5
「……記憶の残滓か。」
クラヴィオは小さく呟いた。
魔法具には稀に作り手の想いが残ることがある。特に強い願いを込めて作られた品には。クラヴィオは再び時計へ手を触れた。
「見せて下さい。」
静かに魔力を流し込む。すると、時計は再びカチリと秒針をひとつ進めた。淡い光が溢れ、クラヴィオの視界が揺らぐ。
⸻
そこは見知らぬ工房だった。
棚には工具や歯車が並び、机の上には分解途中の時計がいくつも置かれている。
窓から差し込む朝日。
その中央で、一人の老人が作業台に向かっていた。
白髪混じりの髪に、優しそうな目元。
エリックによく似ている。
「これで良し、と。」
老人は完成した懐中時計を持ち上げた。
その足元には、蓋に彫られていたのと同じ毛足の長い犬が寝転がっている。
「お前も見てみるか?」
犬が尻尾を振った。老人は苦笑する。
「今日、孫が生まれたそうだ。」
そう言って懐中時計を見つめる。
その顔は職人の顔ではなく、祖父の顔だった。
「会うのが楽しみだな。」
⸻
景色が滲む。工房の様子が霧のように崩れていく。
クラヴィオは慌てて意識を繋ぎ止めた。
まだだ。まだ終わっていない。
時計の奥には、もっと何かがある。
カチ。
再び秒針が進む。
⸻
今度は別の光景だった。工房に少し成長したエリックがいた。十歳くらいだろうか。作業台の横で椅子に座り、足をプラプラとさせながら頬を膨らませている。
「じいちゃん!また約束忘れた!」
「おお、すまんすまん。」
「今日遊びに行くって言ったのに!」
「この時計だけ仕上げたら行く。」
「昨日も同じ事言ってた!」
老人は困ったように笑う。犬は二人の周りを嬉しそうに走り回っていた。しっぽははち切れんばかりにブンブンと揺れている。
⸻
クラヴィオの胸に温かなものが広がった。
仲の良い祖父と孫、そして家族のような犬。
どの記憶にも共通しているものがある。
それは愛情だった。
だが。
次の瞬間、胸を締め付けるような感情が流れ込んできた。
⸻
木漏れ日差し込む病室に、弱々しく横たわる老人がいた。ベッドの傍らには成長したエリックがいる。
握られた手。
無理に浮かべた笑顔。
『泣くな。』
老人の声が響く。
『お前は優しい子だからな。』
景色が揺れる。
『幸せになれ。』
『誰かを大切にしろ。』
『それだけで十分だ。』
エリックの瞳からはボロボロと涙が零れていた。
そして。最後に見えたのは、病室の窓辺に置かれた懐中時計だった。秒針は確かに動いていた。
⸻
クラヴィオが目を開く。気付けば机に手をついていた。額には汗が滲み、くらりと酒を飲んだ後の様な酩酊感がした。時計は静かに机の上に置かれていた。
だが先ほどとは違う。ほんの少しだけ、温かい。まるで誰かが、
「頼む」
と託した後のように。




