なんでー?
――ギィィィャァァァァァァ!
一斉に群れが吼えた。
「ぬ、ぐ……っ、俺じゃねえって……のに!」
正面からぶつかることは避けたかったが、あの影を見失うわけにもいかない。ゆえに、覚悟を決めてヴァルカンは牙剥く群れへと斬り込んだ。
走りながら頭を屈めて噛みつきを躱し、身をひねって胴を斬る。仕留めたかどうかを確かめる間もなく次の個体の眼球を切っ先で貫き、悲鳴を上げたそいつを盾にして他の個体の跳躍蹴りを防いで、別の個体の頸部を刎ねた。
止ま、るな――ッ!
足を止めれば死ぬ。
だから走る。群れが取り囲みながらついてくる。追いついてきたやつの後脚を斬って転ばせ、とどめは刺さずに側方へとステップを切る。
「ぐお!」
想起させられるのは、一年前の殿だ。だが今回は馬がない。こうも囲まれてしまってはもう引き剥がせない。
「ぶは……っ」
魔獣独自の速度に任せて回り込んできた個体の噛みつきが届く前に頭部をかち割り、崩れていく頭に手をついて跳躍、側方からの引っ掻きを躱した。
動け、とにかく動け――!
そう自分に言い聞かせる。でたらめでもいい。足を動かせ、と。
わかっている。めちゃくちゃだ。こんな無謀な戦いは戦場でだってしたことがない。前後左右、下手をすれば上空まで敵の姿がある。
泥を巻き上げながら地面を転がって、鋭いかぎ爪での踏みつけを躱した。
剣を振るい、地を蹴る。
どれだけ移動しても、群れは常にヴァルカンを取り囲むようについてくる。こうもすっかり取り囲まれてしまっては、先ほどまで行っていた逃走しながら一体ずつ相手をするという方法も使えない。
全滅させなければ、こちらが殺られる。
小川の水を蹴って渡りながら、背中を引っ掻こうとしてきたやつの両目を跳躍回転しながら引っ掻き、着地と同時にまた走る。
「はは……っ」
血風が吹きすさび、レヴニーの怒りの咆吼が空気を震わせた。
前脚のひっかきを剣で受け止めて腹を蹴り押し、よろけたところで喉元を貫く。小川から飛び出して振り返り、力任せに頭蓋を斬って割る。背後からの噛みつきを身を回転させながら躱し、慣性を利用して斬る。
「ふうううう!」
案外――。
案外なんとかなるもんだ。
「――ッ」
二体が左右から追い抜いて前方へと回り込んできた。そいつらの頭部を踏みつけて跳躍し、さらに回り込んできた一体の頭部を着地と同時に貫く。
そうしてしばらく。
ヴァルカンの足下、流れる川は真っ赤に染まり、十数体ものレヴニーの死骸が転がっていた。
これまでとは違う手応えを感じる。なるほど、自分にはこういう強引な戦い方もできたのかと、気づきを得た。
「……よい鍛錬にはなったか」
リウに一歩、近づけた気がする。
ファーガスとの次の手合わせが楽しみだ。
けれども、いまはそれ以上に――。
小さな魔獣はすでに影も形もなかった。
いったいあれはなんだったのか。あの移動速度に身のこなし、トルキア村近辺で放置するにはあまりに危険すぎる。
幸い、走り去っていった方角だけはわかる。あの調子なら、謎の影はおそらく一直線で進んでいることだろう。
ふと気づく。
そう、やつは一直線だった。
「どこかに向かっている……?」
一度狩人ギルドの手を借りるため、トルキア村へと戻るべきか思案する。
だが、ここ。同じ場所に戻ってこられる自信がない。黒い小型魔獣の移動速度が尋常ではなかったため、大樹に印を刻むことさえできていない。おかげで村の方角も、大雑把にしかわからなくなってしまった。
だが地図上の問題以上に、レヴニーの群れをものともせずに突っ切っていったあの黒き魔獣の正体が気になる。へたをすればレヴニーたちは、あの魔獣から逃れるため、人里の方へと逃げてきていたのかもしれない。
足下に転がるレヴニーの死骸を見下ろす。
「……」
あり得るな。あれはあきらかにレヴニーよりも格上の魔獣だ。
もしやあれを狩れば、レヴニーの大移動を防げるのでは。
「もう少し追うか」
剣を振って血を払い、鞘に収めてヴァルカンは再び走り出した。
トルキア村方面ではなく、森のさらなる奥へと向けてだ。魔獣の去った方へ。
痕跡はすぐに見つかった。
樹木や岩石こそ数歩迂回しているが、草木は踏み潰し、細枝は引き裂きながら進んでいる。それだけではない。
「なんだ、この数の死骸は」
レヴニーの死骸が至るところに転がっている。
いずれも裂かれたような傷跡だ。少し腐敗の進んだ古い死骸から、いままさに屠られたと思われる新しい死骸まで様々だが、この数は異様だ。ヴァルカンが今日狩った数を遙かに凌駕している。
しかも、やつが去った方角に向かうほどに増えていた。
「ん?」
その方角――目を凝らす。
「気の……せいか……?」
何かが反射した……?
