耳の丸いエルフ
馬車は田舎町オルガドを発つ。
車内ではリウだけが楽しげに話していた。
「お父さんは今日も騎士団?」
「ん? ああ、そうだよ」
だがヴァルカンはと言えば、先ほど見せたエイメリアの表情が忘れられない。普段はほとんど感情を見せない彼女だが、あそこまで高ぶるエイメリアを見たのは――従騎士時代の初任務以来だ。
進行方向に顔を向けて座っていたリウが、進行方向に背を向ける席に座っていたヴァルカンの隣に移動してきた。
そうしてぴたりとくっついて腰を下ろす。
「お母さんとケンカしたの?」
「ケンカ!? 聞いていたのか!?」
「ん~ん。でもなんかふたりとも、お見送りのときにギクシャクしてたからー」
鋭い。人をよく観察している。
ガラガラと車輪の音を立て、馬車は街道を走る。オルガドと王都はさほど離れてはいない。すでに遠くの方に、王城の塔が見えているくらいだ。オルガドの民には王都で職を持つ者も多く、そのため毎朝徒歩で移動する者も少なくはない。
「……い、いや、そういうわけではないぞ?」
「ほんと~? だめだよぉ。リコンとかしたらわたし泣くから」
「そ、そんなことになるわけがないだろう!」
ふと、もしそうなった場合、リウはどちらについていくつもりなのだろうと、どうでもよいことが気になった。
当然、本人に聞けるような内容ではない。聞いたせいで変に勘ぐられるのもごめんだ。
「ならいいけど。わたし、ヤだからね。そんなの」
リウの頭に大きな掌を置いて、ヴァルカンは優しく囁く。
「大丈夫だよ。軍にいた頃からちょくちょくつまらんことで言い争っていたからな。慣れたもんだ」
しかしエイメリアの先ほどのような表情は初めて見た。
おそらく不機嫌なそれなのだろうが、不覚にも目を奪われ胸が疼いてしまった。だからといって衝動に駆られ行動に移すほど愚かではない。
せめてこの疑似家族が終焉を迎える日までは、彼女の命と貞操は死んでも守らなければならないものだ。
だからエイメリアとは式も入籍もしなかった。
リウに対してもそうだ。
この奇妙な家族関係は、将来リウに嫁ぐ日がきた際には、役場でいずれ本人も知ることとなるだろう。
だから、たとえ恨まれることになったとしても、せめてそれまでは父と娘でいたい。
いや、いや。最低限、俺より強い男でなければリウは守れんし、そんな強くて真面目で誠実な青年が現れなければ、そんな日は生涯来ないだろうが。ンむふ。
「そう言えばさ、お父さん」
「んー?」
リウが自身の両手を見つめてつぶやく。
「わたしも四分の一はエルフのはずなのに、精霊って全然わかんないんだよね。耳もお母さんとは違っていて丸っこいし。なんでだろ?」
ヴァルカンはぎょっとして言葉に詰まる。
「そ、ど、どうかなあ? せ、精霊に関しては、お母さんに聞いてみた方がいいんじゃないか? お父さんさっぱりだし?」
ああ、こうしてまたエイメリアに迷惑をかけてしまう。すまない、すまない。俺が不甲斐ないばっかりに。
けれどもリウはすぐに顔を上げて楽しげに。
「お父さんの方に似ちゃったのかなっ」
ンがわいい……。
ンもうがわうぃうぃ……。
「でも、精霊の力が使えたら、わたしもいまよりずっと、お父さんくらい強くなれたかもしれないのにぃ!」
「はっはっは、それはどうかなあ! お父さんは強いからなあ!」
ヴァルカンはそう言いながらも虚空を見つめる。
冗談ではない、死んでしまいます、と。
やがて馬車は王立ヴァルナ学園前に到着する。
学生用の鞄を背負い、リウは立ち上がった。
「じゃあいってくるねっ!」
「しっかり学んでくるのだぞ。授業中に寝るなよ」
「寝ないよ、お父さんのバカ」
リウは馬車の扉を開くとエリックに礼を言って、手を振りながら元気よく走り去っていった。
校門をくぐるところを見送ってから、馬車は再び走り出す。
騎士団宿舎まではすぐだ。
「ふう……」
がらがら、がらがら。
車輪の音を響かせながら、馬車は王都の大通りを行く。
そのときだ。アンダーウッド家が所有するこの馬車が急停止したのは。
「うわっ」
背中と後頭部をしたたかに打ち付けて、ヴァルカンは立ち上がる。
慌てて馬車の扉を開き、御者席のエリックの方へと身を乗り出した。
「どうした、エリ……ん?」
老執事が困ったように眉を寄せ、振り返る。
「申し訳ありません、旦那様。目の前にこの方が飛び出してこられたので、やむを得ず急停止させていただきました。お怪我はございませんか?」
「ああ、俺は大丈夫」
エリックの視線の先には、ひとりの青年がいた。
全身から汗を滴らせ、膝に両手をついて肩で荒い息をしている。どうやらどこかから走ってきたようだ。
青年が馬車の発進を阻止するように、顔を上げて両手を広げる。
「少し、少しだけ、お待ちを……。……ん……」
そうして息を整えてから、あらためて顔を上げた。
「アンダーウッド卿の馬車とお見受けします!」
「そうだが、キミは?」
「リーベルト団長の使いの者です!」
エリックが革袋の水を差しだしている。
青年はそれを受け取ると、「かたじけない」と一言だけ言って、袋を絞るように一気に飲み干し、残りを頭から浴びた。
「騎士団の人間か」
「はい。状況により私の紹介は割愛させていただきます。つい先ほどトルキア村に多数の魔獣が襲来、居合わせた狩人では到底抑えきれる数ではないため、早馬にて騎士団に――」
言葉を遮り、ヴァルカンが叫んだ。
「村はどうなったッ!? 村人はッ!?」
「不明! 襲来規模から早馬は襲撃直前に出立、以降のことはわからないとのこと! リーベルト団長がすでに戦車にてお待ちです! 子爵もお急ぎください!」
王都内は安全のため、馬で駆けることを許可されていない。馬を使用して走ってよいのは荷車や客車をつけた馬車だけだ。それとて速度制限がある。
ヴァルカンはクレイモアを背負いロングソードを腰に差すと、馬車から飛び降りた。
距離が近ければ人の足の方が早い。
「エリック。後を頼む」
「行ってらっしゃいませ、旦那様。お気をつけて」
エリックのつぶやきを背中で聞きながら、ヴァルカンは青年を置いて走り出した。
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