6.薬屋の採用試験
「薬……ですか?」
「そうじゃ、なんでもええぞ。道具と材料はこの奥にもある」
老人に手招かれて、ルーシャはカウンターの奥へと向かった。奥にはもう一つ小部屋があり、壁には薬剤を仕舞うタンスと、作業台がある。天井には干して乾燥させた木の実が吊るされ、足元には先ほど倒したのだろう、書類の束が散らばっている。
「ちょいと散らかっておるが、気にせんでくれ。片付けるには腰が痛くての」
いくつか書類を拾い上げてとんとんと腰を叩く店主に続きながら、ルーシャはぐるりと部屋を見渡した。鞄を置いて、マントを畳むと、椅子の背にかけてあった擦り切れたエプロンを手に取る。
「あの、良かったら椅子どうぞ。これお借りしてもいいですか」
老人のもとへ椅子を持っていくと、好々爺の顔で店主は笑う。
「ありがとうルーシャ、なんでも好きに使ったらええんじゃよ」
「俺に対する態度と違いすぎないか、店主」
「小僧は茶でも用意せんかい、気の効かん男じゃ。だからモテんのじゃぞ」
どちらが客かわからない態度で、ランドールを使おうとする店主に肩を竦めながらも、勝手知ったる様子でランドールは小部屋を出る。きっと慣れたやり取りなんだろうな……とぼんやり見送りながら、ルーシャは何を作るか考えた。
(店主さん、腰が痛いって言ってたな)
腰痛に効く薬剤にも、種類がある。石臼で挽いて粉にして飲むもの、患部を温めるもの、冷やすもの。店主の助けとなるものは、なんだろうか。
その時ルーシャの視界に、ふわりと優しい光が届く。それはルーシャを呼ぶように、ゆらりゆらりと揺れ、薬剤がしまわれたタンスの前で消えた。
ルーシャはそのタンスに近づくと、一つ一つ引き出しを開けて中身を確かめる。
「違う……これも違う、……あっ、ごめんね起こしちゃったかな」
ぶつぶつと独り言を呟きながら薬剤を探すルーシャを、店主は不思議そうな顔をして眺めていた。
「あ、居た」
ルーシャが開けた引き出しの中に、先ほどルーシャを呼んだ声の主を見つける。触れるとひやりと冷気を感じる、魔素を含んだ植物の葉だ。
ルーシャはそれと見つけたいくつかの薬剤や小瓶を手に取って作業台に向かう。これらをすり潰して練り合わせ、ペースト状にしたものを布に塗りつければ、患部に貼る薬ができあがる。
「えっと、あと水が……」
「水ならほれ、そこに魔石があるじゃろ」
水瓶を探そうとしていたルーシャに、店主は作業台の隅に転がされた、小指の長さほどの小さな結晶を指し示した。
魔石とは、精霊女王がこの世界に生み出したと言われる魔素のエネルギーを含んだ結晶のことだ。一部の獣、また初代国王の血縁に近い貴族の中には、生まれながらに魔素のエネルギーを持つものがいる。しかし通常、人は魔素を操ることができないため、こうした魔石の力を生活に利用する場合がある。
流通の多い王都、特に薬屋のように魔素を含む資材を扱う店舗では、下町でもそれなりに扱われている魔石だが、これまで辺境で暮らしていたルーシャは魔石に触れる機会などほとんどなかった。
ルーシャが魔石を手に取る。その瞬間、魔石が閃光のように光を放ち、手の上から水が勢いよく吹き出した。頭から水を被ったルーシャは驚いて魔石を取り落とす。
「なんじゃ、お前さん魔力持ちの人間か?」
ルーシャはふるふると濡れた頭を横に振る。
「そこまで強い魔石でもないはずなんじゃがな……とすると、精霊のイタズラか。お前さん精霊に愛されとるんかもしれんの」
「精霊のいたずら?」
ルーシャは店主を見て瞬いた。
「聞いたことはなかったか。最近じゃ、目に見えん精霊など信じる者も少なくなったからの。魔素を持たん人間が自然の力を操るのは、精霊の助けによるものじゃと、昔はよう言うての。わしらのような年寄りは、時々に起こる日常の不思議な現象をそう呼んどる。まぁ、古い迷信のひとつじゃな」
力を入れずにもう一度握ってみなさい、と店主は笑う。ルーシャは店主の話を思い返しながら、そっと魔石に指を伸ばした。
(少しだけ……ほんの少し、力を貸して)
すると、今度は宙に滲み出るように、こぶしの大きさほどの水球が湧き出す。ぷかぷかと浮いたそれを器で掬い上げると、意志を持ったように静かに収まった。
「ふむ、特に問題はなさそうじゃな。やはりイタズラだったかの」
問題なく魔石を扱えたことにルーシャはほっと胸を撫で下ろす。手の中の魔石を見ると、それは役目を果たしたとばかりに僅かな光を放って沈黙した。ルーシャは指先で撫でてから魔石を置き、作業を再開する。
しばらくしてから、ルーシャはできあがった薬を布に取り、店主のもとへ差し出した。
「店主さん、できました」
「ほう、どれどれ……これは湿布薬か」
「はい、その、腰が痛いと仰っていたので……良かったら」
「ルーシャは優しい子じゃのう。早速使ってみてもよいか?」
ルーシャは頷いて、店主が腰に湿布薬を貼るのに手を貸す。貼り付けた上からさらに布を巻いて固定すると、店主は椅子から立ち上がって体を動かした。
「おお、こりゃあええわい。氷の魔素を含んだ素材の湿布薬じゃな」
「はい、冷感を感じるものを中心にいくつか素材を選びました。あ、でもあんまり動かさない方が……」
「ははは、心配いらんよ。おかげでこの通り元気じゃ」
ちょうどそのタイミングで、小部屋を出ていたランドールが顔を覗かせる。
「終わったのか?」
結果はどうだ、と言いたげに店主を見やる。
ルーシャも、それにつられて少し緊張した面持ちで、前を向いた。
「うむ、手際も申し分ない。何より気立てのいい、べっぴんじゃ。大した賃金は出せんが、二階に使ってない物置部屋がある。古くて狭いかもしれんが家賃はいらんぞ。どうじゃ、ここで働いてみるか」
店主から合格を出され、さらに住まいも提供してもらえるようだ。ルーシャは、薬草と薬の香り、そして精霊の気配を感じるこの店を、すっかりと気に入っていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
嬉しそうに微笑んだルーシャを、店主とランドールは歓迎するように頷く。
「決まったのなら、一息いれよう。そこの露店で串焼きを買ってきた」
「わしの分もあるんじゃろうな」
「店主の分は俺が食ってもいいが」
やいやいと交わされる会話にルーシャはくすりと笑う。
こうしてルーシャの王都での新しい生活が今、はじまった。




