく疾走する馬車に揺られていた。これはアンダーウッド家所有のものや、旅に使用されるような乗り合い馬車ではない。
ひとつの荷台に選りすぐりの馬が三頭。出せる速度は比ではない。
車輪に槍の穂先を取り付け、荷台は鉄板で補強されている、軍用の戦車と呼ばれる頑丈な戦車だ。戦時中であればいつでも敵を槍や矢で突けるように荷台に幌は掛けられていないが、いまは機密保持の面もあって幌が掛かっていた。
そのような馬車が列を成して街道を疾走している。この馬車は最後尾だ。
「すまんな、ヴァルカン。埒外の地位にいるおまえの手を借りてばかりだ」
「水くさいことを言うな。それに状況が状況だ。説明してくれ」
「ああ」
ファーガスは旧友の言葉に力強くうなずいた。
だが。
「……こういうのは嫌になるな」
「……まったくだ。昔を思い出す」
「エイメリアは元気か?」
「同行を申し出られたが、断ったよ」
現状は両者に、過去の苦い出来事を想起させる。
それはおそらく、アンダーウッド家で待つエイメリアも同じだろうと、ファーガスは考える。
だがいまはそれ以上に。
「ヴァルカン?」
ヴァルカンはどういうわけか、後方の景色を幌の隙間から見ていた。
街道の小石を弾き、戦車は疾走する。
「何をしているんだ? この戦車が最後尾だぞ」
「いや、何でもない」
ヴァルカンが身体を座席に戻した。
旧友ながら、あいかわらずつかみ所のない妙な男だ。
「ヴァルカン」
「ん?」
マヌケ面の分際で抜け目のないこの男の行動に無駄があるとは思っていないが、トルキア村に迫った危機でいまはそれどころではない。
「魔獣使いのことをもう少し聞かせろ」
「この前話したことがすべてだよ。俺だってそれほど知っているわけじゃない」
そうだろうけれど。
ファーガスは腕組みをする。
ヴァルカンから得た情報といえば、服装と痩せぎすの体型、魔獣使いでありながら、自らもナイフを使用する暗殺者。素早く動くレヴニーの頸部に指先程度の穴をひとつ開き、正確に動脈を断つ凄腕。
これくらいだ。
ヴァルカンほどの達人がその場で取り逃したことは不問にした。場が酒場では、人的損害が出ることを防げないからだ。相手が矜持なき暗殺者ならばなおのこと。
だが、いまはそのせいで村ひとつが危機に陥っている。ヴァルカンも内心は穏やかではないだろう。
「いや、もう一度問いたいことがある」
「何を?」
最初に名乗ったのはダーラ・エルトランド。論外。ガリアナリスでは女性名だ。だがヴァルカンがそこを指摘したときに、次に名乗った名だ。
「フェリクス・ロサーダ。そう名乗ったのだな?」
「ああ、うん。ファーガスは知ってるのか?」
「いや、先日までは知らなかった。今朝、少々気になって調べてな」
その物言いに、ヴァルカンは怪訝な表情をしている。
「フェリクス・ロサーダを名乗ったのが何者なのかは知らん。ついでにフェリクスという名もだ。どこにも刻まれたことのない名だった」
「だとすると、家名の方か」
ヴァルカンの言葉に、ファーガスはうなずいて見せる。
「そうだ」
「帝国の貴族か?」
今度は首を左右に振る。
「いや、おまえは帝国の成り立ちを知っているか?」
「学生時代に習った程度の知識ならまだ残っているぞ。およそ二百年前にルマ王国、デイドラ王国と山岳都市アルストンが三国同盟を結び、他の小国家を次々と併合してできたのがガリアナリス帝国だろ」
ヴァルカンの答えに、ファーガスは頭を左右に振った。
疾走する戦車は激しく揺れる。通常なら酔いそうなものだが、戦争ですっかり慣れてしまった。
「あれは併合というよりは侵略だ」
「そうか? すべて無血で行われたのだろう? まあ、我らがヴァシスはリディリア平原が間に挟まってたおかげで、その流れからは免れたらしいが」
ヴァシスとガリアナリスの間には、リディリアと呼ばれる広大な平原があったため、併合を免れることができた、と言われている。
リディリア平原は十年前の主戦場だった、リウとヴァルカンが初めて会った場所だ。ヴァルカンがロンガースを討ってヴァシスの〝剣聖〟となり、己が要塞都市イェルガで踏みとどまって守り切った場所でもある。
