想定外の事態
若き狩人らに囲まれ、ヴァルカンは大きく喉を動かして嚥下した。
「すまないが、いまは時間がないんだ。諸々、次の機会でよいか?」
「は、はい。申し訳ありませんでした。――おいてめえら、下がれ! アンダーウッド子爵がお困りだろうが!」
「何仕切ってんのよ」
不承不承といった具合に、みなが距離を取ってくれた。もっとも、距離が数歩開いただけで、観察するように取り囲まれたままではあるけれど。
秘密を共有する人数は少なければ少ないほどいいのだが、数えて十名か。ため息が出てしまう。
ここでうまく狩人登録ができて、レヴニーどもの退治を無事に済ませたとしても、万に一つ、どこかから自身の正体が明るみになったら、ファーガスを本気で怒らせてしまう。
そうなれば誰がこの身を鍛えてくれるというのか。
いや、しかし。
脳裏に天秤を思い浮かべる。片方には重々しいフル装備のファーガスが乗っていて、もう片方には小さなリウがちょこんとかわいらしく座っている。
古き友とはいえファーガスの怒りなど、愛しきリウが向けてくる失望の眼差しと比べれば。
すさまじい勢いでリウの側に加重がかかり、ファーガスは空に投げ出されて地面にベシャリと落ちた。
ヴァルカンは腰砕けとなったままの受付嬢を見下ろして、口を開く。
「偽名で登録って、できる?」
とても愚かな男の決断だった。
「で、できません。わ、わたしが、知ってしまった以上……は」
オレンジ色のソバージュが勢いよく揺れる。
「そりゃそうか」
できるわけがなかった。
そもそも油断して仮面を外されなければ、偽名を偽名と知る者もいなかったのだが。こうなってしまった以上、もうどうしようもない。
作戦をイチから練り直しだ。
「邪魔したな」
男は肩を落として受付嬢に背を向けた。
「ほ、本来なら、できませんが――」
振り返る。
「できませんが?」
続きを待つ。
オレンジ髪の受付嬢が顔を上げた。ズレた眼鏡を直しながら。
「現在、狩人ギルドは手が足りない状況に陥っています」
「トルキア村の一件か?」
受付嬢がうなずく。
「子爵もご存じでしたか」
「まあな」
「レヴニーの群れが一斉に森から平地へと移動を開始しているのです。騎士団に応援要請を出し、百名あまりの騎士たちがいくつかの小隊に分かれて駆除のため森に入ったのですが、うち数隊が行方不明となっています」
ヴァルカンの眉がぴくりと震えた。
おい、おい。
それは聞いていないぞ。
ファーガスが王都に戻らないわけだ。
あいつに限っては心配ないだろうが、他の騎士――それも若輩の騎士たちが全員帰還できていない状況では、王都に戻るわけにはいかないことも理解できる。それに騎士団がたかが魔獣の群れごときに敗北したなどと民に知られては、国の恥となってしまう。
思っていた以上に大変な事態に発展している。
「この情報は本来であれば箝口令の敷かれた軍事機密なのですが、トルキア村とレヴニーの一件は我々狩人ギルドの救援要請から開始された話ですので、特例として知らされています。ですのでどうか――」
「わかっている。他言はしないし、聞いた以上は手を貸す。偽名でよければ一旦登録させてくれ」
「ええ。偽名に関しましても、出自が確かなことはわたしがこの目で確認済みです。この場では問題なしとします。もし上層部から除名処分を受けるとしても、後日になるでしょう」
「ありがたい」
事態がそれほど逼迫しているということだ。
受付嬢の顔がわずかに弛む。
「こちらこそ、色々と話が早くて助かります。狩人ギルドは明日にはトルキア村へと向けて出立する予定です。急で申し訳ありませんが、子爵の準備はお済みでしょうか」
少し考えたのち、ヴァルカンはつぶやく。
「……いや、俺は今日発つ。別行動の方が何かと都合がいい」
正直言って、現状の狩人らの実力では足手まといだ。彼らを守っていては自由に動けない。
「しかしそれでは御身の――」
危険すぎる、とでも言いたかったのだろう。
だが〝剣聖〟であるヴァルカンに対し、その言葉が彼への侮辱にあたる可能性を考えて呑み込んだようだ。
ヴァルカンは彼女を安心させるために続ける。
「レヴニーの群れを駆除しながら、森で騎士小隊を捜索すればいいのだろう。戦争での殿に比べれば、さほど危険な任務というわけではない」
「そう、でしょうけれど……」
「それよりも仮で構わん。狩人の免状だけすぐに出してくれ。それとも試験が必要だったりするか?」
「まさか! あなた様に対し、滅相もございません!」
ソバージュが再び勢いよく揺れた。緊張感が抜けたからか、さっきよりもさらに頬が紅潮している。
「ご登録名はいかがなさいましょう?」
「アルカンだ。農村地方の庶出ゆえ姓はない、とでも記しておいてくれ」
リウを拾った日、彼女にヴァルカンという名を教えて最初に返ってきた呼び方だ。ちなみに二度目はバリカンだった。どちらか迷ったのだが、不思議と後者の響きは嫌だった。
受付嬢はカウンター裏の戸棚から、荘厳な弓矢の紋様が刻まれた金属製の小さなプレートを取り出す。そこにナイフでアルカンの名を乱暴に刻んだ。そんな作り方でもそれなりの見た目に見えることに感心する。
そうして彼女はヴァルカンにそれを差し出した。
「こちらが仮の所属証明となります。必要でしたら本証明も後日お渡しできます。ああ、上層部が許可を出してくれれば、ですが」
「わかった。恩に着る」
受け取るなりヴァルカンは、ご機嫌な狩人らに見送られながら、ひとり狩人ギルドをあとにした。
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