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君に捧げた六年間 ~婚約者は「レンタル彼氏だから浮気じゃない」と俺を捨てた。だが、俺はレンタル彼女と幸せになる~  作者: panpan


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8/11

田中 悠樹④

悠樹視点です。


 あかりとの初デートから一週間後……。

俺は2回目のデートをあかりに申し込み、今日その日を迎えた。


「こんにちは、田中さん」


「あっ、橘さん。 こんにちは」


 時間通りに現れたあかりは髪をおろして、ストレートにしていた。

初デートの可愛らしく髪を結っていた姿とはまた違い、なんというか……清楚な感じだ。

服装も前回同様……あまり着飾っていないのに、何かと疎い俺でもおしゃれだとなんとなくわかる。

何よりも、彼女の眩しい笑顔が傷ついた俺の心に沁みる……気がする。


「それじゃあ今日も、よろしくお願いしますね」


「こっこちらこそ、よろしく」


 あかりに礼儀正しく頭を下げられてしまい、反射的に俺も頭を下げてしまった。

サービスとはいえ、これからデートに行くとは思えないほど堅苦しい挨拶だな。


----------------------------


 2回目のデートに選んだのは映画館。

初回のデートじゃ……何かと会話が詰んだり、変に気を遣って行動が空回りしてしまって……結構嫌な汗を流してしまったからな。

映画なら気兼ねなく楽しめるし……映画と言う共通点が生まれるので、お互いに感想を言い合って会話が楽しめる。


「映画、面白かったね」


「はい。 特にラストで主人公とヒロインが結ばれるシーンがすごく良かったです。

思わず泣きそうになりましたよ」


「いやいや、橘さん。 泣いてじゃん」


「なっ泣いてませんよ!」


 幸いにも映画館を選んだ俺の判断は予想より良く、この日は時間ギリギリまで映画の感想を言い合った。


----------------------------


 3回目のデートは図書館の近くの猫カフェ。

ここはあかりが希望したデートスポットで、彼女がよく通っているカフェだそうだ。


『ニャー』


 猫カフェなんて初めてだが……なかなか良いな。

出てくるコーヒーはうまいし、あちこち可愛らしい猫がいて荒んだ心が癒される気がする。


「ほぉらクロ~。 ゴロゴロ~」


『ニャー』


 あかりは特にクロという黒猫がお気に入りらしい。

カフェに入ってからずっと、あかりの膝の上をクロが独占している。


「へぇ、結構可愛い猫だな。 ほらクロ~おいで~」


『シャー!!』


「いてぇぇ!!」


 あかりを取られまいとする独占欲からか……単に俺が嫌いなだけか……クロは俺にだけは冷たかった。

あかりには慰められたが……ちょっとショックだった。


----------------------------

 

 まあなんだかんだあかりとデートを重ねるうちに俺と彼女との距離感が少しずつ変化していった。


「今日は楽しかったよ、あかり」


「私も楽しかったです、悠樹さん。 それじゃあまた次のデートで」


 その最たるものが、名前呼びだ。

2回目のデートの後にあかりが……。


『デート中なのに苗字で呼び合うのは変ですよ』


 なんて俺に呟いたのをきっかけに、俺達はそれ以来名前で呼び合うようになった。

それ自体は別におかしいことじゃない……レンタルとはいえ、一応カップルだからな。

ただ4回目のデートからだったか、俺達はレンタルサービスが終わった後も自然とお互いを名前で呼び合うようになっていた。

俺達はレンタル彼女と客の関係で、サービスが終われば赤の他人なのに……。

でも不思議と違和感がないし、あかりも当たり前のように名前呼びを受け入れている。

多少大げさかもしれないが、まるで昔から顔を知っている幼馴染みたいな感覚だ。


----------------------


 ”俺にとってあかりは……一体なんなんだろう?”


