甘え下手な英雄
店主がヴァルカンを見下ろしてつぶやく。
「あんたの顔……どっかで……。……まさかな……」
「あ~、えっと」
頭を掻きながら答えあぐねていると、店主が目を見開いた。
「おい、おい、おい、嘘だろ……。あんた、あのアンダーウッド子爵か!? お、俺、傭兵として参戦してたから終戦の日にあんたの凱旋を見たんだ! 間違いねえ!」
バレた。やはり生業が剣に関係している者の前では、すぐにバレてしまう。あの生還時の姿を見られていたのなら、他人のそら似で返すのは不可能だ。
髪でも伸ばすべきか。いや、髭さえ立派に伸びてくれれば、このようなことはなくなるというのに。うっすい顎髭が憎らしい。かつて頭髪なき英雄は頭皮にエリクサーを塗ることで髪を生やしたという謎の伝承が残っているが、己も顎にそれを使うべきか。まあ、そんな万能薬は実際には存在しないだろうけれど。
ヴァルカンは唇の前に指を立て、他の客からは見えないように手で顔を隠した。
「しーっ、頼むから静かにしてくれぇ……」
察してくれたのだろう。
店主がコクコクと何度もうなずく。
「わ、わかった」
そうして声を落とし、ヴァルカンの耳元で囁いた。
「だが、待ってくれ。うちは庶民のための武具屋で、主な客層は狩人ギルドや開拓者ギルド、それに大工用のノコギリや家庭用包丁の主婦なんかが客層だぜ。あんたみたいな〝剣聖〟様に売れるような逸品は取り扱っちゃいねえよ。悪いこた言わねえ、騎士団と正式に提携してる大手の武具屋に行った方がいい」
自分の店なのに、さらには悪党のような見た目なのに、ずいぶんと正直な店主だ。黙って金儲けに走ればいいものを、などと考えてしまう。
「いや、色々事情があってだなあ。それでは足がついてだめなのだ」
要するに、騎士団に売買履歴を知られてしまっては意味がないのだ。ファーガスに叱られてしまう。そうすれば教えを乞うことすらできなくなる。
なんとも情けない〝剣聖〟である。
「ん? ……足がついて……?」
「頼む、ヘルムを売ってくれ。顔さえ隠れればいいんだ。いや、上半分まで隠せるだけでもいい。あと、なるべく安くて見窄らしく見える剣も欲しい。貴族っぽい装飾など以ての外だ」
店主が困惑する。
この英雄お貴族様は何を仰っておられるのか、と。
「い、一応だが、バイザーつきのハーフならある」
「いいね! 錆びてたらなおいい!」
「だがあんなもんは下級兵士や金のねえ傭兵用だ。立派な騎士、それも最高峰の〝剣聖〟にゃ似合わねえよぅ?」
「だからその方が都合がいいんだって。とにかく顔を隠したいんだ」
訝しげな目で店主が問うた。
そうして言いそうに何度か言葉を呑み、顔を背けて横目で囁く。
「………………ご、強盗でも、されるご予定が……? さっきも……足がつくとかなんとか……」
強盗!? 俺が!?
「そのようなことをするか! 幸いにも金には困っとらんわ! ……耳を貸してくれ」
「え?」
強面の耳に口を近づけて、ヴァルカンは囁く。
「……身分を隠して騎士団の任務を裏から手伝うだけだ……」
「なんでまた? んなもん堂々とやりゃあいいじゃねえですか」
「……団にはメンツがあるんだよ……っ」
「あ、あー。なるほど。そうですかい。そりゃあ確かに面倒くせえや」
耳から離れて、半笑いで口を開く。
意地悪く、唇をねじ曲げて。
「店主。この件を他言すれば、あなたは団から目をつけられる……かも」
「んぇ!? う、うち、うちは、その、さ、探られて困ることなんざねえですし! お、納めるもんも、パキっと納めてまさァ!」
目が泳いだ。厳つい顔面で天井を見上げて、店主はため息をつく。
表情がくるくる変わる忙しい男だ。
「わかった。わかりやしたよ。じゃあもう好きに選んでくれ。そこの壁にいくつか並んでるだろ。それと剣だが、装飾じゃあねえですが、うちの店の宣伝用にロゴ入りで打ったもんなら安くしとくよ。ああ、斬れ味だけは保証するぜ。宣伝用がなまくらじゃアレだからな。その代わりあんた、店の宣伝をしてくれよな」
「ぬ……。わかった。それでいい。助かるよ」
今度はニィと笑う。
そうしてカウンターの内側に掛けてあったロゴ入りのロングソードをヴァルカンに手渡した。ヴァレッツ工房。そう掘られている。
店主の姓がヴァレッツなのだろうか。
「ほらよ。ハーフヘルムの値段は一律だから、しめて二千ヴァルシスいただきますぜ」
懐に入ったヴァルカンの手が、ぴたりと止まる。
そうしてすがるような目で店主を見上げた。
「や、嘘だろ!? さっき金はあるっつってたでしょうが! こっちはこれでもあんただからこそ勉強してんだぜ!?」
「店主ぅ……」
「き、気色の悪ィ上目遣いはやめてくだせえや! 見ちゃいられませんぜ!」
だがヴァルカンは引かない。なにせいますぐに必要で、いますぐは手持ちがない。
思い出せ。リウが何かを欲するとき、自身に見せるあの姿、あの潤んだ瞳を。あれならば、どのような堅物でもイチコロだ。
「ほら、端数も切ったし、さすがに〝剣聖〟様が相手でもこれ以下はまかりませんぜ!」
「……そこをなんとか、お願ぁ~い……」
「マジですかい、この英雄……」
ヘルムはとてもオシャレな舞踏用の仮面になった。
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