一瞬だけ光が、無数に生い茂った樹木の隙間から見えた気がしたのだ。
騎士団か?
死骸の血で滑らないよう、気を払いながらも足を速める。
ほどなくして、立ち回りの痕跡が見えた。相手は無数のレヴニーだ。どれもこれも裂かれて皆殺しにされている。あたりは血の海で、悪臭が目に染みるほどだ。
「おいおい……」
ここらへんは今し方殺害されたと思しき新しい死骸だらけだ。例の魔獣が通過しながら屠っていったのだろうか。
だとしたら相当なバケモノだ。わかってはいたが、想像を上回っている。小型でこの脅威だとすると、未だ人類が発見できていない魔獣かもしれない。
伝説の竜人か。それとも魔族か。でなければ天使か。いずれも物語の中だけの存在だ。
背筋に悪寒が走る。乾いた唇を舌で舐めて湿らせた。
手強いぞ。俺も気を引き締めねば。
さらに進むと、再び光が見えた。
炎の色ではない。何かが反射したように一瞬だけ。月光の反射か。金属があるのか。
ギィギィとレヴニーたちの鳴き声が遠くから響いている。それも無数にだ。
視線の先だ。いるのだ。例の魔獣が、再びレヴニーの群れを襲っている。
舌打ちをしながら走る。革袋の水を飲みきる勢いで補給しながら。
もう少しだ。闇の向こう側。再び鉄さびや臓物の強い臭気が漂い始める。
――相手は格上、不意を突き一撃で殺す……!
極力危険を冒さず、確実に殺す。戦場での鉄則だ。
見えた。やつだ。
抜剣する。音をなるべく立てぬよう、シャララと静かに。
そうしてさらに足を速めた。
ヴァルカンの瞳が獲物を狙う肉食獣のそれへと変化する。これまでにない速度でヴァルカンは魔獣へと迫った。
「――!?」
樹木の根にもたれかかり、ぐったりと項垂れているのは騎士小隊の生き残りか。小さな魔獣は騎士につかみかかり、頭部を生死不明の騎士へと近づけて何かをしている。
喰っているのか!?
この――!
ヴァルカンは息を吸い、止めた。
そうして最高速度のまま――!
「おおおおおッ!!」
身を低く、魔獣の首を狩るように剣を薙ぎ払う――寸前で魔獣が振り返った。
「い――っ!?」
魔獣じゃない!
仮面だ。自身と同じような仮面をつけた……人間だ!
それも――。
「わっ!?」
声。聞き間違うはずもない声。
ゆえに。
「のわああああっ!? ったぁぁ~!」
勢いを殺しきれずにつんのめったヴァルカンは、気づけば頭から大地にすっ転んでいた。全身のラインが浮き出すほどにぴっちりとした服装をした黒ずくめの少女の前を、腐葉土を巻き上げながらド派手に転がり通り過ぎていく。
「いっ痛ぅ……て! おい、おい、冗談だろ……」
だが頭に葉を乗せたまま、ヴァルカンはすぐさま顔を上げる。
わかる。仮面をつけていてもわかる。あたりまえだ。毎日見ているのだから。
「おまえ、なんで、アーレンドラスの森にいるんだ……?」
「お、お父さんこそ……。びっくりしたよ~……」
そうつぶやいた少女は頭を掻いて仮面を外し、いつものように無邪気に微笑んだ。
学校から遠足に行っているはずの最愛の娘、リウだった。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