 いつからか、俺は何度も自分にそう尋ねるようになった。

そんなのレンタル彼女に決まっていると、俺は問われるたびにそう返してきた。

だが次第に……この回答に納得できない自分が出て来るようになった。


----------------------------



 8回目のデートの日……。

俺は普段通りのラフな服装で待ち合わせ場所に向かっていた。

あかりとのデートに胸を高鳴らせ、足取りがいつも以上に軽く感じる。

それはレンタル彼女であるあかりのサービスに対する期待じゃない。

橘あかりという人間に会いたいという、シンプルな気持ちだった。

この気持ちが何を表しているのか……俺自身が誰よりもわかっている。

わかるが……素直にこの気持ちを受け入れる勇気はなかった。

あかりはあくまでレンタル彼女で、俺達は付き合っている訳じゃない。

その線引きを忘れ、あかりにこの気持ちを伝えたりしたら……彼女に迷惑がかかる。

そんなのは嫌だ。

俺は莉奈のように、自分本意のために人を傷つけるような人間になりたくない。


----------------------------


 待ち合わせていたあかりと合流し俺が足を運んだのは、駅から徒歩20分ほどの水族館。

あかりには言ってないが、実はこの水族館……莉奈と初めてデートした思い出の場所なんだ。

莉奈と付き合って6年もの間……俺と彼女は何度もこの水族館でデートを重ねた。


 ”まだ莉奈への未練が経ち切れていないのか?”

 

 そう問われれば、強く否定はできない。

ただ俺は……知りたかった。

莉奈との思い出に溢れたこの水族館で、あかりとデートした俺が何を感じて何を思うのかを……。

思い出を汚したと罪悪感を抱くのか……単純にあかりとのデートを楽しむのか……。

婚約破棄からずっとフラフラしていたこの気持ちにピリオドを打ちたい。

そう思って、ここを選んだ。


----------------------------


 薄暗い通路をカップルらしく並んで歩きながら、俺達は水槽を泳ぐ魚達を鑑賞していった。

ここの魚達はデートのたびに何度も見たが……不思議と飽きは来ず、感情は揺れ動く。


「きれいですね」


 あかりが水槽内でプカプカ浮かぶクラゲの姿に目を奪われて足を止めた。


「そうだな……」


 まるでクラゲを初めて見た子供のように目を輝かせるあかりがなんとも微笑ましく見える。


「知ってますか? クラゲって、心臓も脳もないんですよ。それでも生きてるって、なんか不思議じゃないですか」


「へぇ、そうなんだ。 なんか思ってたより物知りだね」


「それって、私がバカに見えるってことですか?」


「いっいや、そういうことじゃ……」


「フフ……冗談ですよ」


 いじわるな笑みを浮かべながら舌を出すあかりに思わずドキッとした。

なんとも懐かしい高鳴りだった。

莉奈と別れてからすっかり忘れていたな、この感じ。


「ほらっ、あっちにラッコがいますよ! 行きましょう?」


「あっ……」


 磁石のように自然と繋がれた俺とあかりの手……変だな。

手を繋ぐなんて、俺が頼んだサービス事項にはなかったはずなのに……。


「……」


 あかりの手から伝わる心地よいぬくもり……冷たくなっていた俺の心が解かされているようだ。

でもそれは、同時に俺の理性を崩壊させてしまう毒でもあった。


----------------------------


「あかり……」


 水族館デートを終えた俺達は、残った時間をカフェで過ごし……いつもの駅前に来ていた。

あとはどちらかが解散を告げたら今日のデートはおしまい。

そのはずだった……。


「はい、なんでしょうか?」


 そう返すあかりの笑顔はいつも通りだった。

俺の解散宣言を待っているんだろう……。

だが俺は、あかりの予想を裏切ってしまった。


「あかり……俺と本当に付き合ってくれないか?」


「えっ?」


「レンタル彼女と客じゃなくて……普通の恋人同士になってくれないか?」


 俺は衝動的に、あかりへの想いを打ち明けてしまった。


「……」


 俺達の間合いに沈黙が落ちた。

遠くから聞こえてくる駅前の雑踏が俺の鼓動とシンクロする。


 ”取返しのつかないことをしてしまった”


