第3話 このスマホは謎です
スマホが震えた。
「ん? また何か来たのか」
画面を見る。先ほどまで存在しなかった通知が表示されていた。
『新しい機能が解放されました』
「……何だこれ」
通知をタップする。すると、アプリの画面が開かれた。
『機能解放:マップ』
『現在地を表示します』
画面いっぱいに地図が表示された。
「地図?」
拡大してみる。すると、俺たちがいる場所だけではなく、街全体が表示されていた。
「これは……」
俺は息を呑んだ。国名まで表示されている。
『ライトディア王国・王都』
「これなら道に迷うこともなさそうだな」
「ちょっと見せて!」
グレイプがスマホを覗き込む。
「何これ……」
「地図だよ」
「こんな精密な地図、見たことないわ」
レモンも横から覗き込んだ。
「凄いですね……」
その瞬間。地図上に赤い点が現れた。
「ん?」
赤い点は俺たちから少し離れた場所にある。そして、ゆっくりとこちらへ近づいてきていた。
「何だ、この赤い点?」
「赤い点?」
グレイプが画面を見る。
「そんなもの、私には見えないけど」
「え?」
そんなはずはない。確かに赤い点は表示されている。画面にはっきり表示されている。確認のためレモンにも見せる。
「私にも見えません」
俺にしか見えないらしい。赤い点は少しずつ近づいてくる。こちらまで確実に進んでくる。そして――俺たちの目の前で止まった。
「……」
顔を上げる。そこには誰もいない。姿形も見えない。影も見えない。しかし確かに気配がある。気配だけがそこにある。
「タローさん?」
レモンが首を傾げた。彼女の目は不安そうに見える。
「誰かいるかもしれない」
「え? 誰かいるんですか?」
「わからない……。わからないけどそんな気がするんだ」
俺は周囲を見回した。路地、建物、人混み。特に変わったところはない。だがスマホの赤い点だけは消えない。そのとき。
「見つけた」
どこからか声が聞こえた。
「え?」
振り返るが、誰もいない。周囲をぐるりと見ても誰も見当たらない。だが次の瞬間――。俺のスマホが突然激しく震えた。
——ブブブブブッ!
「うわっ!」
通常ならありえないほど強いバイブレーションだった。画面を見る。マップが消え、新しい表示が現れていた。
『警告』
『未知の存在を検知しました』
『解析不能』
『危険度:測定不能』
「……は?」
解析不能——その文字を見て、俺はレモンのことを思い出した。
「タローさん……? どうしたんですか?」
レモンが俺の顔を見ていた。
「いや……」
言葉が出てこない。するとグレイプが突然、杖を構えた。
「誰かいるわね」
「わかるのか?」
「ええ。さっきから魔力を感じるもの」
グレイプの表情から、いつもの余裕が消えていた。
「どこだ?」
「……あそこ」
グレイプが路地の奥を指差す。そこには一人の少女が立っていた。黒いフードを深く被っているため、顔はよく見えない。少女は俺たちをじっと見つめていた。
「あなた……」
少女が呟く。
「そのスマホ、どこで手に入れたの?」
「……!」
心臓が跳ねた。この世界で初めて。スマホについて知っている人間に出会った。俺はスマホを握り締める。
「知ってるのか? スマホを」
「知ってるわ」
少女はゆっくりとフードを外した。長い銀髪が風に揺れる。
「だってそれは――」
少女は俺のスマホを指差した。
「この世界に存在してはいけない物だから」
この世界に存在してはならない——本来この世界にはないはずだから、か? それは俺にも言えることなのだが……。
「……どういう意味だ?」
「そして、あなたも」
少女の視線が俺を射抜く。
「この世界の人間じゃないでしょう?」
俺は何も言えなかった。レモンとグレイプも困惑した表情で俺を見る。少女はそれ以上何も言わず、背を向けた。
「待て!」
俺が追いかけようとした瞬間――。スマホに新しい通知が表示された。
『メインクエストが発生しました』
『異世界の謎を解明せよ』
『達成条件:???』
『報酬:???』
「……何だよ、これ」
少女の姿は、すでにどこにもなかった。あの少女は一体何者なのか。なぜ異世界にはないはずのスマホを知っているのか。そしてなぜ俺が違う世界からやって来た人間だと知っているのか。彼女の目的も真意もわからない。ずっと感じていた視線の正体は彼女なのだろうか。ずっと俺たちをつけていたのだろうか。それともあの視線の正体別の何かなのだろうか。さっぱりわからない。このスマホといい謎が多すぎる。
俺はスマホの画面を見つめる。異世界に来てからまだそれほど時間は経っていない。なのに。どうやら俺の異世界生活は、ただ冒険者として暮らすだけでは終わらないらしい。
少女が消えたあとも俺たちはしばらくその場から動けなかった。
「……行っちゃいましたね」
レモンがぽつりと呟いた。
「ああ」
横からグレイプが俺の顔を覗く。
「追いかけなくてよかったの?」
「追いかけたかったんだけどな」
俺はスマホの画面を見る。そこにはまだ『異世界の謎を解明せよ』というクエストが表示されていた。
「このスマホが何か知ってるなら、色々聞きたかった」
「それなら、どうして追いかけなかったの?」
「……」
グレイプの問いに、俺は答えられなかった。正確には、追いかけようとした。だが、あの少女を追いかけようとした瞬間、スマホにクエストが表示された。それはまるで——。




