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「お待たせしました。僕はクラヴィオと申します。お名前をお伺いしてもいいですか?」
「あ、エリックと言います…。」
「今日はどのようなご依頼でしょうか。」
「修理して欲しいものがあるんです。」
エリックは手元にある小さな箱を開けると、中から懐中時計を取り出した。
「この時計は亡くなった祖父の形見なんですが、祖父が亡くなった後辺りからちゃんと動かなくなってしまって…。えぇっと、動いたかと思ったら数日したら止まってしまったり、かとおもえばまた動き出したり…。時計屋の職人さんに修理に出したりもしたのですが、これは魔法具だからとなおしてもらえず…。…ど、どうでしょうか。大切な思い出の品なのでどうしても使える様にしたくて…。」
「少し見せてもらってもいいですか?」
「あ、どうぞ…。」
手袋をはめ、時計を受け取る。
アンティークの物の様だが、良く手入れされているのだろう。汚れや傷などは無く、とても丁寧に扱われているのがわかる。エリックの言う通り時計は動いておらず、秒針は3の所でピタリと動かないままだった。
クラヴィオは懐中時計を裏返した。
蓋には毛足の長い犬の彫刻が施されている。
何度も触れられてきたのだろう。角は僅かに丸くなり、金属特有の冷たさの奥に、不思議な温もりが残っているように感じられた。
「綺麗な時計ですね。」
「祖父が大事にしていた物なんです。」
エリックは少しだけ表情を和らげた。
「僕が子供の頃からずっと持っていて……。魔法具師だった祖父が僕が産まれた朝に完成させたそうなんです。僕と同じ時を刻むようにと…。僕が成人する時に譲り受けました」
クラヴィオは小さく頷きながら、時計に魔力を流し込む。内部の歯車を探るように慎重に。
しばらくして首を傾げた。
「……変ですね。」
「何かわかったのか?」
リュカが横から覗き込む。
「壊れてはいないんです。」
「壊れてない?」
エリックが目を丸くした。
「はい。少なくとも歯車の欠損や魔力回路の断裂はありません。」
クラヴィオは時計を耳元へ近づけた。
当然ながら音はしない。
だが。
「止まっているというより……。」
そう言いかけて言葉を切る。何かが引っ掛かった。
まるで誰かがそっと時計を包み込んでいるような、そんな奇妙な感覚。
「クラヴィオ?」
「……いえ。」
今の段階ではまだ分からない。
もしかすれば、気のせいかもしれない。
クラヴィオは時計を机の上へそっと置いた。
「少しお聞きしたい事があります。」
「は、はい。」
「この時計が止まるようになったのは、お祖父様が亡くなってからで間違いありませんか?」
エリックの顔から笑みが消えた。
「……はい。」
部屋に静かな沈黙が落ちた。
「亡くなられたのはいつ頃ですか?」
「半年ほど前です。」
エリックはグッと膝の上で手を握った。
「病気だったんです。覚悟はしていたつもりだったんですが……。」
「そうですか。」
クラヴィオは静かに頷く。
祖父を亡くした悲しみは本物なのだろう。
だが、それだけで時計が止まるだろうか。
「時計が動いた時を覚えていますか?」
動いていた時……ですか?」
「ええ。何か共通点があるかもしれません。」
エリックはしばらく考え込んだ。視線が左上を向きゆらゆらと揺れている。
「…最初にまた動いたのは、お葬式の後だったと思います。」
「お葬式の後?」
「はい。遺品整理をしていて……祖父の工房を片付けていた時です。」
クラヴィオはメモを取る。
「他には?」
「その次は……。」
エリックの視線が宙を泳ぐ。
「恋人に会った日の帰りだった気がします。」
「恋人?」
横からリュカが口を挟む。
「婚約者か?」
「ち、違います!」
即座に否定した後、エリックは顔を赤くした。
「い、いえ……その……違うというか……将来的には、そうなれたらと思っていますけど……。」
「へぇ。」
眉を上げ、リュカが面白そうに笑う。
「リュカ。」
「何だ。
「茶化さないで下さい。」
「まだ何もしてない。」
している。
クラヴィオはため息をついた。
「他には何か思い当たる事はありますか?」
「あと一度だけ……。」
エリックの声が少し沈んだ。
「うちで飼っていた犬がいたんです。」
クラヴィオの手が止まる。
「祖父が拾ってきた犬で……僕が産まれる前から一緒だったんですが。」
エリックは懐中時計の蓋に刻まれた犬の彫刻を見つめた。
「その子が亡くなった日に、一度だけ時計が動きました。」
部屋の空気が少し変わった気がした。
クラヴィオは机の上の懐中時計へ視線を落とす。
先程まで何も感じなかったはずなのに。
今は微かに。
本当に微かにだが。
懐中時計の奥から、寂しそうな気配が伝わってくるような気がした。