 俺は口にしてしまった告白を激しく後悔した。

きっとあかりは俺を振るだろう……いや、そうに決まっている。

こんななんの取柄もない……ただの客にすぎない俺からの告白なんて受け入れる訳がない。

そうなったら俺達の健全な”付き合い”は終わりだ。

これが身から出た錆ってやつか……。

せめて今まで楽しいデートをさせてくれたお礼くらいは言わないと……。

そう諦めていた時だった。


「はい……」


 あかりの口から耳を疑う言葉が静かに出てきた。


「えっ? 今なんて……」


「私……悠樹さんと付き合います。 レンタル彼女としてじゃなくて……ちゃんと彼女として!」


「……」


 俺は一瞬、言葉を失った。


「それは……リップサービスってやつじゃ、ないよな?」


 我ながら最低なことを聞いてしまった……。

いくらあかりの言葉を素直に飲み込めないからって……これはない。


「サービスなんかじゃありません。 これは、私の本心です」


「いやその……俺から告白しておいてなんだけど、どうしてなんだ?」



「どうしてって言われると……正直自分でもよくわかりません。

ただ……ずっと思っていたんです。

悠樹さんはほかのお客さん達とは何か違うって……上手く言えないけど、なんていうか……悠樹さんと一緒にいる時間が1番楽しいんです。

もっともっと……悠樹さんと一緒にいたいって、思っちゃうんです!」


「でもそれじゃあ、レンタル彼女はどうするんだ?」


「レンタル彼女はやめます!」


「えぇ!!」


「私は……悠樹さんの本当の彼女になりたいんです!」


 そういうと、あかりは俺に深く頭を下げた。


「だから……私も言っちゃいます!

悠樹さん……私と本当の恋人になってくれませんか?」


 まさかの告白返しに、俺は腰が抜けそうになった。

こんなことが……ありえることなのか?

これってあれか?

相思相愛ってやつなのか?

夢であることを疑って、頬を引っ張るという古来より伝わる儀式を行うも……痛みで夢は否定された。

人通りが多い駅前であるにも関わらず、誠実な姿勢を維持するあかりの姿に嘘偽りなんて感じられない。

お互いに好きな理由ははっきりしていないようだけど……そんなことはどうでもいい!!


「こっこちらこそ……よろしくお願いします!」


 俺も深く頭を下げ、あかりの気持ちを受け取った。

周囲からは変な目で見られてしまったが……そんなことは全く気にならない。


「……」


「……」


 ゆっくりと頭を上げ、お互いの顔を見た瞬間……。


「プッ! ハハハ!」


「フフフ!」


 思わず笑いがこみあげてしまった。

あかりも俺に釣られて笑ってしまったみたいだ。

奇跡的な交際だというのに……。


 ”大切にするよ”


 ”これからもずっと一緒だ”


 なんて気の利いたセリフくらい言ってみたかったが……まあいいか。


「あっ、そうだ! 悠樹さん、せっかくだから記念写真撮りましょうよ!」


「そうだな、交際の記念に撮るか!」


 カシャ!


----------------------------


「じゃあ悠樹さん。 またデートしましょうね」


「おう! またラインする!」


「はい!」


 あかりとデートの約束を結び、俺は帰路についた。

道中は今までと何も変わらない景色なのに……今の俺には全てがキラキラしているように見えた。


----------------------------


「……」


 電車の中で、俺は懐からスマホを取り出した。

ロックを解除すると……待ち受け画面が映し出された。

それは莉奈にプロポーズした際、記念に2人で取ったツーショット写真。

今まではわずかに残った莉奈への未練や思い出が、この画面を変えることを拒んでいたけど……もう違う。


「……よしっ!」


 俺はスマホを操作し……待ち受け画面を、さっきあかりと取ったツーショット写真に変更した。

俺はようやく……莉奈という過去から吹っ切ることができたと証明できたんだ。


次話は莉奈視点です。 なんだかんだ残すところあと2話! 完結に向けて頑張ります!!

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残り2話か、莉奈視点と颯斗視点かな? 続きを楽しみにしてます。
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