片思いの因縁
練兵場に、ふたりの騎士が立つ。
手にした得物はロングソードだ。むろん、訓練用である以上は刃引きされている。だがその重量は真剣同様。当たり所が悪ければ命の保証はない。
ゆえに訓練であろうとも、騎士たちは鎧を纏う。戦争で使うものではなく、訓練用のあくまでも簡易的な胸鎧だが。
だが、ふたりの男はそれを拒絶する。
身一つ。
片や国内最強の証たる聖剣大綬章を与えられしヴァシスの〝剣聖〟。
片やすべての王国騎士らの頂点に立ち、多くの勲章を手にしてきたヴァシス王国の騎士団長だ。
事実上の頂上決戦。練兵場は大いに盛り上がっていた。
おまえ、どっちが勝つと思う?
そりゃあ最強なんだから剣聖様だろ。
バッカ、騎士団長はすべての騎士の長だぞ。
つーかあの団長が負ける姿が想像できるか?
なら賭けるか?
やめろ、あとでどやされるぞ。
冗談だから団長には言わんでくれよ。
世紀の一戦を繰り広げようとしているこのふたりを取り囲む若き騎士らの数は、ゆうに数百を超えた。当然のように練兵場には収まりきらず、この場を取り囲むように建造された宿舎の窓にも多くが張りついている。招待された若き騎士らだけではなく、ベテランの騎士らもだ。
ファーガスはため息をついて口を開く。
「騒がしくてすまんな。得物はロングソードでいいのか?」
「ああ、うん。ツヴァイヘンダーは戦場で敵を雑に薙ぎ払ったり、大きな魔物を叩くのに向いているから使っていただけだ。おまえのように強い人間を相手に一騎打ちをするには、取り回しが少々悪い」
「そうではないだろう。おまえ、学生時代は対人でもクレイモアを振り回してたではないか」
「あー……。いや……うん……。……だってショートソードを相手にそんな……大人げが……」
ヴァルカンは何やらごにょごにょと的外れにことを言っている。
「俺は昔からロングソードだが?」
「え、ああ、うん。……おまえのことじゃなくて……その~……」
ごにょごにょごにょごにょ。
何を言っているのかさっぱりわからない。聞き取れすらしない。女々しい。
ファーガスはまたため息をついた。
騎士学校の学生時代、ヴァルカン・アンダーウッドはまるで飢えた狼のような男だった。物腰や口調こそ穏やかながら、ひとたび剣を握れば魔物もかくやという膂力と瞬発力で、瞬く間に相手を制圧する。ゆえにその剣に触発され、置いていかれまいとして死に物狂いで己を磨いた。
正騎士となってからも、何度となく打ち合った。三年もすれば、俺たちに敵う者は誰もいなくなっていた。上級騎士だろうが隊長格であろうが、誰もだ。
戦績は学生時代から引き続いての互角。ただどのようなことにおいても、この男にだけは負けたくはなかった。だから学生時代には勉学にも励んだし、恋愛だって頑張った。
ブライアという美しい少女がいたのだ。学生時代からヴァルカンに憧れていた同級生だ。彼女は木陰からじっと、剣を振るヴァルカンを見ていた。もっとも、鈍いヴァルカンは彼女をただの友人としてしか見ていなかったが。
彼女の相談に乗るうち情が湧き、気づけば自身の恋人となっていた。なのにやつは悔しがるでもなく、ただ「おめでとう!」と言った。心からの祝福だった。
それが不思議と、俺にはたまらなく嫌だった。
俺は騎士団内で王都に出て、ヴァルカンに負けじと死に物狂いで出世した。
ところがやつは田舎町オルガドの地方領主となることを選びやがったんだ。この男の剣ならどのような高みにだっていけるはずなのに「別に出世したくないし」とかのたまって、俺との勝負まで勝手に下りやがった。
いや、違う。ブライアの件から薄々気がついていた。
こいつは、こいつの中では、最初から俺と勝負などしていなかったのだ。
ムカついた。腸が煮えくりかえるとはこのことだ。
そのうちガリアナリス帝国との戦争が激化し、俺たちは疎遠になっていった。俺は最前線で戦い、戦い、戦って、やつは田舎町オルガドで漫然と生きた。むろん、魔物退治や賊退治など、貴族の義務は果たしていたようだが。
俺は様々な武功をあげて、激戦地である北方砦、城塞都市イェドラの領主となった。栄転などという言葉では表せないほどの、大抜擢だった。
だがそこは地獄だった。毎日のように敵兵に攻め込まれ、ヴァシス兵は疲弊し、民の多くが南方へと流出し続けていた。兵を支える民がいなくなれば、兵の力も発揮できなくなる。悪循環だった。
