聞くだけ聞いといてこれ
ファーガスが眉間を指先で揉みながら言った。
「トルキアでの一件。レヴニーの暴走を引き起こさせたのは間違いなく魔猿の存在だ。だがそれ自体が、人為的なものだったという可能性が出ている」
「ん?」
リウのことが騎士団にバレてしまったのかと思った。だが、まるで違う。
あの日、自身やリウ、それにファーガスら騎士団の他に、誰かがあの森にいたということだ。
安堵する反面、何か胸騒ぎがした。
「人為的? グラズヘイガが操られていたということか?」
「何者かがトルキア村を襲わせていたということだ」
どちらも同じ。いや、違う。ファーガスが語ったのは、手段ではなく目的だ。目的を知れば相手が見えてくる。
グラズヘイガを操る必要はない。解き放つだけで森の生態系は崩せる。そうして最も弱い魔獣が人里へと弾き出される。
「トルキアを狙った理由は?」
「トルキア村はヴァシス最大の穀倉地帯でもある。他にもこの国で流通する家畜のおよそ二割がトルキア産だ。危険だが、森からの恵みも少なくはない。鉱石に石炭などな」
そうか。リウたち初等部はそれを学ぶためにトルキア村へと行っていたのだったか。
「人為的なものだったという見方の根拠はあるのか?」
「……グラズヘイガに襲われ行方不明となっていた小隊の数名が、騎士団や狩人以外の何者かを見たと証言している。グラズヘイガはその者に操られるような動きをしていた、と」
「暗い森で追い詰められている状況だ。見間違いではないのか?」
戦争中にも何人かいた。強烈なストレス下で幻覚を見てしまう者が。
ファーガスがゆっくりと首を左右に振った。
「小隊がグラズヘイガに急襲されたのは日が高いうちだ。それに目撃者は複数名いる。保護をしようと団の若いのが近づいたとき、その人物は指笛を鳴らした。その直後に小隊はグラズヘイガに襲われ、混乱の中で人物を見失ったのだ」
口を片手で覆ってヴァルカンはうつむく。
頭の片隅に何かが引っかかっている。
「……」
「ヴァルカン? どうした、森で何かを見たのか?」
「思い出した。傷だ。レヴニーの傷」
リウを小型の魔獣と間違えて追っていたときに、剣で斬ったり突いたりしてできた傷ではない死骸があった。ナイフで動脈だけを正確に貫いていたやつだ。
傷口自体は指一本分の大きさもない。流血がなければ無傷に見えるほどに小さなものだった。相当な手練れであることがわかる。
ヴァルカンはそのことをファーガスへと話した。
「やはりか……」
「となれば最も有力なのは……」
声が重なる。
「ガリアナリスか」
「ガリアナリスだ」
ガリアナリス帝国。
わずか一年前まで、ヴァシス王国を呑み込み併合しようとしていた敵国だ。
「しかし現皇帝は戦争に反対している穏健派のはずだろう」
「そうだ。ヴァルカン、おまえが強硬派のロンガース公爵を討ったことにより、皇室が本来あるべき権力を取り戻し、戦争は終わったはずだ」
「なぜいまになってちょっかいをかけてくるんだ?」
ファーガスが両腕を組んで首を振る。
「わからん。帝国で何かが起こっているのかもしれん」
「この推論があたっていたら、まだまだ事件は続くぞ、ファーガス」
「わかっている。それにしても、細い動脈をナイフでたった一突きか」
そこだ。交戦の痕跡すらなく、ただ一突き。
レヴニーなど珍しくもない魔獣だ。それこそ帝国にだって存在しているだろう。だが、よほど生態に詳しい者ではない限り、頸部のどこに動脈が通っているかなどわからないだろう。それを探るでもなく一突きだ。
レヴニーを解剖したか、あるいは戦った経験がなければできることではない。
ヴァルカンはつぶやく。
「気をつけろよ、ファーガス。敵は暗殺者としての腕を持ち、同時に魔獣碩学の頭脳をも併せ持つ、帝国の魔獣使いだ」
「だろうな。ひとり三役ではないことを祈るよ」
複数名が役割分担していたら、それはそれで面倒が増えそうなものだが。
「……やれやれ、騎士団の長期派遣も考慮に入れねばならんか。当分は眠れぬ日が続きそうだ」
「あ、俺の鍛錬は?」
げんなりしていたファーガスが、その言葉ににっこり微笑む。
だがすぐにこめかみ付近に青筋が浮いて。
「できるか阿呆っ!! 俺のどこにそのような暇があるというのだっ!!」
「で、ですよねー……」
激高したかと思えば、今度は肩を落とす。
「帝国が動き出したのであればレヴニーのトルキアへの大移動は防げても一時的なものとなるだろう。トルキアへの駐屯も本格的に開始するのであれば、今回のようなキャンプというわけにもいかん。駐屯地の建設から派遣する部下の選別、謎の魔獣使いが暗躍しているならその調査にさらに人員を割き、王家への説明責任も果たさねばならん。同時にヴァシス中に散らばる町や村の被害状況を確かめ、各領主にも忠告をせねばならん。必要があれば団を中央より派遣するために編成を見直し――……」
指折り語るファーガスの口が止まらない。
さすがに同情を禁じ得ない。おそらくファーガスは、戦時中に北方城塞都市イェドラの領主を務めていた頃よりも忙しくなるに違いない。
指の数が足らなくなる頃、唐突にファーガスは言葉を切って項垂れた。
「かわいそう」
「おまえが言うなッ!! おまえが騎士団で順当に出世していれば半分は任せられたというのに、さっさと跳び越えていきおってっ!! 何が子育ては大変だっ!! 俺は子を作る暇すらろくにないのだぞ!?」
「お、おお。かわいそう」
確かに。自身の悩みなど、この男の背負った苦労に比べれば。
再び天秤が傾く。心の中の天秤だ。片方には様々な重責という重みに押し潰されそうなファーガスが乗っており、もう片方には小さく身軽なリウがちょこんと愛らしく座っている。
当然、リウに傾いた天秤はファーガスを勢いよく打ち上げた。前回以上に派手に空を舞ったファーガスが、べしゃりと地面に落ちる。
ヴァルカンはそっと背中を向けてドアに手を掛けた。
「そろそろ帰るわ。頑張れよ、ファーガス」
「やかましい! もう騎士団の矜持などどうでもいい! 聞いたからにはやはり貴様も手伝――!」
部屋を出て後ろ手でドアを閉ざした。
そうして思う。
そんなことをしていては、リウと遊ぶ時間がなくなるではないか。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




