剣聖以外の何か
ヴァルカンはほとほと困り果てていた。
あの日、ファーガスと打ち合って以来、王国騎士団の宿舎に出向いても一向に相手をしてもらえなくなってしまったのだ。一秒でも早く、剣の腕を磨かねばならないというのに。
だが別段、邪険に追い払われているというわけではない。
どうやらあれ以来、連日トルキア村近辺で魔獣の群れが頻出してしまっているらしい。
当然、ファーガスたち王国騎士団の手により幾度となく駆除は行われている。ところが数日も経過すれば、同種の魔獣が群れを成して現れるのだ。
あの日出現したのは〝腐肉喰い〟レヴニーと呼ばれる、大きな一角を持った四つ足の魔獣だ。前脚は短く退化しているため、強靱な後脚で跳ねて素早く移動する。普段は昆虫や小動物から大型魔獣の死骸まで食して生きている。ゆえの腐肉喰いだ。
体躯は成人男性より幾分か小さい程度だが、食事にありつけないときには凶暴化し、その角で人を襲うこともある。とはいえ、魔獣全体からすれば危険度の低い下級種と言える。
だがそれでも、ひとりの騎士が一体のレヴニーと対峙すると少々分が悪いというのが、人間と魔獣のそもそもの力関係だ。
普段は深い森の奥で生きているため、滅多なことでは人里まで出てこない……はずなのだが、トルキア村の立地が大森林に近いからだろうか。
それにしても、滅多あることではないけれど。
「レヴニーなあ……」
今日も今日とて騎士団宿舎から追い返されてしまった。
これでもう三日連続だ。ファーガスも宿舎には戻らず、トルキア村に出ずっぱりで対処にあたっているらしい。
「まいったな。こうしている間にも、来月のリウとの試合が近づいてきているのに」
そのリウは今日も学校だ。
馬車の中ではいつものように愛おしかった。否、どこにいても愛おしいけれど。いちいち愛くるしいのだ。少なくともヴァルカンにとっては。
本日は初等部の遠足らしい。どうやらどこかで一泊して、明日の夕方頃に戻ってくるようだ。身振り手振りで嬉しそうに語る笑顔がもうたまらなかった。
夜にいないのは寂しいけれど。
ちなみに馬車での別れ際、今日もリウの前で格好をつけて「未熟な騎士たちに教えを乞われてはな」と誇らしく大嘘をついてきた。ちなみに昨日も一昨日もそう言って、何もせずにぶらぶらと王都で無為に時間を潰し、ただ帰った。
噴水の縁に腰を下ろし、ヴァルカンは頭を抱えていた。
「俺は職にあぶれたおっさんか……」
いったい何をやっているのか。だめだ、このままでは。
せめて時短のため、騎士団とともにレヴニーを片付けたいところだが、ファーガスには正式に断られてしまっている。
自身もまた、騎士たちの名誉を穢すことは本意ではない。
「はあ~」
焦りだけが募り、貧乏揺すりをする。
数ヶ月前まではこんなふうに姿を衆目にさらしていると、老若男女からよく声を掛けられた。ヴァルカン・アンダーウッドはヴァシスの英雄ゆえに。
けれども一年も経過すると、剣の関係者やよほど熱烈な支持者でもなければ人々はその顔を忘れるものだ。いまでは時折、握手を求められる程度。よく似ていると思われる程度。
それでいいとヴァルカンは思う。
リウさえ自身最大の支持者でいてくれれば、それだけで満足なのだ。
丸めた背中に小鳥が一羽とまる。
「どうしよう……」
このままレヴニーどもの出現が続けば、あっという間に来月を迎えてしまう。そうしてリウに剣で敗れ、地べたを舐めさせられながら言われるのだ。
失望を映す冷たい瞳で見下ろされ、半笑いで「なあんだ、お父さんって案外大したことなかったんだねえ」と。
ヒ……ッ。だめだ、だめだ、だめだ。
心臓が痛い。
妄想の中ですら、これほど胸が痛むのだ。これが現実となれば、内側の内容物が胸を裂いて飛び出しかねない。
しかしファーガスとリウを除いて、この国で自身の剣と互角以上に張り合える者はいない。
小鳥が頭にのぼって髪の毛をついばんでも、ヴァルカンはうつろな瞳で地面の石畳をただ見つめていた。
おのれ、レヴニーめ。やつらさえ出現しなければ、このようなことにはならなかったのだ。
八つ当たりにも近い怒りがふつふつと湧き出す。
だがファーガスが言ったとおり、〝剣聖〟が出張ると騎士たちの名誉栄誉を穢すことになる。すべての手柄がこちらに来てしまう。
「……あ」
ヴァルカンは立ち上がる。頭に乗っていた小鳥が羽ばたいて逃げた。
「そうか、俺が〝剣聖〟じゃなければいいんだ」
視線の先には武器防具屋があった。
当然、戦場での混乱を避けるため騎士装備こそ民間では売っていないが、それなりの頭装備くらいはあるはずだ。
騎士団くらいしか行く予定がなかったため手持ちは少ないが、ヘルムだけならギリギリで足りるだろう。目元まで隠れればそれでいい。いや、最悪眼帯をふたつつければ正体は隠せる。
その足で歩き出す。
忙しなく歩く人々の間を縫って、武具屋へ。
そうしてドアを開いた。
すぐさまカウンター奥の店主が反応する。
「まいど」
「ヘルムはあるかい?」
「あるぜ。舞踏用の仮面から騎士用のフルまでな。ああ、騎士用っつったって正規軍のそれとは形状が違って、まあひっくり返したバケツ被ってるみたいなもんだ。そんでも防御力だけは現役品にも負けて……ね……え……」
カウンターが出てきた筋肉質な店主が、無骨な髭を手で覆って怪訝な表情をした。
特徴的な店主だ。
側頭部は綺麗に剃り上げられ、頭頂部にのみ、鶏の鶏冠のような逆毛が残されている。中肉中背のヴァルカンよりも遙かに筋肉質で、一回り以上体躯は大きい。
騎士や剣士というよりも、戦士という言葉がよく似合う。まあ、実際は商人なのだが。
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