やるときはやる男
騎士団長などになるものではない。心の底からそう思う。
世の騎士たちが、何を楽しみにしてこぞって競い合うように出世を目指しているのか、生来気楽なヴァルカンにはさっぱり理解できない。自ら重荷を背負い込むようなものではないか。
そんなことを考えながら、王国騎士団の宿舎を振り返る。
ただ、まあ。それでも誰かがやらねばならない役割だ。
そこを考えると、ファーガスは有能だ。剣の腕も立つし、人望も厚い。自身とは違って政治的立ち回りもできる。
あいつに任せておけば、ヴァシス王国は安泰だろう。知らんけど。
自身はあの男が困ったときにでも、ほんの少し手を貸すだけでいい。戦争中に城塞都市へと駆けつけたときのように。
騎士団長に選ばれたのがあいつでよかったと、心からそう思う。
それと同時に〝剣聖〟位を得られたことは運がよかった。戦争でも起こらない限りは、何せ自由だ。あくせく働く必要はないし、王命も下ってはこない。もっとも、プライベートで殿下から頼まれ事という名のハラスメントを受けることは稀にあるけれど。
何より、騎士団を抜けたことでリウと過ごす時間が増えた。それが嬉しい。
「とはいえ……」
王都中央。
噴水のベンチに背中を預け、晴天を見上げる。
餌もばらまいていないのに、足下に小鳥が集まってきた。
「暇だ」
リウが学校に行っている間は特に。帰ったとてやることがない。
隊以外でエイメリアと過ごすのも悪くはない時間だが、疑似家族として彼女の生活そのものを縛ってしまった以上は、可能な限り彼女にも自由になる時間を与えてやりたい。そのためにメイドや執事を雇ったのだから。
その上で、上官である自身が家にいては、エイメリアも落ち着かないだろう。
……などと考えていることが、彼女にとってどれだけ的外れであるか、朴念仁のヴァルカンは未だに気づいていなかった。
欠伸をする。
いつの間にか一羽の蒼い小鳥が頭に乗っていた。まるで気にした様子もないけれど。
「おまえ、この前もきてたよな。懐いたところで、餌ならないぞ」
目線を上げて話しかける。
かわいらしい生き物は好きだ。
小鳥は頭の上で跳ね、後ろを向いたり首を傾げたり。だがヴァルカンは追い払わない。
「お~い、おまえの仲間はみんな足下だぞ。野生ってのはそういうもんだろ」
ふと気づけば、ふたりの女性がこちらを見てひそひそと何かを耳打ちしていた。ヴァルカンはため息をついて立ち上がる。
いい歳をした男性が真っ昼間から公共の場でだらけていては示しがつかない――からではない。彼女らの瞳に少しの熱量を感じたからだ。好意だ。
「と……」
おそらく〝剣聖〟の素顔を見たことがある者だろう。
騎士団長に比べれば気楽な地位ではあるが、こういった場面では面倒でもある。自分など、ただの田舎の地方領主で十分だったのだが。このような薄い無精髭ではなく、立派な髭でも生えれば多少は誤魔化せるのだが。まったく困ったものだ。ふ。
格好をつけて薄く笑う。
こんなところで意味もなく仮面をつけるわけにもいかず、そそくさと逃げることにした。
ただ単に女性らは、頭上に愛らしい小鳥を乗せて対話を試みている身なりのよい男という珍妙な景色を見て笑っていただけともつゆ知らず。
そう、好意ではなく好奇だ。基本、戦闘とは無縁の場合、対人における推測がすべて的外れなのである。この男は。
小鳥もヴァルカンが動くと同時に飛び立った。
歩いていると、屋台から漂うよい匂いに腹が鳴った。
そろそろ昼時だ。しかし屋台で昼食を購入して公共の場で食べていたら、また誰かに見られてしまうかもしれない。
確か近くに商人御用達の宿酒場があったはずだ。
「なんか食べに行くか」
あそこの客層は狩人や冒険者ではない。剣に関わる者でなければ、周囲に正体を見抜かれることも少ないだろう。
そんなふうに考えながら武具屋を通り過ぎる。どうやらヴァレッツ工房は閉店中のようだ。仕入れだろうか。ついでに剣を返したかったのだが、次の機会になりそうだ。
しばらく歩いて宿酒場に到着した。
宿酒場〝空の珊瑚亭〟。しゃれた店名だ。
スイングドアを押して入店する。
「……?」
店員がヴァルカンに気づくより、ヴァルカン本人が空席を確かめるよりも早く、視線はカウンターの隅に座り、木製のジョッキを傾けている男に吸い寄せられる。
「いらっしゃいませー! こちらのお席へ――」
案内にやってきた給仕の案内に掌を広げて遮り、ヴァルカンはカウンターへと歩いた。給仕は待ち合わせだろうとでも思ったのだろうか。他の客に呼ばれて愛想のよい返事をした。
男はローブに身を包んでいた。旅人だろうか。店内だというのにフードまで被っている。
背後に立っても様子に揺らぎはない。皿の骨付き肉を囓り、一口、酒を飲む。
ヴァルカンは彼に声を掛けた。
「隣、いいかい?」
男は振り向きもせず、少し笑う。
「席なら他にいくらでも空いてる。それとも片隅があんたの特等席だったか?」
低い声だ。賑やかな店内で静かに囁いただけだというのに、よく通る。
フードに隠されて目元は見えない。だが男は病的なほどに痩けた頬をしていた。顔色も青白い。話し方も陰気だ。
けれども口元にだけ柔和な表情を浮かべ、男はこう続けた。
「どくよ。悪かった」
「いや、その必要はないよ。曖昧に絡むつもりもないんだ」
「……んん? そりゃどういう意味だ?」
浮かした腰を、男は再び椅子へと戻した。
店内のどよめきが遠のく。
ヴァルカンは目の前の男に集中する。すべての神経を目の前の男に向ける。
「なんだよ。だったら勝手に座ればいい。陰気な男の隣が好きとは物好きな野郎だ」
「曖昧に絡むつもりはないって言っただろ?」
面倒くさそうなため息をついて、男が問い返してきた。
「意味がわからねえ」
「話がしたい。他の誰でもないキミとだ」
「話なんざこっちにゃねえ。身に覚えもな」
今度は怪訝な表情をしている。いや、怪訝な表情の演技をしている。
「単刀直入に言わせてもらう。――このままヴァシスから手を引くつもりはないか」
「……」
ヴァルカンの言葉を証明するかのように、ジョッキを傾けた男の唇の端――口角がわずかに引き上げられた。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




