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「……何かが引っ掛かっているんだよな」
クラヴィオはメモを睨みながら、指先で机をとん、とん、と叩いた。
祖父の工房。
祖父が拾ってきた犬。
そして、エリックの恋人。
最初の二つには祖父との繋がりがある。だが、最後の一つだけがどうにも分からない。
「おじいさんと、彼女も仲が良かったんですか?」
「え?」
エリックが顔を上げた。
「そりゃあ、まあ……。昔からここに遊びに来てましたから」
「私、おじいさんには随分可愛がってもらったわよ」
彼女も懐かしそうに工房を見回した。
「お菓子をもらったり、二人で作業の邪魔をして怒られたり。エリックが泣いてると、私がおじいさんを呼びに行ったりね」
「だから、なんで俺が泣いてた話ばっかりするんだよ……」
「本当のことでしょ?」
「そうだけど……」
エリックがますます小さくなる。
クラヴィオは苦笑しながらも、再び考え込んだ。彼女も祖父と親しかった。ならば、彼女に会った時に時計が動いたことも、祖父の記憶と無関係ではないのかもしれない。
――いや。
「……違うな」
思わず声に出た。
「何がですか?」
「いや……」
クラヴィオはメモへ目を落とした。
何かがおかしい。
祖父が関係しているものを探そうとするから、無理に全部を祖父へ繋げようとしてしまう。だが、工房を片付けていたのは誰だ?犬を看取ったのは?彼女に会いに行ったのは?
クラヴィオはゆっくり顔を上げた。
その視線がエリックへ向く。
「……全部、あなたじゃないですか」
「え?」
エリックがきょとんとする。
クラヴィオは立ち上がると、机の上にメモを広げた。
「時計が動いた時です。工房を片付けていた時。犬が亡くなった時。この人に会った時」
一つずつ指差していく。
「全部におじいさんが関係してるんだと思ってました。でも違う」
最後に、エリックを指差した。
「全部にいるのは、あなたです」
「……僕?」
「はい」
クラヴィオは鞄から懐中時計を取り出した。
手のひらに乗せた時計は、今も静かなままだ。
「そもそも、変だったんです。これ、おじいさんの形見ではあるけど、おじいさん自身のために作った時計じゃない」
蓋を開く。
昨夜浮かび上がった言葉を思い出す。
『願わくば、この子の人生が幸多からんことを……』
「あなたが生まれた日に作られた。あなたと同じ時を刻むようにって」
エリックの目が、ゆっくりと見開かれた。
「だったら、この時計が見てるのは最初から――」
クラヴィオは言葉を止めた。
そこまで口にして、ふと眉を寄せる。
まだ足りない。
時計がエリックに反応している。
そこまでは、おそらく間違っていない。
だが。
「……じゃあ、なんで止まる?」
ぽつりと呟いた。
誰も答えない。
「動く理由は分かってきた。でも、普段はどうして止まってるんだ……?」
クラヴィオは懐中時計を見つめた。
エリックが誰かを強く想った時に動くのなら、それ以外の時間まで止まる必要はない。
祖父が亡くなるまでは、普通に時を刻んでいたのだから。
何かが変わった。
半年前。
祖父が亡くなった、その時から。
「……エリックさん」
「はい」
「おじいさんが亡くなってから、何か変わりましたか?」
「変わったって……」
「何でもいいです。生活とか、仕事とか、人付き合いとか。それまで普通にやっていたのに、やらなくなったこととか」
エリックは困ったように視線を落とした。
「そんなこと言われても……」
「あるわよ」
隣から声がした。
エリックが振り向く。
彼女だった。
先ほどまでの楽しそうな表情が消えていた。
「いっぱいある」
「……おい」
「おじいさんが亡くなってから、あなた、ここにばっかりいるじゃない」
「それは……」
「誘っても出掛けなくなったし。前は一緒にご飯だって食べに行ってたのに」
「別に、それくらい……」
「それくらいじゃないでしょ」
少し強くなった声に、エリックが黙る。
彼女は工房を見回した。
綺麗に整えられた工具。
埃一つない作業台。
主を失って半年経つというのに、まるで明日にでも老人が戻ってきて、続きを始めるかのような部屋。
「毎日ここに来て、掃除して。道具も全部、おじいさんがいた時と同じ場所に戻して」
「……」
「私が少しくらい片付けたらって言った時、怒ったじゃない」
「だって、じいちゃんの物だから」
「分かってる」
彼女の声が柔らかくなる。
「分かってるけど……もう半年よ」
エリックの手が、膝の上でぎゅっと握られた。
クラヴィオは何も言わなかった。
昨日見た記憶が蘇る。
病室。
握られた手。
泣き続ける孫に、老人が残した言葉。
『幸せになれ』
『誰かを大切にしろ』
『それだけで十分だ』
そして今。
目の前にある、半年前のままの工房。
クラヴィオは手の中の懐中時計へ目を落とした。
「……止まってるの、時計じゃないのか」
「え?」
エリックが顔を上げる。
クラヴィオはしばらく時計を見つめ、それからエリックを見た。
「いや――時計も止まってるんですけど」
「……はい」
「そうじゃなくて」
自分でも上手く説明できず、クラヴィオは頭を掻いた。
「これ、あなたと同じ時を刻むために作られたんですよね」
エリックの視線が、懐中時計へ落ちる。
「おじいさんが亡くなってから、あなた自身がずっとあの日にいるんじゃないですか?」
「…………」
工房が静まり返った。
その静けさの中で、クラヴィオの手のひらにある時計だけが、冷たく光を返していた。




