結局こうなる
「野郎、抜きやがったぜ!」
「気をつけろ! みんな、抜け!」
弩が放たれる。同士討ちを避け、ヴァルカンの足下へと。
だが百戦錬磨のヴァルカンにとってはお見通しだ。想定内の角度。ゆえに剣で払ってあっさりと弾き、さらにカウンターへと向けて走り出した。
「バカな!? 矢を剣で――!?」
立ち塞がった剣士の脇を烈風のような速さですり抜け、振り下ろされた斧槍の長い柄をつかむ。斧槍使いは引き戻そうとするも、ヴァルカンは微塵も動かない。
焦った斧槍使いが口を開く。
「く、は、放せ!」
「はい」
突き放して尻餅をつかせ、さらにカウンターへ向かう。
視界が陽炎のように歪んだ。これは知っている。戦時中に何度か見たことがある。建物内でよく使われる魔法だ。
つま先に力を込め、軽く地を蹴った。
――爆破!
何も存在しなかった空間が爆ぜた。が、その頃にはすでにヴァルカンの姿は通り過ぎている。平然とだ。
爆破の勢いを背中に乗せて跳躍、誰一人として追いつけぬまま、ヴァルカンはカウンター上で双剣を抜きかけていた受付嬢を全身で押しやるようにして、重々しい音を鳴らしながら壁に手をついていた。
むろん、受付嬢が背中を壁に強く打ち付けないよう、もう片方の手で彼女を支えるのも忘れていない。無駄に紳士であるがゆえに。
「イタタタ。――あ、すまんね」
「……は?」
両手で双剣の柄を握ったままの受付嬢が驚愕に目を見開く。武器はまだ抜けてすらいない。あまりの早業に、ただ固まることしかできなかった。
他の狩人たちにとっては、彼女を人質を取られたようなものだ。もう誰も踏み出せない。当然、矢や魔法も放てない。放てば受付嬢にあたる。
ゆえの、膠着。
狩人ギルドを緊張と沈黙が支配した。
ヴァルカンが少し困ったようにつぶやく。
「すまないが、本当に正体は明かせないんだ。ここに来た用事は、俺も狩人ギルドに登録をしたくてな。ただそれだけなんだ。わかったら武器を納めて欲しい。俺もほら、先に納めるよ」
そう言って、剣を鞘に滑らせる。
またしても沈黙が訪れた。
やがて受付嬢が至近距離から呻くように言った。
「しょ、正体不明の人は登録できません! そんなことが許されるわけないでしょう! 悪人かもしれないのに!」
「……そうなのか?」
ヴァルカンが油断したその瞬間、受付嬢が片手でヴァルカンの仮面を跳ね上げる。
「あ」
「え……?」
至近距離で目が合った。その目が大きく見開かれる。
慌てて顔を片手で覆ったが、もう遅かった。
ヴァルカンの素顔を見てしまった受付嬢は、壁に背中を擦らせながら腰を抜かした。
「え……。嘘……」
ヴァルカンは慌てて落とされた仮面を拾い上げ、顔に装着する。
不幸中の幸いだ。壁側を向いていたおかげで、受付嬢以外には見られていない。この娘だけを黙らせれば正体は隠せる。はずだったのに。
「け、剣聖ヴァルカ――んぐ!?」
紅の引かれた艶やかな唇を片手で塞いだときにはもう遅かった。
背後でざわつきが急速に広がっていく。
「いま、ヴァルカンって聞こえたが……」
「それってあの方と同じ名前よね」
「おい、おい、まさか」
「いや、だってさっきの身のこなし、並大抵のもんじゃなかったぞ」
ざわざわ、ざわざわ。時折〝剣聖〟という言葉が聞こえる。
ヴァルカンは肩を落としてため息をついた。
ああ、もう。何をしてもうまくいかない。自身が〝剣聖〟として討伐隊に参加しては意味がないのだ。騎士たちの名誉を穢すことになってしまうのだから。だからこそ、正体不明の新人狩人という立場で参加したかったというのに。
諦めて仮面を取る。
「ひぃ……っ」
受付嬢が両手で口を覆って息を呑んだ。
「いや、ひぃ、て……。怪物じゃないんだからさあ。中年男は繊細なんだ。顔を見てそのような反応をされては傷つくものだぞ」
「も、も、申し訳ございません……! アンダーウッド子爵……!」
受付嬢の頬が急速に赤みを帯びていく。
そうしてヴァルカンはゆっくりと振り返る。他の狩人らの方へと。
絵に描いたように誰もが息を呑んだ。
「本物……か?」
「俺、一年前の凱旋時に見た。彼は本物だぜ」
「おいおい。英雄様がこんなところに何しに来てんだよ」
ざわざわ、ざわざわ。
「な、なあ、謝った方がよくないか」
「あんた、後ろから斬りつけてなかった? あれ卑怯だよ?」
「おまえなんて魔法撃ってたろ?」
「あたし!? それは、だ、だって……魔法じゃなくて魔術だし……」
ヴァルカンが躊躇いがちにつぶやく。
「気にしなくていいよ。紛らわしい格好をしていた俺に非がある」
場を支配していた緊張が、目に見えて弛緩する。棒立ちになっていた全員が、ようやく武器を納めた。
狩人の青年が駆け寄ってくる。そうして伏し目がちにつぶやいた。
「あ、あの、子爵。よ、よければ、私の革鎧にサインなどもらえませんか……?」
直後、大男から女性狩人まで一気に俺の方へと津波のように詰め寄せてくる。
「う、うわ、ちょ――」
あっという間に取り囲まれてしまった。
「すげえぞ、本物の〝剣聖〟だ!」
「道理でバカ強えわけだぜ!」
「見たか、さっきの動き。俺? なははは、当然なんも見えなかったっつーの!」
「ねえねえ、何しに来たの!? ほんとに登録するの!? パーティとか募集してません!?」
「抜け駆けすんな、この阿婆擦れ! 子爵と組むのは俺だ!」
どうしよう。このようなことをしている場合ではないというのに。
ああ、せめてこの羨望が狩人らからではなく愛しき娘からだったなら、どれだけ気持ちよくなれたことだろうか。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