「その話がロサーダとどう関係しているんだ?」
「ルマ、デイドラ、アルストンの三国が、自国とほとんど同規模の他の国家を武力行使もせず併合できたのには理由がある」
「理由?」
ヴァルカンが首を傾げた。
「三国の一角と同規模程度の国家だった、レメア王国という国だけを滅ぼしている。それも徹底的にだ」
王家の血筋を絶やした、ということだ。
ヴァルカンが眉をひそめた。
「……見せしめか?」
「表向きはレメア側からの領地侵犯と記されているが、そういうことだろうな。当時、大陸に集うほとんどの国家が同程度の規模の勢力で均衡を保っていたのだが、三国が組んだことによりガリアナリスだけが突出した。だからといって素直に併合に従う国はない。そこで帝国は見せしめにレメアだけを滅ぼした」
ヴァルカンが暢気につぶやいた。
「その他の国はさぞや震え上がっただろうなあ。次は自分たちかもしれんと」
「そう。だから併合は順調にいった。極めて友好的且つ平和的にだ。こうしていまの大国ガリアナリス帝国が生まれたというわけだ」
そう考えると十年前、ヴァシスが帝国の侵略を阻止できたのはまるで奇跡のようだ。ガリアナリス帝国の皇室で平和を望む皇帝が生まれたことも奇跡だし、目の前にいるマヌケ面の男が帝国の英雄を討つことができたことも奇跡。すべてが奇跡だった。
むろん、自身の目の前にロンガースが現れていたら、このファーガス・リーベルトこそがその役割を全うしていただろうという自負はあるものの。
そういった運を引き入れるのも、英雄たる所以なのだろう。
結果として時代に選ばれたのは自身ではなく、ヴァルカン・アンダーウッドだった。それだけのことだ。自分がこの男に劣っていたというわけではない。
……そう思いたいところだ。
「問題の姓のロサーダだが、偶然にもレメア王家の家名と同一だ。黒髪黒眼の一族だったらしい」
「へえ、それは珍しいな。顔や髪色はフードでほとんど見えなかった。食事中なのに行儀の悪いやつだと思っていたが、珍しさを隠すためだったのかもしれんな。だがレメア王家、ロサーダの血筋は絶やされたのではなかったのか?」
ファーガスは肩をすくめる。
「さすがに歴史の裏までは知らんよ。あくまでも表の記録だからな」
「だとしたら、かつての王家がいまは帝国の狗に成り下がったってことか?」
「どうかな。偶然、同じ姓だったというだけの可能性の方が高い。それに話の流れから言って、レメア王家の血筋であるロサーダ家が帝国に手を貸す理由はない」
ヴァルカンがつぶやく。
「確かに。ロサーダ家にとっては帝国こそが仇敵のはず」
「いまの話は一応、念頭に置いといてくれ。交渉が必要になった際に役立つかもしれん。揺さぶりをかけてみてもいい。ロサーダを名乗った男が自ら姿を現すとすれば、おそらくそれはヴァルカン、おまえの前だけな気がする」
ファーガスは考える。
あまり認めたくはないが、ヴァルカン・アンダーウッドは何かを持っている人間だ。剣でも魔法でも魔術でもない、何かを。
それは本人にとっては不運なことかもしれないが、歴史にその名を刻み込む豪運のように思えて仕方がない。自身がそれをどれほどそれを欲し、羨んだことか。
なのにこの男は、いまも馬車の窓から顔を出して後方を眺めながら、あまり興味なさげに言うのだ。
「一応覚えとくよ。忘れたらまたイチから教えてくれ」
なんて言い草だ。ため息しか出ない。
どこ吹く風といった具合だ。
「おまえ、先ほどから何を見ているんだ? 怪しげな尾行があれば御者が知らせてくれる手はずになっているぞ」
「いや、まあ……そうか。念のためにな」
何を考えているのか、ファーガスにはさっぱりわからない。
ヴァルカンが言葉を濁しながら身体を座席に戻した。
「それより集中しろ。もうすぐ到着だ」
それぞれの思いを抱え、ふたりを乗せた戦車は走る。
そうして昼食時になって、ようやくトルキア村へと辿り着いたのだった。
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