苦悩の末に俺の脳裏に浮かんだ顔は、ヴァルカン・アンダーウッドだった。
あいつはすぐに駆けつけてくれた。「おまえが困っているんだ。当然だろう」と。
ともに肩を並べ戦う機会が増えた。やつの剣は相も変わらずすさまじく、鈍ってなどいなかった。数ヶ月が経過する頃には戦況は安定。民の流出が止まり、城塞都市はどうにか平定を取り戻していた。
ヴァルカンと俺の名は瞬く間にヴァシス全土に広がった。悔しかった。俺だけではできなかったことが、こいつとともになら簡単に成し遂げられることが。たまらなく。
さらに数年が経過した昨年、今度は殿を務めていたはずのヴァルカンが帝国の英雄ロンガースを討ち果たし、そして二十年続いた戦争を終戦にまで導いた。
俺はさらに出世し、王都に栄転となった。城塞都市の領主から、王都の王国騎士団を統べる団長となったのだ。
わけがわからなかった。こいつはいつも俺の世界のすべてを覆してしまう。
「……てわけでさ……? ……その~……今日はロンソな気分ってゆーかぁ……」
ごにょごにょごにょごにょ。
まぁ~だ何か言っていやがる。
こんなやつがライバルだ。いったいこいつと俺の何が違うのか。いい加減、学生時代から引きずり続けてきたこの疑問にも、答えが欲しい。
この男を超えることができれば、それがわかるだろうか。
「わかったわかった。事情は聞かん。だからさっさと始めよう。俺も忙しい身だ。あまり長くは付き合えんからな」
「おお。恩に着るぞ、ファーガス」
嬉しそうな顔をしやがって。
ファーガスはため息をつく。
「まずは型で剣合わせからだ」
「わかった。学生時代に遊びでやってたウォーミングアップだな」
「そうだ」
互いに切っ先を合わせる。
呼吸を整え、静かに剣を振るう。
互いの中央で刃がコンとぶつかった。ファーガスにはそれだけでわかる。
――戦後もさほど鈍ってはいない……?
ゆっくりと振っていても身体のブレがない。鋭い直線と、滑らかな曲線の動き。どちらも極めて正確だ。
徐々に速度を速めていく。
周囲の騎士らが息を呑んだ。
ゆったりとしていたのは最初だけ。とてつもなく速くなっていく。だが両者に一切のブレはない。騎士剣術の基礎。同じ動きで回転だけが上がっていく。
さながら、本当の命の奪い合いのように。
金属同士のぶつかり合う音が鳴り響く。火花が散る。
少し汗ばむ頃、ふたりの剣が下がった。
そうして同時に息を吐き、わずかに距離を取って両手で柄を握り直す。
「温まったか?」
「ああ。おかげで勘を取り戻せた……気がする?」
言ってろ。一撃で決めてやる。
「よし、ならばそろそろ――」
「――参る」
すべての音が消えた。
騎士らのざわめきも、王都の喧噪も、風の音すらも遠のく。
いつものように相手の呼吸を読む。
人は息を吸ってから攻撃に移るものだ。
ファーガスは機会を待つ。
ヴァルカンが息を吸い、そして吐いた――瞬間にはすでにファーガスは地を蹴っていた。
虚を突いた。
――決まる。
が、斬ったと錯覚を起こすほどに素早く、ヴァルカンは顔を傾けてそれを躱していた。皮膚一枚掠めることすらなく、突き出した切っ先はヴァルカンの頸部すれすれの虚空を貫いていた。
わかっている。その程度の腕であるならば、学生時代にもう突き放していた。
息つく暇もなく、剣を振るう。突き出した剣をそのままに、頸部を刈るように。だが一瞬早く滑り込んだ刃に弾かれた。
「――!?」
そう、ただ弾かれた。
それだけだ。なのにファーガスは暴れ牛の角でもぶつけられたかのように、後方へと数歩よろめいてしまった。ただ一度打ち合っただけで、剣を持つ両手は高く跳ね上げられてしまったのだ。
あ……。え……。
混乱した。致命的な隙を晒した。
追撃が来――なかった。
なぜ。
ヴァルカンはただ左右の眉の高さを変え、うつむき、ため息をついていた。
これほど大きな隙だというのにだ。何もせず。
そうして顔を上げ、むしろ泣きそうな顔で懇願してきた。
「なあ、頼むよファーガス。こっちは切実なんだよぉ。俺が鈍ってるのは認めるから、手なんて抜かずに昔みたいに真剣にやってくれよ」
……は?
ファーガス・リーベルト。齢四十一にして怪物を目の当たりにすることになる。
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