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狼騎士と羊の癒術士 ~精霊と話せる角持ちの少女は精霊女王の末裔でした~  作者: 朝凪夕凪


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4.竜と旅立ち

「な──飛竜!?」


 一対の翼を持つ竜が、頭上を旋回しながら、地上に風を巻き起こす。

 前触れもなく訪れた緊急事態に警戒態勢をとるランドールの横で、ルーシャははっとした顔で小屋へと向かって走り出した。ランドールは腰に下げた剣に手をかける。


「待って! その子を傷つけないで!」

 しかし、ルーシャは鞄を手にしただけですぐに小屋から飛び出してきた。


「馬鹿、何故戻ってきた!? 危険だ、すぐにこの場から離れ──!」


 翼を持つ竜の羽ばたきによって、風が吹き荒れる。叫ぶようなその鳴き声が、彼の知る飛竜のものと違っていることに、ランドールは気がついた。

 この世界には、魔素と呼ばれる純粋なエネルギーでできた精霊、肉体を持つ獣、その他に、肉体に魔素を宿し精霊に近いとされる獣がいる。

 飛竜が、比較的魔素が少なく獣に近いとされる竜であるならば、魔素を多く持ち、聖獣と呼ばれる竜もまた存在した。しかしその目撃例は少なく、会敵して生きて帰ったとされる証言はさらに少ない。


「まさか、聖獣種の竜(ドラゴン)──」


 呆気にとられたランドールの一方で、ルーシャはその竜の声を"聞いて"いた。

 手負いの狼を前にしても怯えることのなかったルーシャは、同じように、まるでそうすることが当然のように、真っ直ぐな視線で語りかける。やがて竜はゆっくりと地に降り立ち、翼を畳んだ。


「いい子ね、今日はまた怪我してきたの?前みたいに鱗に魚が挟まって取れなくなったんじゃないでしょうね」

「鱗に、魚?その……その竜は、君が使役する竜か?」

「使役?ええと、なんといえばいいか……時々ここへ来る顔見知り?ご近所さん、みたいな……」

「ご近所さん」


 いくら辺境とは言え、こんな存在が近所にいてたまるか。


 と、仲間内の冗談であれば突っ込んでいただろうランドールも、ルーシャが薬を片手に易々とその竜へ触れているのを見れば、ただ復唱して立ち尽くすしかなくなった。


 一方で、一般的に聖獣と呼ばれる竜がどのように語られているか(そもそもこの竜がそういった存在であることすら)知る由もないルーシャにとってはそう形容するしかなく、ランドールの様子に首を傾げながら、はい、と頷く。


 なんともいえない微妙な空気の中で、ルーシャは竜の脚に絡まった蔓草に気が付くと、丁寧に取り除いた。おそらく大きな体では届きにくい位置にあって、気持ちが悪かったのだろう。


「満足した?」

 竜の影でこっそりと、ルーシャは囁きかけた。少し細められた竜の瞳から、微かな感情が伝わってくる。


「不思議だな……まるで言葉もなく会話ができるようだ」


 隠れたつもりだったが、聞こえていたのだろうか。竜から離れて戻ってきたルーシャを見たランドールの呟きに、ルーシャの心臓はどきりと跳ねた。


「いえ、えっと、そういうわけでは……。ただ、この子は人に害を与えるような子ではないので、そっとしてあげられませんか」

「ああ、どうやらそのようだ。竜に関してはわかっていないことの方が多いが、温厚な種なのだろう」


 獣や精霊と意思疎通ができることは、隠さなければならない。()()()()()()()()状態でも、ルーシャはある程度の感情が読み取れる。ランドールも本気でそのような力があるとは思っていない口ぶりに、ルーシャは安堵したのも束の間。


 二人の後ろで何かがぶつかる音がした、と同時にミシミシと嫌な音が続く。

 振り返れば、吹けば飛びそうな古い木板の小屋が、土埃をあげてついに倒壊した。

 竜の巻き起こした風にかろうじて耐えていたものの、上機嫌で振られた尻尾の衝撃にはさすがに耐えられなかったらしい。

 元凶の竜はというと、集まった二人の視線に首を傾けていた。


「ええと……、……どうしましょう」

 ランドールを見上げる。まさか、本当に困ったことになるとは。


「……君の優しさは美徳だが、もう少し危機感も持った方がいいな」


 国の騎士隊長をお手上げ、と言わしめるほどに見事に崩れ落ちた小屋を前に途方に暮れていた時、街道へ続く小道の先から馬の蹄の音と、ガタガタと車体を跳ね上げながら進む荷車の車輪の音が近づいてきた。御者席の上からおーい、とこちらを呼ぶ声がする。定期的に尋ねてくる、行商人の声だ。


