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3

「お待たせしました。僕はクラヴィオと申します。お名前をお伺いしてもいいですか?」


「あ、エリックと言います…。」


「今日はどのようなご依頼でしょうか。」


「修理して欲しいものがあるんです。」


エリックは手元にある小さな箱を開けると、中から懐中時計を取り出した。


「この時計は亡くなった祖父の形見なんですが、祖父が亡くなった後辺りからちゃんと動かなくなってしまって…。えぇっと、動いたかと思ったら数日したら止まってしまったり、かとおもえばまた動き出したり…。時計屋の職人さんに修理に出したりもしたのですが、これは魔法具だからとなおしてもらえず…。…ど、どうでしょうか。大切な思い出の品なのでどうしても使える様にしたくて…。」


「少し見せてもらってもいいですか?」


「あ、どうぞ…。」


手袋をはめ、時計を受け取る。

アンティークの物の様だが、良く手入れされているのだろう。汚れや傷などは無く、とても丁寧に扱われているのがわかる。エリックの言う通り時計は動いておらず、秒針は3の所でピタリと動かないままだった。


クラヴィオは懐中時計を裏返した。


蓋には毛足の長い犬の彫刻が施されている。

何度も触れられてきたのだろう。角は僅かに丸くなり、金属特有の冷たさの奥に、不思議な温もりが残っているように感じられた。


「綺麗な時計ですね。」


「祖父が大事にしていた物なんです。」


エリックは少しだけ表情を和らげた。


「僕が子供の頃からずっと持っていて……。魔法具師だった祖父が僕が産まれた朝に完成させたそうなんです。僕と同じ時を刻むようにと…。僕が成人する時に譲り受けました」



クラヴィオは小さく頷きながら、時計に魔力を流し込む。内部の歯車を探るように慎重に。


しばらくして首を傾げた。


「……変ですね。」


「何かわかったのか?」


リュカが横から覗き込む。


「壊れてはいないんです。」


「壊れてない?」


エリックが目を丸くした。


「はい。少なくとも歯車の欠損や魔力回路の断裂はありません。」


クラヴィオは時計を耳元へ近づけた。


当然ながら音はしない。


だが。


「止まっているというより……。」


そう言いかけて言葉を切る。何かが引っ掛かった。


まるで誰かがそっと時計を包み込んでいるような、そんな奇妙な感覚。


「クラヴィオ?」


「……いえ。」


今の段階ではまだ分からない。

もしかすれば、気のせいかもしれない。

クラヴィオは時計を机の上へそっと置いた。


「少しお聞きしたい事があります。」


「は、はい。」


「この時計が止まるようになったのは、お祖父様が亡くなってからで間違いありませんか?」


エリックの顔から笑みが消えた。


「……はい。」


部屋に静かな沈黙が落ちた。


「亡くなられたのはいつ頃ですか?」


「半年ほど前です。」


エリックはグッと膝の上で手を握った。


「病気だったんです。覚悟はしていたつもりだったんですが……。」


「そうですか。」


クラヴィオは静かに頷く。

祖父を亡くした悲しみは本物なのだろう。

だが、それだけで時計が止まるだろうか。


「時計が動いた時を覚えていますか?」


動いていた時……ですか?」


「ええ。何か共通点があるかもしれません。」


エリックはしばらく考え込んだ。視線が左上を向きゆらゆらと揺れている。


「…最初にまた動いたのは、お葬式の後だったと思います。」


「お葬式の後?」


「はい。遺品整理をしていて……祖父の工房を片付けていた時です。」


クラヴィオはメモを取る。


「他には?」


「その次は……。」


エリックの視線が宙を泳ぐ。


「恋人に会った日の帰りだった気がします。」


「恋人?」


横からリュカが口を挟む。


「婚約者か?」


「ち、違います!」


即座に否定した後、エリックは顔を赤くした。


「い、いえ……その……違うというか……将来的には、そうなれたらと思っていますけど……。」


「へぇ。」


眉を上げ、リュカが面白そうに笑う。


「リュカ。」


「何だ。


「茶化さないで下さい。」


「まだ何もしてない。」


している。


クラヴィオはため息をついた。


「他には何か思い当たる事はありますか?」


「あと一度だけ……。」


エリックの声が少し沈んだ。


「うちで飼っていた犬がいたんです。」


クラヴィオの手が止まる。


「祖父が拾ってきた犬で……僕が産まれる前から一緒だったんですが。」


エリックは懐中時計の蓋に刻まれた犬の彫刻を見つめた。


「その子が亡くなった日に、一度だけ時計が動きました。」


部屋の空気が少し変わった気がした。


クラヴィオは机の上の懐中時計へ視線を落とす。


先程まで何も感じなかったはずなのに。


今は微かに。


本当に微かにだが。


懐中時計の奥から、寂しそうな気配が伝わってくるような気がした。

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