ほとんどでたらめ
コトと、男がジョッキを置いた。
「さっきからあんたの言っていることがさっぱりわからない」
そう言ってサラダをフォークに突き刺した男の隣の席に、ヴァルカンは腰を下ろした。
すぐさまやってきた給仕に注文する。笑顔でだ。
「そこの彼と同じランチプレートをひとつ。それと果実酒を二杯頼む」
「はい、喜んで!」
そうして彼女が去ってから、男とは目を合わせずに口を開いた。
「キミのがうまそうだったから」
「聞いてねえ。だが、うまいよ、実際。俺の故郷じゃもう食えないものばかりだ」
男は痩せぎすだ。栄養状態がよくないのかもしれない。
装備はわからない。ローブに覆われている。
「それは楽しみだ。実はこの店には初めて入ったんだ。だから俺に特等席なんてないよ」
「興味ないな」
男はランチプレートのパンを手に取って、肉のソースをこそいで口へ運ぶ。
ヴァルカンは苦笑を浮かべた。
「ひどいな。尋ねたのはキミだろ」
「そうだっけ?」
すっとぼけるように、男もまた少し笑う。
卑屈な笑みだ。対するヴァルカンは明るい。
ヴァルカンが椅子の背にもたれ、少し背後を振り返った。
「ここは商人御用達の宿酒場でね。貴族や騎士畑の人間はあまり来ないんだ。別に制度で決められてるわけじゃあないけどね。自然と棲み分けができてる。取引所が近いからかな。騎士団の宿舎近くには別の酒場もあるし」
「道理で抜けた顔をした客層なわけだ」
「もしかして、俺も含めてる?」
「そこまで大胆じゃない」
少し言い淀んでから口をつぐみ、男はパンを詰め込むように食べ終えた。銀貨をいくらか置いて立ち上がる。
ちょうどそのとき、給仕がヴァルカンのランチプレートと二杯のジョッキを持ってやってきた。
席を立った男の前に、ヴァルカンは片方のジョッキを笑顔で差し出す。怪訝な表情を見せた男は諦めたようにため息をついて――……席に腰を戻した。
そうしてヴァルカンからジョッキを受け取った。小さな酒樽のようなジョッキを。
「曖昧に絡むつもりはない、か。強引だな。言っておくが、俺にそっちの趣味はないぞ」
「そこは安心してくれ。俺もだ。言ったろ。俺はキミと話がしたかった」
同時に甘い果実酒を煽り、ヴァルカンは頬を緩めて男は顔をしかめた。
「うまい! この酒は絶品だ!」
「……っ……。……あ~、実は甘い酒は苦手なんだ」
「そうなの?」
「ああ。ただ、まあ、たまには悪くねえか。確かに嫌いなことを再認識することができる。たとえ、どれだけ甘かったとしてもだ」
男は吐き捨てるようにそう言った。
「この国のようにかい?」
「くく、かもな。もっとも、いまの帝国もそう変わらんが」
それまでずっと陰気だった男が、戯けたようにそう言った。どうやら諦めたようだ。
屈託なく笑い合う。表情はほとんど見えないけれど。それでも。
男は天井を見上げて、もう一度ため息をつく。諦観のため息を。
「……どうしてわかった、アンダーウッド。商人御用達の酒場にいたからか?」
「知らなきゃ入る。そういうもんだろ。ああ、俺はあえてだよ? 理由は秘密だ」
剣に関わる者は少なければ少ないほどいい。騒ぎにならずに済む。
先ほどまでが嘘のような態度で、男は背もたれに片腕をかけて足を組んだ。そうしてヴァルカンの方へと身体だけを向ける。
今度は陽気に、会話を楽しむつもりのようだ。
「そんくらい知ってたぜ。こっちは騎士団がいねえだろうと思ったからこそここに入ったんだ。ま、もっと怖えのがきやがったけどよ。いくらあんたでも何もかもお見通しとは思うなよ」
商人だらけで潜伏するガリアナリス人にとっては安全だったはずの店だ。よりによってそこにヴァシスの〝剣聖〟がやってくるだなどと、誰が考えられようか。
それこそただの偶然なのだが。
「ふ、お見通しだ。俺はそういう店にこそいるかもしれんと考えて入ったのだ」
その偶然を必然の手柄にしようとしたが、鼻で笑われる。
「冗談はもういいって。んで、結局どうしてわかったんだ?」
「グラズヘイガ――あ~、ヴァシスではそう名付けられたあの魔猿のことだけど、獣臭があまりなかったんだ。それこそレヴニーよりもずっと清潔だ。つまりそれは常日頃からレヴニーを食っているような魔獣ではなかったということだ」
果実酒に顔をしかめて、男はヴァルカンのランチプレートへと手を伸ばした。ヴァルカンはプレートごと自身に引き寄せて奪われるのを阻止する。
舌打ちをした男が吐き捨てた。
「ケチめ。魔猿にゃ飼い主がいるってか?」
「そう。ずいぶんとお行儀のいい魔獣だ。まあこれは騎士団に呼び出されたあとになって気づいたことだけどね」
「ってこたぁ、王国騎士団もレヴニーの暴走が人為的なもんだってことに気づいてるってことか。キレ者とは聞いていたが、リーベルトってのも厄介な野郎だな。あの要塞都市を守り切っただけありやがる」
しまった、と気づいたときには手遅れだ。機密情報を敵に話してしまった。
ヴァルカンは苦笑しながらプレートから骨付き肉をひとつ取って、男に差し出した。
「……あの~、いまのは聞かなかったことにして?」
「ぶはっ、ふ、はは、はははは。変なやつだ。ま、いいだろう。ちょっとだけあんたを好きになったぜ」
男がそれを受け取ってかじりつく。今度はうまそうな顔をした。口元だけだが。
賄賂の完成だ。
「で、俺がその飼い主だと見破ったわけは?」
「レヴニーの死骸だ」
ヴァルカンが自身の首を指先でトントンと突いてみせる。
「発見できたのはほんの数体だけだが、正確に動脈をナイフで一突き。相当な手練れだ。外傷はそれだけ。あれは騎士や剣士、狩人のやり方じゃあないよねえ」
「それは答えになってねえな」
今度は男の胸元を指さす。ローブにすっぽりと隠された脇腹あたりだ。
「そのローブなんだが、旅商が着るにしてはサイズ合っていない」
「ふぅん?」
男は楽しむように口角を上げている。
「キミはよほど長期間、アーレンドラスの森に潜伏していたのだろう。それこそレヴニーの最初の被害が出た頃からだ。苦労は察するよ」
「まあな。大変だったぜ」
「だろうね。顔も肉体もずいぶんと痩せてしまっている。なのにローブの胸元だけが不自然に膨らんでいるんだ。まるでナイフの鞘ベルトが巻かれているみたいに」
食べきった肉の骨を噛んで、男は真面目な表情でつぶやいた。
「実は女なのよ……と言ったらどうする?」
「わはは、さすがに騙されんよ」
同時に破顔し、爆笑した。
何事かと周囲の商人や店員らが視線を向けてくるほどにだ。
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