「カーターさん!」

「やぁ、ルーシャ。元気そうだね」

「はい、お陰様で……」


 ルーシャが駆け寄ると、カーターと呼ばれた壮年の男は荷馬車を止めて降りてきた。普段でも閉じているのか開いているのかわからない細い目を、さらに眩しげに細めて和やかに笑いかける。


「それは何よりだね。ところで、あの汚れた木材の山はどうしたんだい?」

「それが、その……すみません、ちょっとした事故で小屋が崩れてしまって」


 今しがた木材の山となってしまった、小屋だったものを見つめるカーターは、ちょっと古かったけど改装にしては随分と豪快だね、と呑気な声で笑った。

 会話を交わす二人の様子を見て、ランドールが歩みを寄せる。


「知り合いか?」

「あ、はい。こちらは小屋を貸してくださっている旅商人のカーターさんです」


 ランドールは、ルーシャに会った時と同じように敬礼し、自分がここへ来た経緯と、今の状況ををかいつまんで説明した。


「なるほど、まぁ確かにあの子に悪気はなさそうだし、ルーシャが管理していなければとっくに壊れていそうな古い小屋だったからね。定住しない僕は構わないのだけれど……困ったね、君の住むところがなくなってしまった」


 小屋を破壊した犯人の竜は、地に顎を付けて反省の意を示している……ように見えなくもないが、鼻先に止まった蝶に視線を向けているところを見るに、ただ単に暇で休憩しているだけなのかもしれない。


 カーターはしばらく考え込むと、ルーシャに気遣わしげな視線を向けるランドールを見て、ぽんと手を打った。


「君、王都の近衛騎士だったね、それなら顔も広いだろう。王都へ戻るついでにこの子を連れて行って、仕事を紹介してあげてくれないかな。ルーシャは動物の世話もできるし、薬を作るのが上手なんだ」


 突然の提案に狼狽(ろうばい)するルーシャへ向けて、カーターはいくらか重みのある皮巾着を荷馬車の中から取り出して差し出す。


「ルーシャ、君が世話をしていた羊は、僕に買い取らせてほしい。その資金があれば、王都でもしばらく困ることはないだろう」

「でも……」

「大丈夫、今まで君はほとんど一人で生きてきたが、今度は頼もしい騎士が一緒だ。きっと何かがあっても守ってくれるだろう。心配することはないよ」


 ルーシャは迷うように、ランドールを見上げる。どこか不安げなその視線に、ランドールは力強く頷いて応える。


「竜被害から国民を守るのも、私の仕事だ。君が望むのであれば、責任をもって安全な場所まで護送しよう」


 ルーシャはもう随分と長い間、街へと出向いていない。一人で新しい場所を探すことも、かといって僅かな資金では小屋を建て直すことも難しい。


「……わかりました、よろしくお願いします」


 こうして、ルーシャは思いがけず新たな生活を始めることとなった。


 身寄りのないルーシャを拾い、長く仕事と住まいを提供してくれた恩人に礼を告げ、ルーシャは騎士の手を借りながら馬へ乗る。ふと、その手に包帯が巻かれていることにルーシャは気がついた。


「怪我、されてるんですか?」

「ああ、先日の飛竜の討伐の時に少しな。……腕のいい薬師の薬のおかげで、大したことはない」

「そうですか、それはよかったですね」


 何気ない会話を交わしつつ、二人を乗せた馬は王都へと向かって走り始める。


 ◇


 二人を乗せた馬が遠ざかっていく様子を、旅商人のカーターは穏やかに見守っていた。木の葉を乗せた風が(ささや)くような音をたてて、若葉色の髪を撫でていく。


「僕たちの姫がようやく歩き始めたよ、ティターニア」


 どこかへ向けたようなカーターの独り言に、ざわざわと木々の揺れが応える。


「心配ない、いざとなればあの狼くんが守ってくれるだろう」


 カーターは視界の端でごろごろと転がる幼い竜に、やれやれといった視線を向けた。


「どうせ暇してるんだろう、君も着いていくといい」

 そう言って軽く手を振ると、瞬く間に竜の巨体は蝙蝠(こうもり)ほどの大きさに変わる。小さな竜はきょとんとした様子で顔をあげ、ぴぃ、と甲高く鳴いた。そうしてパタパタと翼を動かし、どこかへと飛んでいく。


「さて……彼らはいつ気がつくかな」


 カーターのほとんど閉じられた瞼の下から白金色の瞳が覗くと、最後に吹きすさんだ風とともに、その場には誰の姿もなくなった。


 ──これは後に、狼騎士と羊の癒術士、と呼ばれるようになる二人のお話。

 彼らがお互いの正体と、この出会いが運命であったことに気が付くのは、まだ少し、先の話だ。

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