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クラヴィオは鞄から懐中時計を取り出し、二人の前へ置いた。
「あっ……す、すみません!」
エリックが我に返ったように顔を上げる。その隣で彼女は少しも悪びれる様子なく、「そうだったわね」と笑った。
「昨日、時計を調べていて少し気になることがあったんです。それで、おじいさんの工房も見せてもらえたらと思って」
「ここを、ですか?」
「はい。昨日もお話しした通り、時計そのものには壊れているところがありませんでした。ただ、おじいさんの記憶のようなものが残っていて」
「じいちゃんの……?」
エリックの表情が変わった。
クラヴィオは少し迷ったが、昨夜見たものについて簡単に説明した。エリックが生まれた朝、祖父が懐中時計を完成させたこと。幼いエリックと祖父がこの工房で過ごしていたこと。そして病室での最後の別れ。
話を聞くうち、エリックは懐かしむように目を細めた。
「……そうですか。じいちゃん、そんなことを」
「ただ、その記憶が時計を止めているのかと言われると、どうも違う気がするんです。だから、ここにも何か残っていないか調べてみたくて」
「もちろんです。好きに見てください」
エリックの許可を得ると、クラヴィオは工房の中央へ進んだ。
昨夜、記憶の中で見た作業台へそっと手を触れる。目を瞑ると、ゆっくりと魔力を広げた。
古い木の床を伝い、壁を這い、棚に並んだ工具の一つ一つを撫でるように淡く光る魔力が工房全体へ広がっていく。
「…………」
確かに魔力の痕跡はある。
長年魔法具師が仕事場として使っていたのだから当然だろう。作業台にも、工具にも、壁や床にも、古い魔力が染み込むように残っている。
けれど……それだけだった。
誰かがここに留まっているような気配もなければ、強い未練が渦巻いている様子もない。
「……いないな」
「え?」
「おじいさんです。少なくとも、ここに留まっているような感じはしません」
クラヴィオは作業台から手をゆっくりと離した。
おかしい。
祖父の未練が時計を止めているのなら、長い時間を過ごしたこの場所にも、もっと強く何かが残っていてもよさそうなものだ。
しかし、何もない。
クラヴィオは眉を顰め、腕を組んだ。
「時計じゃない。工房でもない……」
昨日取ったメモを鞄から取り出し、もう一度開く。
時計が動いた時。
――葬式の後、祖父の工房を片付けていた時。
――恋人に会った日の帰り。
――飼っていた犬が亡くなった日。
クラヴィオはその三つを指で順番になぞった。
工房。
犬。
そこまでは分かる。どちらも祖父との思い出に深く関わっている。けれど…
クラヴィオの指が、二つ目の項目で止まった。
「…………」
ゆっくりと顔を上げる。視線の先には、エリックの隣に座る彼女がいた。
「……私?」
突然見つめられ、彼女が自分を指差す。
「エリックさん」
「は、はい」
「昨日、この人と会った日の帰りにも時計が動いたって言ってましたよね?」
「あ……はい。確かに」
彼女が不思議そうにエリックを見る。
「時計が動いたって?」
「じいちゃんの時計。止まったり動いたりしてるって話しただろ」
「ああ、あれね。でも、どうして私と会った時に?」
「俺にも分からないよ」
「……そこなんですよね」
クラヴィオは小さく呟いた。
祖父の工房。
祖父が拾った犬。
そして、エリックの幼馴染。
祖父の思念が時計を動かしているのだとしたら、彼女だけがどうにも当てはまらない。
「おじいさんじゃない……?」
クラヴィオはもう一度、懐中時計へ視線を落とした。
昨夜見た、あの老人の顔が浮かぶ。
『幸せになれ』
『誰かを大切にしろ』
『それだけで十分だ』
「…………」
何かが引っ掛かっている。
答えはすぐそこまで来ている気がするのに、まだ一つ、何かが足りなかった。




