誤解なんです
様々なところから視線を感じる。
それはそうだ。普段着にしている丈長のチュニックに革ベルトは、ヴァシス王国では貴族の服装だ。そこに上級貴族が舞踏会で装着するような目元を覆う仮面をつけ、安い剣を腰に差して王都の人混みを闊歩しているのだから。
ヴァルカンが歩けば人々は道を譲る。
道行く母親は我が子を隠すように手を引いて、慌てて立ち去っていく。
誰も彼がこの国の英雄であると気づかない。
みな脳裏に浮かぶは、ヴァレッツ工房の店主が疑った通り「強盗」あるいは「変態貴族」だ。
この出で立ちのまま王都を闊歩するのには理由があった。
正体を隠している以上、レヴニーの討伐に加わるにはそれなりの理由が必要となる。〝剣聖〟の姿であれば強引にそこに交ざることは難しくはないが、そいうわけにもいかないのが現状だ。
ならば民間の協力者として討伐隊に加わる他ない。だがそれは簡単な話ではない。騎士団は戦争でもない限り、基本的に民間と共闘することはないからだ。
騎士、すなわち貴族は民のためにある。貴族の義務だ。税として一定数を民から納められる立場にいる以上、彼らのため命を張る義務がある。
だが今回の場合、発端が狩人ギルドからの要請だ。当然、ギルドとしても騎士団に投げっぱなしというわけにもいかず、いくらかは帯同しているはず。
そこに交じるためには、まずは自身もまた狩人ギルドに加入する必要が出てくる。
そう。ヴァルカンは狩人ギルドへと向かっていた。
そうして堂々と、且つバレないようにレヴニーどもを仕留めていけばいい。うまくいけばそれ自体が修行にもなる。
魔獣というものは基本的に人間よりも強靱な肉体を持つものだ。加えて命のかかる実戦ともなれば、良き訓練になるだろう。
王都北東地区――。
小さな区画ではあるが、ここらへんはギルドと呼ばれる民間団体の建物が並んでいる。狩人ギルドや開拓者ギルドはもちろんのこと、商人や農業、貿易など、様々な職種が存在している。
そのうちの一軒。
ひときわ大きな木造の建物の前に立ち、ヴァルカンは看板を見上げた。
「ここが狩人ギルドか。すんなり加入させてもらえるとよいのだが」
もどかしい。ヴァルカン・アンダーウッドのままの姿であれば、引く手数多であろうに。
そんなことを考えながらスイングドアを押す。キィと蝶番が軋む音がした。
一歩、踏み入れて。
見回す。丸テーブルがいくつかあって、そこに荒くれ者たちが酒場のように食事を取っている。立てられた可動式のボードには依頼書らしき紙がいくつも貼られており、多くの狩人たちはそれを真剣に見ている。
ほとんどが男性だが、わずかに女性の狩人もいるようだ。
「……」
へえ、こんなふうになってたんだ。
騎士団とはずいぶん雰囲気が違う。テーブルで食事中の男らは談笑しているし、立て掛けられた武器も様々だ。
剣や槍、弓に弩はもちろん、規格外の大斧や槍のように長い持ち手のついた斧槍なんかもある。エイメリアが見たら「振ってみたい」などと言い出しそうな棘鉄球は、殺傷力が高そうだ。
戦時中は色々相手にしてきたけれど、ゆっくりと眺められる空間でここまで揃うと壮観だ。
奥の方にはカウンターがあり、眼鏡をかけた若い女性が座っていた。
その女性と目線が合う。
「あら、いらっしゃいませ。ご依頼でしょ……う……か……?」
笑顔で話し始めた女性が徐々に表情を変え、途中で固まった。
当然だ。帯剣し、不自然に顔を隠した男が、無言で踏み込んできたのだから。
一瞬で敵意のこもった表情になり、女性が顎を上げて冷徹につぶやく。
「それとも、強盗でしょうか?」
「あ、いや、違う。俺は――」
受付嬢がどかりとカウンターに片足を乗せて、口角を耳まで裂くほどに上げながら凄惨な笑みを浮かべた。
そうしてヴァルカンの言葉を遮って。
「ここがどこだかわかっていない身の程知らずの悪党って、たま~にいるんですよ。挨拶を交わす際には仮面は取り忘れない方がいいわよ。初対面では特にね」
彼女が余裕のある声でそうつぶやいた瞬間、テーブルに座っていた荒くれ者たちが立ち上がり、自身の武器に手を伸ばす。
壁の張り紙を見ていた剣士も、魔女らしき女も。よく見れば受付嬢の腰にも、二振りの短刀が装着されている。
先ほどまで上機嫌に談笑していた男らが、一斉にヴァルカンを睨んだ。
「おい、兄さんよ。おまえが礼儀を弁えた一般人ってなら、仮面は取るべきだぜ」
「すまない。これは訳あって取れないんだ」
「だろうなあ?」
大斧の大男が片腕で刃を振るう。轟と虚空を先ながら迫った巨大な刃は、しかしヴァルカンの首筋に届く寸前でピタリと止められた。皮膚一枚、裂いてはいない。
大した豪腕だと、素直に感心する。
大男がもう一度口を開いた。
「なんなら顔面ごと削ぎ落としてやったっていいんだぜ。これが最後の忠告だ。さっさと仮面を取れ。狩人ギルドは怪しげなやつからの依頼は請けねえ」
避けられなかったわけではない。
殺気がなかった。脅しだ。だからあえて避けなかった。そもそも、ファーガスの鋭い剣に比べれば重量がでかい分、いくら豪腕だとしてもずいぶん遅い。こんなものは対人用の武器ではない。狩人なのだから仕方がないけれど。
ヴァルカンは巨大な刃を手で押しのけながら、意図して笑顔を浮かべる。
「礼を欠いたのは謝るよ。だが、すまんが素顔を見られるわけにはいかんのだ」
「そうかい」
ククと大男が笑う。
「なら牢屋かあの世で後悔しな」
大斧が両腕で背後まで引かれ、勢いよく放たれた。すさまじい暴風を纏いながら、刃を寝かせた大斧の断面がヴァルカンの上半身へと薙ぎ払われる。
誰もがヴァルカンが吹っ飛ばされて壁に叩きつけられると思った。本人だけを除いて。
ヴァルカンは地を這うほどに身を低くしてそれをかいくぐり、距離を詰めた。
「それは少し困るな」
視線が交叉する。
困ったようなヴァルカンの視線と、驚愕に目を見開いた大男の視線が。
「ハッ、言ってろッ!」
その背後から鞘に入ったままの剣が振り下ろされる――が、視線すら向けずにヴァルカンは自身の剣で払い除け、走り出した。
死角からの一撃で終わらせるつもりだった剣士もまた、大斧の大男同様に驚愕した。目を見開いて戸惑ったのだ。
この二者のみが瞬時に悟る。
――この男はただ者ではない、と。
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