騎士団長と剣聖
縦切りからの逆袈裟を紙一重の後退で躱され、踏み込みからの突きを剣で受け流され、斬撃を返される。刃で受け止めるも、両腕に痺れが走り、両足が地を掻いて後方へと滑らされる。
なぜだ、ふざけるな!
俺はすべての王国騎士を統べる騎士団長なのだぞ……!
追撃にきたヴァルカンに合わせて剣を横薙ぎに払う。
「く、おお――っ!」
だがあっさりとかいくぐられて懐まで踏み込まれ、剣の柄で鳩尾を打たれた。刃の間合いではなかったことで永らえたものの。
「おご……ッぐぶ」
逆流する胃液が口からあふれ出そうになるのをどうにか耐えて飲み下し、その酸っぱさと灼けつく喉の痛みで意識を保つ。
同時にヴァルカンの下顎を目がけて膝を突き上げた。
もはや意地である。
「この……ッ!」
ところがヴァルカンはすんでのところで手でそれを受け止め、ファーガスの鼻面に頭突きを返してきた。
「あが……ッ!?」
「はっは、こういう戦いはまだしたことがなかったな! さすが最前線、実戦で命を張ってきたファーガスだ! 俺の知らん戦法を知っている!」
じゃかあしいわッ、このドクソが! バカにしとんのか!
鈍く響いた骨の音とともにじんわりと痛みが広がって、涙がこぼれた。ふらついたファーガスが数歩後退し、再び両者ともに刃の間合いになる。
「がああ!」
「おおお!」
最速の剣同士がぶつかり合う。火花が散った。
だが弾かれるのはいつもファーガスの方だ。膂力の差はもうわかっている。わかっていれば対処できる。今度は無様に隙を晒したりはしない。
鎧を纏っていなかったことが功を奏した。跳ね上げられる勢いを利用して曲芸のように後方回転し、着地と同時に地を蹴る。
今度は渾身の力を込めた一撃だ。
先ほどまでの剣速になれてしまっていたヴァルカンに、初めて隙が生じた。その遅い剣速に、受け止めるつもりで放った刃が空を切ったのだ。
「なに!?」
「……ッ」
否。ファーガスは一瞬、あえて振りを止めた。そうしてヴァルカンの防御の刃が通り過ぎてから、再び振るう。
もらった――!
「うおお!」
「ぬあ!」
だが渾身の力で薙ぎ払われた刃は、ヴァルカンの肘と膝に挟まれ固定された。
動かない。押しても引いても剣が。なんたる剛力か。昔と比するもバカらしいほどの、もはや別人である。
「……ッ」
見上げた空には刃が一振り。すでにヴァルカンは片手で上段に剣を構えていた。脳裏をよぎるは死だ。この場合は敗北か。
まだだ! こいつにだけは負けられん! たとえ騎士の魂たる剣を手放し、徒手空拳となろうとも!
そう思った瞬間だった。
ひとりの騎士が走り込んできて叫んだのだ。
「お取り込み中失礼します! リーベルト団長! 狩人ギルドより緊急要請!」
両者の動きが同時にピタリと静止する。
「トルキア村近辺にて魔獣の群れを確認したとのことです!」
その焦燥に駆られたような表情に、ヴァルカンが先に剣を納めた。
わずかに頬を引き攣らせ、ファーガスもまたゆっくりと剣を納める。
「こ、ここまでだ、ヴァルカン」
「だなあ。次は最初から本気でやってくれよ、ファーガス。でも後半はかなり勉強になったよ。考えもしなかったが、ああいう剣もありだな。ありがとな」
「ぐ……っ!」
横っ面をぶちのめしたくなるほど無垢な笑顔だ。
しかし騎士、すなわち貴族たる者、何より優先すべきは貴族の義務だ。
力ある者には責任が伴う。民の代表であるギルドからの要請は、私闘などよりも当然優先されるべき事項である。それはたとえすべての騎士を統べる団長であっても変わりはない。
――ただひとり、国王承認のもとに自由を得た〝剣聖〟を除いて。
まったく以て妬ましい。
にもかかわらず。
ヴァルカンが遠慮がちに尋ねてきた。
「ファーガス。手は必要か?」
だからこそ、嫌いにはなれないのだ。
ああ、腹の立つ。腹の立つ友だ。
ファーガスは相好を崩す。
「不要だ。おまえに出張られては若輩が育たん。それに中央を守る騎士団として、民に対する面子もある。この俺を相手にこれだけやったんだ。今度は少しくらい俺たちにも顔を立てさせろ。おまえの善性が他者を傷つけることもある」
「そ、そうか。余計なことを言った。すまん。だが、気をつけろよ」
「ああ」
その直後、観戦していた若き騎士らが一斉に沸いた。
目にしたことすらないようなすさまじい刃の応酬に、大地が揺れるような歓声と拍手が遅れて降り注ぐ。
騎士の長という肩書きに恥じぬ戦いを見せたファーガスと、そして、その彼と互角以上に戦った剣聖へと向けてだ。
間抜けなヴァルカンは戸惑っている。その何も理解していなさそうな表情がまた腹立たしい。こちらは戦っている間中、生きた心地すらしなかったというのに。
腹が立つ。腹が立ちすぎて、逆に笑えてくる。心底、清々しいほどに。
「フ……」
「む? どうかしたか?」
「なんでもない。またな、ヴァルカン」
「おう!」
俺もまた鍛え直しだな……。
そんなことを考えながらヴァルカンに背を向け、ファーガスは若き騎士らに出動を命じるのだった。
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