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6

そこには優しい祖父との思い出と別れが確かにあった。クラヴィオはそっと時計を机に置くと、汗ばんだ自分の額をタオルで拭った。


祖父の未練がそうさせているのだろうか…。


時計をもう一度慎重にしらべてみる。しかし、やはり念のようなものが絡みついている様子も妨げになる何かがある様子もない。


「時計にはなんも、問題無いんだよなぁ……時計じゃないのか?」


クラヴィオは椅子の背に持たれググッと両腕を伸ばすと脱力し、天井を仰いだ。


何にせよ、一度あの工房にお邪魔させてもらおう。エリックからも、もう一度詳しく話を聞きたい。

先ほど見たものが、エリックと祖父にとって大切な思い出だったことは間違いない。そして祖父が長い時間を過ごした工房なら、時計よりも強く何かが残されている可能性もある。

そこへ行けば、何か分かるかもしれない。

そう心に決め、クラヴィオはその日の調査を切り上げると、眠りについた。





翌朝。


目を覚ましたクラヴィオは身支度を済ませると、机の上に置かれた懐中時計へ目をやった。

昨夜と変わらず、針は同じ時刻を指したまま止まっている。手に取って耳を澄ませてみても、時を刻む音は聞こえない。それでも何度調べたところで、時計そのものに壊れている箇所は見つからなかった。


「……やっぱり、分かんないな」


クラヴィオは小さく息を吐くと、懐中時計を丁寧に包んで鞄へしまった。

考えていても仕方がない。今日はエリックの工房へ行き、もう一度本人から話を聞くつもりだ。それに、祖父が長い時間を過ごした場所なら、時計には残っていなかった何かが見つかるかもしれない。


「よし、行ってみるか」


まだ人通りもまばらな朝の町へ出ると、クラヴィオは教えてもらった工房を目指して歩き始めた。


朝の町は存外賑やかだ。朝ごはんを食べようとする仕事前のおっちゃん達、角の果物屋のおばちゃんは今日も生き生きと呼び込み中だ。新聞配達の少年が横を駆けて行く。3軒隣りのパン屋からは何とも言えない焼きたてのパンの美味しそうな香りがし、思わずクラヴィオの腹がなった。


「……食べてきたんだけどな」


足を止め、パン屋の方へちらりと目をやる。店先には焼き上がったばかりなのだろう、丸々としたパンが籠いっぱいに並べられていた。


一つくらいなら――。


そう思ったところで、鞄の中の懐中時計が頭をよぎる。


「……いや、先に仕事だな」


名残惜しそうにパン屋を振り返りながら、クラヴィオは再び歩き出した。

大通りを抜け、教えられた道をいくつか曲がると、次第に商店は減り、代わりに小さな工房や職人の店が目立つようになってきた。


やがて、その中の一軒の前でクラヴィオは足を止める。


古びてはいるものの、丁寧に手入れされた木造の工房だった。扉の脇には小さな看板が掛けられ、エリックから聞いていた店の名前が刻まれている。


「ここか」


扉へ手を伸ばそうとした、そのときだった。

中から、女の楽しそうな笑い声が聞こえた。

クラヴィオは思わず手を止める。

続いて聞こえてきたのは、聞き覚えのある慌てた声だった。


「だから、それは言わなくていいだろ!」


「いいじゃない。別に恥ずかしいことじゃないんだから」


「俺が恥ずかしいんだよ!」


昨日の緊張した様子からは想像もつかない声に、クラヴィオは目を瞬いた。

どうやら、客がいるらしい。

一瞬入るのをためらったものの、ここまで来て帰るわけにもいかない。クラヴィオは軽く扉を叩いた。

途端に、中の話し声がぴたりと止まる。


「……はい!」


返ってきたエリックの声は、昨日と同じように少し硬かった。


「あ、あぁ、クラヴィオさん…昨日はどうも…。」


「こんにちは。突然お邪魔してしまいすみません。」


「い、いえ。大丈夫です。どうぞ」


エリックに促され、クラヴィオは工房の中へ足を踏み入れた。

壁には大小さまざまな工具が並び、木と油、それから金属の入り混じった独特の匂いが鼻をくすぐった。クラヴィオはゆっくりと辺りを見回す。


――ここだ。


昨夜、懐中時計を通して見た光景と同じだった。多少物の位置は変わっているものの、作業台も、壁際の棚も、窓から差し込む光さえ記憶の中の面影を残している。

祖父が亡くなった後も手入れされていたのだろう。埃っぽさもなく、今からでも作業が出来そうな程だ。


「エリック、その人が昨日言ってた?」


不意に声をかけられ、クラヴィオは振り返った。


そこには一人の若い女性が立っていた。手には二つのカップを持っている。どうやら先ほど笑っていたのは彼女らしい。


「あ、うん。クラヴィオさん。昨日、じいちゃんの時計を見てもらって……」


「へえ、この人が」


女性は興味深そうにクラヴィオを見ると、にこりと笑った。軽く頭を下げると、少し癖のある茶髪がふわりと揺れた。


「初めまして。私、エリックの幼馴染なんです」


「初めまして」


クラヴィオも軽く頭を下げる。

幼馴染。

その言葉を聞いて、先ほど扉の向こうから聞こえてきた会話を思い出した。ずいぶん気安い間柄らしい。


「てっきり奥さんかと思いました」


何気なくそう口にした瞬間、エリックの肩がびくりと跳ねた。


「ち、違います!」


「まだね」


ほとんど同時だった。


「……まだ?」


クラヴィオが首を傾げる。


「お前、余計なこと言うなよ!」


「あら、私は別に嘘は言ってないけど?」


彼女は楽しそうに笑い、エリックは耳まで赤くして顔を背ける。どうやら昨日言っていた女性は彼女のことらしい。

昨日とはまるで違うその様子を見ながら、クラヴィオは小さく目を瞬いた。


「仲がいいんですね。」


「小さい頃からの付き合いだもの。良く子供の頃から良く遊びに来てたのよ。」


「じゃあ、おじいさんの工房にも?」


「えぇ、勿論。昔はおじいさんが時計を作っている所を2人なんで見学してたのよね。ほら、この人人見知りじゃない?この辺りに住んでた子って当時は割とヤンチャな子が多くって…よくからかわれてたのよ。で、私も子供の頃は周りより少し小さくて。」


「あ、ちょっ、余計な事言うなよ…。」


「普段からかわれて良く泣いてたのに、ある時私が意地悪された時、普段は泣いてばかりの彼がいっぱい震えながらそれでも止めてくれて。それからずっと一緒。」


「素敵じゃないですか。」


「それに、この人学校でもずっと1人だったのよね。」


「…別に、いいだろ…。頼んでないし…。」


「私が一緒にいたかったのよ。全く素直じゃないんだから。」


エリックをみると耳を赤くして俯いてしまっていた。

クラヴィオは甘酸っぱい空気にあてられ半目になった。俯きたいのはこっちである。


…同じ幼なじみでも偉い違いじゃねぇか。

脳裏に、爽やかな笑顔で金を要求する男がよぎり、クラヴィオはため息をついてから


「あの…そろそろ時計の話していいですか?」


甘い空気をぶった斬った。







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