なすりつけられた罪
すでに数えるのも馬鹿らしくなるほどの数のレヴニーを屠り、森を歩き回ってはいるものの、騎士たちの姿は未だ見えない。
アーレンドラスの森を彷徨い、一晩が過ぎていた。
だが、捜索は困難を極めていた。それは偏に、この森独自の形状によるものだ。
アーレンドラスの森はトルキア村に近づくほどに狭く、北東へと進むほどに大地を覆うように広がっている。当然、奥へと踏み入るほどに捜索範囲も広がるのだ。それも無限に。
ヴァルカンは方角を見失わぬよう、時折、印を大樹の幹に刻みながら進んできた。痕跡の見落としを避けるべく、西へ東へとジグザグに歩きながらだ。
ゆえに、直線距離にすればまだトルキア村とはまださほど離れてはいない位置にいる。
「小隊はどこまで入ったんだ……?」
実のところ、いくつかそれらしき痕跡は見つけていた。火がもたらす痕跡のように、わかりやすいものではない。
人為的に刃物で藪を払ったような切り口と、その近くに存在する人間の足跡だ。他にも戦闘が行われたように荒れている地面や、血痕もあった。岩に生えた苔で滑って転んだような痕跡もある。
だが、いずれも古い。切り口も足跡もだ。
そして足跡の向かう先は、大半が森の奥だ。トルキア村方面ではない。要するに行きは多く帰りは少ないのだ。
「やはりまだ帰還はできていないな」
舌打ちをして顔をしかめた。
厄介なのは小川だ。せっかく痕跡を見つけて辿っていても、彼らが川を歩けば消えてしまう。すぐ向こう岸に足跡がなければ、今度は対岸の川沿いから振り出しだ。
滴る汗が顎を伝って落ちる。
蒸し暑い。ひどく不快だ。鎧を纏ってこなくて正解だった。
ようやく発見できた痕跡から歩き出してすぐ。
轟くような足音に視線を上げ、顔をしかめる。
「なんだよ、もう」
またレヴニーの群れだ。
すでに昨夜から三桁近くは倒しているというのに、森の奥からトルキア方面を目指し、やつらの群れは移動している。騎士小隊とは正反対だ。
そのうちの一頭と目が合った。群れから離れ、方向転換をしてヴァルカンの方へと向かってくる。
「いい加減にしてくれぇ……」
剣を抜き、すり抜け様に斬って捨てた。
その悲鳴を聞きつけ、他のレヴニーらがギィギィと耳障りな金属同士を擦り合わせたような鳴き声を上げながら襲い来る。
背中を向けて走った。大樹を見つけては剣で方角を刻みながら、追いついてきた個体から斬る。斬る。斬る。
その数、およそ十五体。
「だはぁ……!」
四つ目の群れを壊滅させ、両膝に手をついて息を整えた。
もらった水で喉を潤す。店主が飲みやすいようにと混ぜてくれた果実の爽やかな酸味が地味に嬉しい。
すぐさまその場から離れる。血の臭いを辿り、別の魔獣が現れないとも限らないからだ。休息を取る暇もない。
発見できた痕跡の場所まで戻らなければ、見落としてしまいかねない。
だがその途中。
「お~い……頼むよ……」
また群れに出くわした。
走って距離を取り、追ってきた個体から殺す。
ひらすらその繰り返しだ。
そして痕跡を完全に見失った。
五つ目の群れを壊滅させ、苔むした岩に腰を下ろし、項垂れる。
ヴァルカンの目はうつろになっていた。
甘かった。やはり単独での捜索はなかなかに困難だ。
今朝方にはもう、狩人ギルドの増援狩人たちがトルキア村に到着しているはずだ。恥を忍んで一度トルキアへと引き返し、彼らと合流するか。
すでに百体以上のレヴニーを殺している。不明者の捜索は達成できてはいないが、駆除目的であれば相当な成果だと言える。
しかしトルキア村に戻るにしても、もう夕暮れだ。さほどの距離もないとはいえ、戻る前には日が暮れてしまうだろう。そうなれば方角を見失ってしまう。
「二度目の野宿か……」
昨夜は樹上で眠った。地面には、魔獣の他に毒蛇や毒虫、蛭といった危険がある。まあ大体は枝の上にも似たような脅威はあるが、魔獣が来ないだけまだマシだ。
大樹を探す。自身の肉体を支えられるだけの枝を持つ大樹を発見できなければ、眠っているうちに落下して動けないところを噛まれる、などという最悪のシナリオもある。
そんな折。
遠くの方から奇妙な音が聞こえた。
藪を突っ切り、森の奥へと走っていくような足音だ。ドン、ドン、というリズムを刻むレヴニーのものではない。
「なんだ……?」
迷いはなかった。
追う。
あれを見逃してはならない。そんな気がした。
夕暮れの森を、黒い影は疾走する。
軽やかな足音を響かせ、倒木を静かに跳躍で躱し、音もなく着地。藪を鋭い何かで一掃し、とてつもない速さだ。
目を凝らしてもそれが何かわからない。黒い。全身が。否、闇にわずかに引かれた軌跡は小さな黄金色か。
もっと、もっと近づかなければ。
ヴァルカンは走る速度を上げた。幸いにも、あれが通ったあとは走りやすい。下半身を覆うほどの藪は綺麗に払われているからだ。
「……人間……? ……いや、魔獣か……?」
いや、速すぎる。とても追いつけない。いまが昼ならばともかく、人間が夜の闇に包まれた深い森で出せるような速度ではない。
辛うじて引き離されていないのは、やつが藪を払い、踏み潰しながら突き進んでいるからだ。ヴァルカンはそうしてできた道を辿っているというのに、到底追いつけそうにない。疲労も蓄積しているとはいえ。
じわじわと引き離されていく。
本能が警鐘を鳴らす。
これ以上の追跡は危険だ、と。
だが。
「信じられん……! む、あれは――!」
レヴニーの群れ!
前方、追う小さな影より遙か先。ギィギィと耳障りな鳴き声が聞こえる。
「お――!」
だが次の瞬間、ヴァルカンはさらに驚愕した。
当然進行方向を変えるであろうと思っていた黒い影は、その速度を落とさないままレヴニーの群れへと飛び込んだのだ。
直線で、一瞬の躊躇いすら見せずに。
そうしてやはり最高速度のまま、レヴニーを森の藪同様に鋭い何かで引き裂きながら群れの横っ腹を易々と突っ切った。
「なんだそれは!?」
辺り一面に真っ赤な霧が立ちこめる。
あの小さな影は、群れが反応するよりも速くつっこみ、縦横無尽に引き裂きながらど真ん中を突っ切ったのだ。群れが仲間の死に気づいたときにはもう遙か遠く。
そうして当然、群れの怒りは、いままさに飛び込んできたヴァルカンへと向けられる。
嘘ぉ~……。
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