5.王都へようこそ
タイタニア王国、首都ファエリオ。
北側に大きく森が広がるこの地は、かつて妖精の女王が治めていたという言い伝えがある。妖精女王は自然から魔素と呼ばれるエネルギーを生み出し、そこから精霊たちが生まれた。精霊たちはそれぞれに火や水、風、大地といった自然を操り、魔素を持たない動物や、人と協力して世界を築き上げてきた。
ここ、タイタニア王国の初代国王は妖精女王と結ばれ、特別な力が与えられたという。王家の血筋にはその証に、輝くような金の⬛︎⬛︎を持って生まれるのだと──
◇
馬上で揺られながら、ルーシャは目に映る様々なものにあちらこちらと視線を向けていた。穏やかに流れる川、風に揺れる花々、やがて遠くに街を囲む高い外壁が見えてくると、荷を運ぶ馬車や、農村と街を行き来する人も増えてくる。
「王都は初めてか?」
すれ違う人の姿に緊張した様子のルーシャを見、背後から馬を操るランドールが小走りからゆっくりとした歩みに変える。
「いえ、小さい頃に母と来たことはあります。でも母が亡くなってからは長く一人でいたので、あまり覚えていなくて……」
「そうか。これから先街に入ればさらに人が増える。できるだけ人混みは避けるが、気分が悪くなったりしたらいつでも言うといい」
「はい、ありがとうございます」
外壁が近づくと街へ入るための門が見えてくる。不審な荷や人を検めるために並ぶ馬車の列を避け、ランドールは兵士の詰所の方へと馬を寄せた。暇そうに小さく欠伸をしつつ番をしていた兵士がランドールの帰還に気が付くと、慌てて敬礼する。
「ウォ、ウォーレン隊長、お疲れ様ですっ、……ええと、そちらの方は……?」
フードを被った見慣れぬ人物が、隊長自ら手を借し降りるのを見て、口を開けた兵士がおずおずと尋ねる。
「竜被害の避難者だ。建物の倒壊で住む場所がなくなったので、王都で保護することになった。責任者は私だ、街を案内したいので通してもらえるか」
「そうでしたか、もちろんです。あっ、でもすみません念の為、お名前とフードを取って顔を確認させていただけますか?」
ルーシャはおそるおそる、フードを外した。空気を含んだようにふわふわとした白髪が揺れ、馬を降りて低くなった視線から、くすんだオレンジの瞳が不安そうに見上げる。
「えっと、ルーシャ・ベルジュ……です」
フードの人物の正体が年若い少女であることに、ますます兵士は口を開けて固まった。
しかし、背後のランドールの鋭い眼光が、不穏な赤い色をしていることに気がついた兵士は肩を揺らして、すぐに取り繕った笑みを浮かべる。
「ご協力ありがとうございます、ベルジュさん。ファエリオへようこそ」
乗ってきた馬の管理をそのまま暇そうにしていた部下に任せ(押し付けたとも言う)ランドールとルーシャはすんなりと街へ入った。
「あの……よかったんですか? ウォーレンさん」
ずらりと並んでいた御者や商人らしき人の列を思い出しながら、ルーシャは通ってきた関係者用の出口を振り返る。
「確かに少し手続きを飛ばした特別措置ではあるが、何も間違ったことはない。竜によって住むところを失ったのも本当のことだ。君は堂々としていればいい、ベルジュ嬢」
まるで貴族の令嬢に対するような、慣れない呼ばれ方にどことなくくすぐったい気持ちになって、ルーシャは眉を下げながら笑う。
「ルーシャで構いませんよ」
「では、俺のこともランドールと」
少し砕けた様子で口端をあげたランドールは、こっちだ、というように通りを歩きはじめた。街中の景色に気を取られて置いていかれないように、ルーシャもその後を追う。
「ランドールさん、これからどこかへ向かうんですか?」
「ああ、通りから少し外れた場所に、俺がよく利用する薬屋がある。店主一人で切り盛りしている小さな店だが、薬を作る知識があるなら歓迎してもらえるかもしれない」
二人は表の通りから、少し細い脇道へと入っていった。
雑貨店、古着屋、何を売っているのかよくわからない店。いくつかの店を通り過ぎて、薬草の絵が描かれた古い看板が吊るされている、二階建ての小さな店の前でランドールは立ち止まった。所々塗装の禿げた木の扉を開くと、カランとドアベルの音が鳴る。
中に入ると、木と、様々な薬草が入り交じった独特な香りが辺りに漂っていた。
薄暗い店内に入口から光が差し込んで、宙に舞う塵が反射する。棚やカウンターには大小の瓶や道具が並んでいるが、人の姿は見えない。
ランドールは慣れたようにカウンターまで進んで、店の奥へ向かって声をかける。
「店主、いるか?」
しばらくすると、ガタガタと何か物を落とすような音がして、カウンター奥の扉から片眼鏡をかけた老人が顔を出した。
「なんじゃい、客かと思うたら。狼の坊主か」
「ランドールだ。この間買いに来ただろう」
客扱いされず、もうボケたのか?と軽口を挟むランドールに、老人はボケとらんわ小僧、と悪態をついて返す。
「そんで今日はなんじゃ、この間買った薬でなんかあったんか? 返品はうけつけておらんぞ」
「いや、薬は問題ない。今日は紹介したい人を連れてきた」
狭い店内で、ガタイのいいランドールの後ろにすっぽりと隠されていたルーシャは、半身で退いたランドールの後ろから身を乗り出して礼をする。
「こ、こんにちは」
視界に突然現れたルーシャに、老人は目を丸くした。
「なんと、こりゃあ……驚いたわい。狼坊主が女子を連れてきよった……。ま、まさか、あれか? 堕胎薬──」
「違う! 俺を何だと思ってるんだ、仕事の紹介だ。竜の被害で、職と住むところを失ったんだ。薬師の経験があるから何か仕事がないかと思って連れてきただけだ」
あらぬ疑いをかけられたランドールは、憤慨しながら一息に説明する。
老人は冗談だと言うように、手を振りながら、「それをはよ言わんか」と呆れたため息を吐いた。
「それにしても災難じゃったなぁ、娘っ子や。薬師をしとったんか?」
「えっと、はい。ルーシャ・ベルジュです。森の近くで薬草を育てて薬を作っていました。傷薬、風邪薬、胃腸薬……簡単なものであれば作ることができます。あ、あと羊の世話……」
そうかそうか、と店主の老人は頷き伸びた顎髭を撫でた。
「まぁ、見ての通りわしも年だ。手が回らんところを手伝ってもらえるだけでも助かるが、薬を扱うなら腕は見ておきたいの」
少しの間考えていた老人は、何かを閃いたようで顔をあげてルーシャに視線を向ける。
「ルーシャや、この店にある素材で何か薬を作ってみてもらえんか」




