結局バレる
ヴァルカンがトルキア村での事の顛末を知ったのは、筋肉痛の取れた翌々日、日課のように騎士団宿舎を訪れたときだ。とはいえ、今日はヴァルカン自らが赴く前に、昨日時点でファーガスからの呼び出しがかかっていたのだけれど。
あの日――。
どうやらルーネスの所属していた小隊は、同時刻、すでに森へと入っていたファーガス率いる本隊により、救出されていたらしい。
危なかった。鉢合わせていたらファーガスから大目玉を喰らっていたところだ。
何にせよ、奇跡的に騎士団から犠牲者が出なかったことは僥倖であったと言える。
ちなみに、今回の事の発端となっていた魔猿を討った仮面卿アルカンに関しては、ファーガスが直々に王都の狩人ギルドに問い合わせたらしいが、プライバシー保護の観点から明かされることはなかったそうだ。
あの受付嬢には感謝しなくてはならない。
ちなみに、アルカンなる人物の娘に関しては、そういった存在すら騎士団はつかめていない。要するにルーネスは、約束通りリウのことだけは報告すらしなかったようだ。善き青年――いや、少年である。
で、残る問題はアルカンなる人物の正体なのだが。
うん……。
こつ、こつ、こつ。
ファーガスが執務机を人差し指の指先で叩く音が響いていた。
さっきから視線が痛い。疑惑の視線だ。
ヴァルカンとファーガスは、ふたりきりで王都にある騎士団の執務室にいた。ファーガスは執務机についていて、ヴァルカンはなぜか尋問用の椅子に座らされている。
客用ではない。尋問用だ。
「……ほう、なるほどなあ。おまえはあの日、王都でただただ時間を潰していたというわけだ」
「そ、うだとも。なんなら我が家の執事に尋ねてみるといい」
喉が詰まった。嘘というものは実体がないくせに、不思議と詰まりやすいのだ。喉にも心にもだ。罪悪感という塊は飲み下すことが難しい。
「あの日、夫人にいただいたパイの味は最高だった。嘘だと思うなら、いますぐにでも尋ねにいくといい」
ラーナ夫人に尋ねられたら厄介だが、エリックが一緒ならばうまく間に入って誤魔化してくれるはずだ。あの老執事はなかなかに鋭い。
「ああ。おまえが執事宅に向かう姿を見ていた民がいたからそれは知っている」
ひ……っ!? す、すでに調べられている。
ヴァルカンの喉がグビと大きく動いた。
「その後はどうした?」
「あの、ほら、噴水とか見てたら日が暮れてたり? そういう、その、なんというか、ファーガスにだってたまにはそういう日もあるだろ?」
冷たい視線でファーガスが口を開いた。
そうしてぴしゃりと言い切る。
「俺にはない」
俺にもない。
危ない。同意しかけた。
「立場上自由な〝剣聖〟とは違い、騎士団長というのは毎日忙しいものでな。このような状況ばかりでは早く老けてしまいそうだ。好き勝手やれてるおまえがうらやましいよ」
旗色が悪い。
少し話題を逸らすことにした。
「しかしレヴニーを群れごと追い立てるような巨大な魔獣を屠るとは、そのアルカンなる人物、なかなか大したものだな。ギルドに所属していたんだって? どうだ、騎士団に迎え入れてみては」
出たばかりで、また入るつもりはないが。
ファーガスの視線が冷たい。
「……」
「それにしても巨大な魔獣かあ。グラズヘイガって名付けられたんだっけ? 俺も見てみたかったなあ」
新種の魔獣、魔猿につけられた名だ。魔獣碩学らが運ばれた死骸をもとに名付けたらしい。
正直、二度と遭遇したくないと、ヴァルカンは思っている。あの瞬間、リウが武器を失うことを恐れずショートソードを投げてくれていなければ、自身はあの魔猿グラズヘイガに消化されていたかもしれない。
いや、そのつかみ攻撃自体はどうにかできただろう。だが、グラズヘイガの不意を突ける機会は二度と得られなかったはずだ。
思い出しても寒気がする。
「まあいい」
ずっとヴァルカンの周囲を靴音を立てながら歩いていたファーガスが、執務机に腰を下ろした。椅子ではなく机にだ。
「なんにせよ、アルカンなる人物に助けられてしまったことは事実だ」
「よかったではないか。団に犠牲者はいない。人物が不詳であれば公表の必要もない。公表の必要がなければ騎士団としての矜持も守られる。どこにも問題はないだろう」
ファーガスがヴァルカンを睨み、しばらくしてため息をつく。
まるで騎士団の矜持は守れても、己の矜持は守れんとでも言いたげだ。まったくその通りではあるのだけれど。
先ほどから汗が止まらない。今日の執務室は少々気温が高く感じられる。
「それとな、ヴァルカン。少し話しづらい内容ではあるのだが――」
「なんだ?」
「ああ、おまえはアルカンではないのだったな。ならば関係はないか。すまん、忘れてくれ」
そういう言われ方をしては気になるのが性分だ。
ヴァルカンは尋ねる。
「気になるだろう」
「部外者には話せんことだ」
「アルカンの名を絡めたということは、トルキア村での一件に関することだろう? それならヴァシスの〝剣聖〟として多少関係あるのではないか?」
ファーガスが珍しく戯けるように肩をすくめた。
「……まあな。あるにはあるが、まだ確証も何もないこと。おまえがアルカンであるならば気づけたこともあったかもしれんと思ってな。いやすまん、別人であったな。――今日はもう帰っていいぞ。疲れているところを呼び出して悪かったな。ああ~っと、疲れるようなことはしていないか」
「……」
「帰れよ」
名乗ってしまいたいところだが、そういうわけにもいかない。
だが、ああ、気になってしまう。しかし、ここで友情を失えば誰が己を鍛えてくれるというのか。歯がゆい。
仕方なく、立ち上がるしかなかった。
「ではな、ヴァルカン。シッシ」
「あ、ああ、えっと、相談なら聞くが?」
「相談などない。帰れ」
そう言って後ろ髪引かれる思いでドアに手を掛けたとき、ファーガスが「あ」と小さくつぶやいた。
振り返る。
「ヴァルカン、預かり物だ。先日、忘れていっただろう」
ファーガスが懐から取り出したものを投げて寄越した。金属製の板だ。片手で受け止め、狩人ギルドでもらった免状であることを思い出した。
「おお、すまんな。あ……」
ファーガスの額に青筋が浮く。その顔色が怒りで赤く染まった。
そうして下唇をめくり、歯の隙間から声を出す。
「ど・う・い・た・し・ま・し・て・だ。アルカン・アンダーウッド子爵」
「うふう……」
迂闊。あまりに迂闊。額に手を当て天を仰ぐ。
己の迂闊さに嘆きたくなった。だが嘆くより先にヴァルカンはその場にしゃがんで額に地面をこすりつける。
「ごめんなさい。気になるので聞かせてください」
「はぁ~。まったく、おまえは」
ファーガスが尋問椅子を指さす。
ヴァルカンはすごすごと椅子へと戻った。
「単刀直入に問う。あの日、アーレンドラスの森で、騎士団やおまえの他に誰かがいなかったか?」
「――んえっ!?」
リウの顔が浮かび、息を呑む。
色々とまずい。知られるのは。
だが、ファーガスが発した次の言葉は、そんな予想を遙かに上回るものだった。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




