理解できない男
ファーガスの意識に、過集中によって消えていた音が流れ込んできた。
う……お……。
うおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?
観覧していた若き騎士らが一斉に驚愕の声を上げていたのだ。
ファーガスの一閃は、とてつもなく速い斬り込みだった。本人を除いて、この場に集う誰もが決まると確信した。
にもかかわらず、次の瞬間には〝剣聖〟が〝騎士団長〟の剣を跳ね上げていた。
たった一度、剣を振っただけで勝負は決した。これが試合ではなく死合であったならば致命的な隙だ。
ヴァシス王国の歴史に残る世紀の一戦になると、誰もが思っていた。それがまさか、これほど呆気ない終わりを迎えるとは。
確か〝剣聖〟は戦後一年を田舎暮らしに費やしていたはず……?
鈍ってるどころか、なんだあの鋭さは!
彼は本当に俺たちと同じ人間なのか!?
なんも見えんかった……。
そんな声が次々と聞こえる。ファーガスは歯がみした。
認められるか、そのようなこと!
いや、認める。鈍ってなどいなかった。違う。そこではない。学生時代から正騎士になっても互角に打ち合ってきた仲だ。だからこそわかる。
どういうわけか。ああ、どういうわけか、だ。
ファーガスの頬を、つぅと冷たい汗が伝った。
――ヴァルカン・アンダーウッドは、とてつもなく強くなっている……!
しのぎを削った若き学生時代よりも。ともに鍛え合った正騎士時代よりも。それこそ、戦場を駆け抜けガリアナリスの英雄ロンガースを討ち取り〝剣聖〟となった一年前よりもだ。
齢四十を超えて、成長していた。
さらに。さらに。
どういうわけか、この男はそのことにまるで気がついていない。腹の立つことにまったく気づいていないのだ。それどころかむしろ、自身が弱くなったと勘違いをしている。
なぜだ!?
戦後一年、この男の生活のどこに強くなる要素などあったのだ!?
己は屈強な騎士たち複数を相手に毎日のように血反吐を吐くまで剣を磨いてきたッ!!
いまの俺がヴァルカンに劣る要素がどこにあるッ!?
ヴァルカンがほぼ毎日のようにリウと剣を合わせてきたことを、ファーガスは知らない。むしろ知っていたとしても、ファーガスもまた本人同様に信じはしなかっただろう。
わずか十歳そこそこの天才少女と毎日打ち合っていたせいで、かつてよりも遙かに強くなっていた、などということは。
「ぐ……ッ」
ファーガスは引き攣った顔で体勢を戻し、両手で剣を正眼に構え直した。
顔を真っ赤に染めて、全身から剣気を立ち上らせる。
相手は真の〝剣聖〟だ。
「これよりは掛け値なし、全身全霊でいくぞ! ヴァルカンッ!!」
他方、ヴァルカンは暢気にも笑みを浮かべた。
「おお、友よ! ようやくその気になってくれたか、感謝するぞ!」
「俺を本気にさせたこと、後悔するがいい!」
腹の立つ。心底腹の立つ、無垢なる笑顔だ。
地を蹴る。先ほどを凌駕する鋭い踏み込みに、観衆が息を呑んだ。
だが横薙ぎに払われた剣の切っ先を完璧に見切り、わずか半歩後退することでヴァルカンは躱し――ながら、ファーガスの頭部に刃を振り下ろす。
髪を数本斬り飛ばされながらも辛うじて半身となって躱したファーガスだったが、続く下段からの逆袈裟斬りに反応しきれず、脇腹を撲ち上げられて転んだ。
「ぬ。どうしたファーガス。まだ遠慮をしているな」
「んがあああぁぁぁぁ!」
ファーガスの中で何かが切れた。
遠慮などするか、ど阿呆がァァーーーーッ!!
地面に仰向けのまま足を振り上げて勢いをつけ、ファーガスは飛び起きる。脇腹の痛みなど、この悔しさがもたらす心痛に比べれば。
「おお!」
フェイントを交えて詰め寄り、防御を意識することをやめ、剣速だけにすべてを注ぐ。
力を使わぬ斬撃。あたったとしても命や臓腑はおろか骨すら断てず、皮膚と肉を破るのみ。それとて戦場では役立つ技だ。
己が力のすべてを剣速に変え――!
両者の間で刃は幾度もぶつかり合い、火花と轟音を散らす。
「うはっ!? いいぞ、ようやく少しはまともに相手をしてくれる気になったか!」
やかましいわっ!! どっちが稽古をつけてもらっていると思ってやがるッ!!
このようなめちゃくちゃな剣術は、もはや誇り高き騎士剣術ではない。己を獣として相手を傷つけ、命を絶つことを目的とせずに嬲り、動きを止めさせてから殺すという野蛮なものだ。騎士としては恥ずべき獣の剣。
わかっている。そのようなことは。
にもかかわらず。
「いいぞ、ファーガス! もっと俺を鍛えてくれぇ! もっとこい、さあ、もっとだ!」
歓喜。この期に及んでヴァルカンの表情は歓喜。
癪に障る。
このヘンタイ野郎がぁぁ!
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




