威厳ゼロだわ
一頻り笑って。
ヴァルカンは口を開いた。
「ま、そんなわけで怪しく思いながらも確証が持てなかったから、こうして正々堂々と絡みにきたというわけだ。早々に自白してくれて助かったよ。しらばっくれられたら逃がすところだった」
「だよなあ。やっぱそうだよなあ。カマかけだと思った。もう少しすっとぼけりゃよかった。自白しといてなんだが、ヴァルカン、あんたいくらなんでも適当すぎんぜ。よくその程度で犯人扱いしてきやがったな。もし違ってたら傷つくところだ」
「そんな被害者ぶられても……」
また笑い合う。
やがてその笑い声も徐々に静まっていく。
そうして、男は沈んだ声でつぶやいた。
「ん~で、どうする? ここで戦るか?」
「やはり黙って手を引いてくれる気にはならないかぁ」
男の表情に変化はない。
「そいつぁできない相談だ。こちらにも色々と事情があってな」
「後ろ盾は帝国そのものか? 皇帝は和平を望んでいると聞いたが」
終戦の日、自ら各国に敗戦を通達するほどに戦争を終わらせたかった男だ。なぜいまになって開戦を望むのかと考えてしまう。
「さてなァ。知りたきゃ俺を捕まえて尋問にでもかけてみたらどうだ? そっちの方が得意だろ?」
ヴァルカンはすでに気づいている。
椅子の背の向こう側に垂らされた男の手が、ランチプレートに付属されているナイフを指先で弄んでいることに。くるり、くるりと。
食器であっても頸部を裂く程度のことはできる。そして自身はすでにその間合いに入ってしまっている。無論、避ける自信あってのことではあるけれど。
「今日のところは剣を抜く気はないよ。さっきから意識だけで周囲の状況を伺っているようだし、こんなところで戦って人質でも取られたらそれこそ大変だ。給仕や商人の子もここにはいるからね」
ナイフを弄ぶ手がピタリと止まった。
「すげえな。視線すら動かしてねえのに、〝剣聖〟ってのはそんなことまでわかるのか」
やはりこちらの爵位も知っていたようだ。
彼が帝国の工作員であるなら当然か。
「何となくだよ」
男が肩をすくめた。
「なんだそりゃ。また出鱈目かよ」
「なんにせよ、俺はこの後、騎士団に報告だけして、今日のところはおとしなく帰るつもりだ。キミにもそう願いたい」
ちょうどリウの学校が終わる頃合いだ。偶然を装って帰り道をご一緒したい。が、今回はそういうわけにもいかないようだ。
コトリ、と音がして、食器用のナイフがテーブルに置かれた。
「――ダーラ・エルトランドだ」
ヴァルカンが顔をしかめた。
「ほぉんとにィ? ダーラってガリアナリスだと女性名だろ?」
「はは! バレたか。じゃあフェリクス・ロサーダだ」
「もういいよ、名前は。適当だな。工作員が本名を名乗るわけないし」
男は再び破顔し、席を立つ。
「はっはっはっ。当てずっぽうで博打に勝ったあんたほどじゃない」
立ち去ろうとする男を、今度はヴァルカンも止めない。
ふと、男がヴァルカンに尋ねる。
「あのまずい酒はおごりでいいのか?」
「うん」
意外と律儀な男だ、などと考えてしまう。
「敵地でこんなに楽しんだのは初めてだ。まずい酒を飲まされた甲斐があった」
「さっきから俺の好物をまずいまずいと。うまいだろ?」
男が肩をすくめる。
「いいや、まずいね。ま、見逃すってなら遠慮なく帰らせてもらうぜ」
そうして男は胸いっぱいに息を吸い込み、大声で叫んだ。
「――じゃあなァ、〝剣聖〟ヴァルカン・アンダーウッド子爵殿!」
あ……。
と思った瞬間にはもう遅かった。
「次は森で会おうぜ」
給仕や客のどよめきが、空の珊瑚亭に広がっていく。
「剣聖? あの人、剣聖なの?」
「え、本物? 子爵がいるのか!?」
ニヤニヤと笑う男自身を除く店内の全員の視線が、こちらに向けられた。ひとり、またひとりとヴァルカンに吸い寄せられるように近寄ってきて、あっという間に取り囲まれてしまった。
「うおっ!? マジだ! 俺、見たことある! 彼は本物だぞ!」
「ふーん、思ったより普通のおっさんだな」
「威厳ゼロだわ……」
店の奥からは厨房にいる料理人までもが出てくる。
「おお! 本物のヴァルカン様だ!」
「きゃあ! もう! そうならそうと早く言ってくださいよぉ!」
「見た目の威厳が息をしていない……」
「庶民派なんだよ、たぶん」
「ア、アンダーウッド子爵だ! おい、みんな! 子爵がこの店にいらっしゃったぞ!」
やられた。そう思った瞬間にはもう、男の影も形もなくなっていた。
可能なら店を出たところで捕らえるか、あるいは後をつけておきたかったが。簡単ではないようだ。いま飛び出したところで、もう発見することすら困難だろう。
仕方なく、料理に舌鼓を打つ。
「この砂肝のコンフィは絶品だ。また来るよ」
コック帽を取った料理長らしき中年男が、その言葉に感涙している。
「おお、お、俺の料理を褒めてくださった……」
ヴァルカンは頭を掻いて、照れ臭そうに愛想笑いを浮かべた。
そうして、ここにいる人たちに被害が出なかっただけよかったのだと、そう思うことにした。
しばらくして遅めの食事を終えたヴァルカンは、騎士団宿舎に戻ってファーガスに一部始終を報告し、夕刻になってから自身の領地であるオルガドへの帰路についたのだった。
ちょいちょい悪口言ってんの誰!?
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