7.隊長と副隊長
ルーシャの新しい仕事と住まいが決まり、日も傾いてきた頃。
「それじゃ、俺は仕事に戻る。ルーシャ、また」
ランドールはそれだけ言うと自分の分の串焼きを手に、ルーシャが何かを言う暇もなく、あっさりと店を出ていった。
「え、あ……。……お礼、言えなかった」
しょんぼりと肩を落としたルーシャを見て、薬屋の店主、キッダはころころと笑う。
「あやつはちょくちょくこの店に来る。心配せんでも、ここで働いとったらまた会えるじゃろうて」
キッダは何か面白いものでも見るような目で、ランドールの出ていった店の扉を見つめるルーシャを見やる。
「それにしても、あやつが自ら人助けとはの。お前さんら、どういう関係じゃ?」
「どういう……? ええと、今朝初めて会ったので……よくわかりません。近衛騎士の隊長さんで、被災者の保護もお仕事だと聞きましたが、珍しいんですか?」
首を傾げるルーシャに、どこか納得したように店主は頷く。
「そうか、あやつを知らんか。そうじゃの……あやつは生意気なくせに口下手で不器用で、なかなか他人に心を開こうとせん。誰かに肩入れするのは珍しい方じゃな。お主も王都で過ごしとったらいくつか噂は耳にするかもしれんが……まぁ根は悪い奴ではない。また来たら仲良くしてやっとくれ」
ルーシャは、今しがた去っていったランドールの顔を思い浮かべる。眉間に皺を寄せる姿は厳格な騎士らしく威圧感があるが、優しい人だと感じていた。
わざわざ王都まで馬で送り届け、仕事の紹介までしてくれたランドールに、今度会った時は何かお礼ができたらいいなと考えながら、差し入れてもらった串焼きをかじる。
カウンターで茶を飲み終わり、ルーシャは二階の物置部屋の鍵を店主から受け取った。細い階段から二階にあがって奥の扉を開けると、そこには古いベッドと机、いくつかの木箱が詰め込まれた小さな部屋があった。長らく使われていなかったようで、薄く積もった埃が舞う。
ひとまず、ルーシャは部屋の掃除から始めることにした。
◇
王都の最奥に高くそびえ立つ白亜の城。その城に隣接する騎士庁の執務室に、ランドールは向かっていた。すれ違う官僚や、側仕えなど、ランドールに気がついたものは一様に距離を空ける。向けられる視線は恐れや蔑みなど様々だが、今日はどこか空気が違った。
しかし逐一気にしていては仕事になどならない。ランドールは全て無視して、執務室の扉を開ける。
「よっ、お帰りランディ」
──が、そこにいた人物の顔を見て、ランドールはすぐさま扉を閉めたい衝動に駆られた。無言で扉を閉ざして引き返そうとする素振りのランドールを、男は慌てて引き止める。
「待て待て待て、閉めんなって。仕事しに来たんだろ」
「お前がそう呼ぶ時は大抵ろくな事がない。言え、何しに来たんだ」
「なんでだよ、俺だってここが仕事場だぜー?」
赤褐色の髪を襟足で一つに結んだ男は、執務机に寄りかかりながら、口を尖らせる。その身にはランドールと同じく近衛騎士の制服を身にまとっていた。
「お前は大体、見回りか訓練と言ってふらふらほっつき歩いてるだろう。進んで事務作業をすることがあったか?」
「俺だって書類くらい書けるさ。始末書とか」
何かやらかしたのか、とランドールの睨みに対して、男は両手をあげて何も、と応える。
「てか、そういうランドールこそ。今日は朝からどこ行ってたんだよ。聞いたぜ?お前、馬に女の子乗せて帰ってきたらしいじゃん」
執務机の上にある書類の山に目を通しながら、ランドールは内心でやはりその話か、とため息を吐いた。
「耳が早いな……、別にどうということもない。飛竜の被害調査に行って、王都に帰るついでに、被災者を護送しただけだ」
「へー、被災者の護送ねぇ……。そんなのいつもなら下っ端に任せる仕事だろ?城じゃちょっとした噂になってるぜ、あの狼騎士がついに女子に牙抜かれたって」
「誰だ、そんな適当なことを言い出したやつは」
ランドールの目の前の男は、悪びれもない笑顔で「俺」と自分を指さした。ランドールは手に取った書類を丸めて硬く筒状にし、スパーンと頭を叩く。
「いっっっっっっってぇ! お前、耳が出てんじゃねぇか!獣化の力使ってまで思いっきり叩くかよ!?」
叩かれた頭を抑えながら抗議の声をあげる男に、ランドールは口端をあげて僅かに尖った牙を見せた。黒髪からは二つの狼の耳が覗き、威嚇するように揺れている。
「俺の牙は健在だってわかっただろう」
「くそ~……誰を叩いたのか覚えとけよ」
「ああ、覚えておく。近衛騎士副隊長殿」
副隊長、と呼ばれた男はじっとりとした視線を向けながらも、これ以上揶揄う気はないようで、居住まいを正した。
「……で、本題はこっちなんだけど」
懐から折りたたまれた紙片を取り出し、ランドールに差し出す。ランドールはそれを受け取って開くと、さっと中身に目を通した。
「やっぱり、各地で魔素を持つ獣の被害が増えてきてる。一見自然発生にも見えるけど、調べたらどこも密猟者による人為的な痕跡が残ってた。ただ、どれも決定的な証拠にはならない。なかなか尻尾が掴めなくて苦労してんだよ、こっちも」
ランドールは、紙片に記された伯爵家所領の文字に、眉根を寄せる。
「まぁ、相手が相手だからな。向こうもこっちが探ってるのは気付いてるだろうし、そう簡単にはいかねぇよ」
男は、肩に力の入ったランドールを見やる。
「なぁ、ランドール」
「……なんだ」
読み終えた紙片を燃やして処分し、顔をあげた赤い目と視線が合うと、男はランドールの肩を叩いてへらっと軽い笑みを浮かべる。
「お前が王都に連れてきたって女の子、今度紹介して♡」
ランドールは、今度は手加減して男の整った顔面に書類を叩きつけた。




